★★★―大切にしていきたい本

図書館についておもうこと

住んでいる町の図書館・・・
借りた物を返して、また借りるということで、毎週末に
足を運んでいるので、本当にお世話になっています。

さて、その図書館について、図書館建築をよくされて
いる鬼頭梓氏の本を読んで、ちょっと感動しました。

「建築家の自由―鬼頭梓と図書館建築」
著者: 鬼頭 梓, 鬼頭梓の本を作る会

この本には二つの軸があって

建築家として鬼頭氏が師とも言える前川國男氏
から受け継いだ精神や、自身がもつ建築士に
ついての思想。

一方で、とくに作品を残すこととなった
図書館というもののあり方とその変化について。

そして、この2つの軸を融合させるような熱意を
鬼頭氏からも、また図書館の建設にかかわってきた
司書の皆さんの話などから感じました。

とくに、移動図書館からはじまった日野市の図書館
の話には驚きました。

いまは当たり前のように整備されている図書館ですが
そこに行くまでには多くの人の情熱があり、
それを理解する建築家がいてくれたことが嬉しかった
です。

もちろん、たとえば、私がよく行く図書館のように、
ほとんどの業務がアウトソーシングのようになると
司書の方の顔は見えず、どんな本を何故に勧めるのか?
とか、何がこの地域の住民にとっての財産であるのか、
といったことをその建物から感じることも難しいのかも
しれませんが、

図書館があることの意味、それを利用することの意味を
もっと住民は考えてもいいのではないかと思いました。
もちろん、多くの人が、私も含め、意識せずにその恩恵を
受けているのですが・・・。

うまく説明できないのですが、静かに勇気を与えて
くれる本です。

実は、クリスマスに礼拝にだけいっている
グロリアチャペルも鬼頭氏の設計であることを
知りました。不思議なめぐり合わせに感謝です。

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チベット<精神による統治の行方>

■チベットを知る3冊・・・勝手セレクト

最近のチベット問題の影響を受け
昔から、チベット仏教には興味もあったのですが、
それにしてもチベットのことを知らないなあ・・・という
ことで、とりあえず3冊をめくってみました。

やっはり、とっかかりは ダライ・ラマ14世かと思い
これまで、ここまでプライベートが書かれた本はないのでは
と言われている「素顔のダライ・ラマ」を読み

その後、難しそうな2冊で、ダライ・ラマ14世が亡命に
至るまでの歴史を読みすすめました。

残念ながら、その歴史についてここで語るまでには
いたりませんが、とても面白いと思いました。
これからもたまに読んでいきたいです。

ちなみに、「素顔のダライ・ラマ」で
仏教の考え方として、慈悲と空というキーワードが
あげられていました。

また、菩薩や観音は、人のために慈悲を持つことが
自分のためになることを知る存在であったと説かれていて
なるほどと思いました。

ダライ・ラマの瞑想で、悪を吸い善をはくといった
ものがあるらしく、

また、厳しい監獄の中でも、許すことによって
生命力が沸いてくるなど

勉強になる言葉とたくさん出会うことができました。

ダライ・ラマに会ったことはないのですが、
何か身近に感じるものがあります。
それは、映像や本などからその人柄がよく伝わり
やすいことに起因するのかもしれませんし、
もしかしたら、氏の祈りがすぐそこまで届いている
からなのかもしれません。

その1人をもって、チベットの未来を担うことは
歴史をみても、なかなか大変なことではありますが、
精神による統治とはこういうものかもと思いました。
そこに限界をみるか、可能性を見出すか、
それは、私たちにも委ねられているのではないで
しょうか。


素顔のダライ・ラマ The Wisdom of Forgiveness
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ(著)
ビクター チャン(著)
Tenzin Gyatso His Holiness the Dalai Lama(原著)
Victor Chan(原著)
牧内 玲子(翻訳)

チベット史
ロラン デエ(著)
Laurent Deshayes(原著)
今枝 由郎(翻訳)

チベット文化史
デイヴィッド・L. スネルグーヴ(著)
ヒュー・E. リチャードソン(著)
David Llewellyn Snellgrove(原著)
Hugh Edward Richardson(原著)
奥山 直司(翻訳)

■関係リンク
ダライ・ラマ法王庁日本代表部事務所
http://www.tibethouse.jp/home.html

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藁のハンドル

ヘンリー・フォードの自伝
「藁のハンドル」の中で語られる
フォードの言葉からは

産業とは、企業とは、金融とは
いま読むと古臭くも思える事柄が
でも、骨太の思想でしっかりと語られている
という印象です。

そして、それは私たちが見失って
しまうことも多い事柄のように思うので
たまに読み返す価値はあるかと感じました。

そういえば、昨日6月16日はフォード社が
設立された日でもありました。(豆知識)

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プロフェッショナルマネジャー

ハロルド・ジェニーン氏の回想録、
プロフェッショナルマネジャーを読みました。

末尾についているユニクロの柳井正氏の解説が
とてもよくまとめられていて、こちらを読むだけ
でも十分参考になります。

ジェニーン氏の経営理論と実際のユニクロの経営
を通じて、そこから紡ぎだされた柳井氏の結論は
とても勉強になり、素晴らしい本だと思いました。

ちなみに、ジェニーン氏の言葉で一番、ココロに
しみたのは、リーダーシップについて書いてある
もので、

ある目的の達成のために周囲の人々を熱くする
情念であり、それを達成まで持続させること、
もちろん、達成が不可能がわかれば軌道修正する
べしみたいなことをお話されていて、
なるほどと思いましたし、
58四半期連続増益をなしえた起業家が語られる
わけですから、とても重みがあります。

また、柳井氏の解説で、オレオレ社員について
語っている場面で、本質的な信頼を得てもいない
のに人脈作りにはしる社員について書かれていて、
自分を気をつけようと思うのでした。

とても勉強になる1冊です。

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写真がおちゃめ  北欧デザイン手帖

なんか とても写真が おちゃめな
北欧のデザイングッズをおもに紹介してくれている

文化出版局からでている
「北欧デザイン手帖」

森井ユカさんの本のように、
私がみてきた~ 行ってきた~という騒がしさはなく

コメントを読んで、あ なるほどこのレストランの
おおきなアアルトの「サヴォイ」の中に、
確かに小さな「サヴォイ」があってこちらを水受けに
カラーを活けていたなんてことがわかるくらいの
落ち着きのある写真でつづられています。

ほかにも、おちゃめな写真はあって
本屋さんで、うさぎの仮装をしてアンケートをとって
いる女子大生の写真があって、ヤラセではないだ
ろうけど、なぜに、でもかわいい・・・といった
およそデザインとは関係ないのですが、静かに
ちゃめています(笑)

さて、なぜか僕は、初めてその存在を知った
ヤコブセンのガソリンスタンド 気に入りました。
いいです。贅沢です。

YouTubeより 動画をご紹介。


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いまの時代を一言で表現するならば・・・

おそらく ☆3つかと思うのですが
<自由>の条件を読んで、よくわからなっかた
大澤真幸の「不可能性の時代」を読みました。

時代区分を

1945~1970 理想の時代
1970~1995 虚構の時代
1995~    不可能性の時代

としており、それぞれにとても面白い事実が
紹介されていて、こういうことかあ・・・と
知識欲が刺激されます。

ときたま、めくっては読み返したい本です。

さて、その時代の変化の象徴として、
少年犯罪などの残酷な事象がとりあげられる
ことが多いのですが、認める気持ちと認めたくない
気持ちがあったりして、いろいろと考えさせ
られます。

ただ、このように、あらゆる事象が、その時代の
発露であるならば、私たちは受け入れながら、
それを考察し、何かしらの活かしにしていか
なくてはいけないと思うのです。

また、1995年以降を論じる部分は、読んでいて
小生の頭ではついていけないところも多くて、
今を定義することは難しいなあと勝手に、想像
したりしました。

ちなみに、「第三者の審級」という言葉がよく出て
きますが、その判断というか、よりどころに何が
あるかといった視線を持つと、思考は充実するのかと
勉強になりました。

それと、僕自身の現代の時代感覚は・・・
この本の末尾のほうに、

近さは、<他者>の他者性を感受するための
不可欠の条件 という一文があるのですが、

なんとなく「合いまみえたい時代」ではないかと
勝手に考えています。
誰もがふれ合いや理解をしたいのに、どこか
他人行儀で、そうして社会性自体は維持して
いるのだけど、何か空虚を感じているような・・・

いろいろな現代の見かたがあっていいと
思います。

たとえば、先日起きた悲惨な事件が、銀座では
なくて秋葉原で起きたのかといったことからも
得られることはあるでしょう。

おそらく、思想家の著作を数年後に手にすれば、
この事件のことも記されているはずです。

そうした著作を手にした我々がどんなふうに
実際の時代を創造していくのか、そんなことに
果敢に挑んでいく、そうした視点から、
時代の把握を各人ができれば価値はあると
思います。

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<自由>の条件 大澤真幸著

大澤真幸の「<自由>の条件」を手にしたけど
よくわかならい。当然といえば当然なんですが。

冒頭に述べられている
自由が増すほどに感じる閉塞感といった提議は
まさしくなのだけど、その後の膨大な著作により
僕の理解力では、さてと思う。

ここで、個人的に感じる自由についてだけど
例えば国家が保障する自由なんてものは、
銀行の準備率のようなものかもしれないと
思った。

通帳にはこれだけの自由がありますよという
のは名ばかりで、実際に用意されている、
0.数パーセントの自由で実際に人は満足を
してしまうし、それで十分、自由は機能して
いる。

そして、それ以上の自由を手にしてしまったり
すると、金融行政ではないが、いろんな
ルールを当の我々が求めるのではないか、
そうして一定の、自由と思える状況を享受する
ことによって、真の自由があると認識できると
いう状況が生み出される・・・。

さてさて、大澤真幸氏をネットで検索したら
青山ブックセンターで、トークイベントがある
ようです。

僕はきっと行きませんが、ご興味のある方は
ぜひ。

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「閉塞する<自由>の時代を生きる」
大澤真幸『<自由>の条件』刊行記念対談
特別ゲスト・平野啓一郎氏
■2008年6月8日(日)18:00~19:30(開場17:30~)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■定員:120名様
■入場料:500円(税込)電話予約の上、当日ご清算

http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_200806/_200868.html
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夢で裁かれる

紹介しづらい本というのも変ですが、
あらすじを書いてもしかたないと思いつつ
読むことはおすすめしたいなあという本

伊藤忠彦著
「宇宙が味方する生き方」

この手のタイトル、最初は引きましたし、
だいたい著者の方は中途半端な職業の方が
多い(失礼!)のですが、この本の著者、
伊藤氏は、関西アーバン銀行の頭取ということで
固いわけで、その関連がつかめなかったのですが
読み進めることで、氏がキリスト教を信仰されている
ことがわかり、

この本の中では、その信仰に基づき、
かつサンダー・シングやスウェーデンボルグが言う
四次元や五次元という世界観が重なって
善い生き方の必要性と必然性を説いているように
感じました。

ところで、本当に善い行いをすることは
大変なことだと思います。

今回紹介した本のような考えを受け入れるか
どうかにかかわらず、目に見えない世界を
意識することは一つの方法ではないでしょうか。
それを宇宙と呼んでもいいかもしれません。

自分に潜んでいる「心」すら、それは見えない
存在であるのですから。

ちなみに、ちょっと難しい話ですが、

「裁き」には3つの種類があって
・毎日の裁き・・・夢になって現れる
・死の瞬間の裁き
・時代の裁き・・・いわゆる最後の審判

この中で、毎日の裁きを受けないようにするために
寝る前に、少しでいいので瞑想し、その日の
出来事を悔い改めると良いとありました。

そうすると、自分の霊が謙虚な気持ちとなり
不幸のもとになる霊の病を小さなうちに
治療でき、幸運もやってきやすくなるそうです。

霊の取扱いは人それぞれかと思いますが、
自省する時間はとても大切だと思うので
寝る前に静かな時間を用意しようと思いました。

ちなみに、このブログでは、夢の話もたまに
書いていますが、最近みた夢で、
どこからの会社の役員にならないかと言われた
夢がありました。

裁きというよりは、願望かなあこれ・・・と
反省しきりです。

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ブルーノ・ムナーリ「芸術家とデザイナー」

板橋の美術館で開かれていた
ブルーノ・ムナーリ展に行ったことがあったので
それをきっかけに、彼の「芸術家とデザイナー」
を読む。

残念ながら、その時開かれていた福田繁雄の講演を
ずっと立ち見で聴いて疲れたことと、その日降って
いた冷たい雨の記憶のほうが、強烈だけども

そういえば、途中の駅のパン屋さんで
●●円以上お買い上げの方にといったサービスデイ
で、コーヒーカップをもっらたっけ。きっと、
バザーに出してしまうのかと思うけど、娘のママゴト
セットになるかもと思ったりもしたけど、贅沢を
言えば、マグカップのほうが良かったなあ~。

かすかに、彼の印象的に単純化されたデザインの
数々がオレンジ色の太陽のように、僕の頭の片隅に
残っていて、ああこの人だあ・・・といったことを
思いながら、ページをめくった。

ちょうど、先日読んだ、コピーライターや広告人の
本の中で、芸術と広告は「こんなふうにちがうんだ」
といったことが書かれていたけれども、まさしく、
その前衛で、ムナーリが語っていたことだったのだ
と思う。

芸術家もデザイナーも、概してそれは現代の人が
定義するそれと、まさしく同じことを彼は話していて
読んでいると、どちらを職業としても、頑張れと
鼓舞はしてくれていると思う。あえて勝敗をつけるなら
デザインナーなのかもしれないが。単純に白黒が
つけられるものではあるまい。

さて、私はこんなことを思う。
デザイナーの誕生までに、人はどのくらい時間を
要したであろうか。おそらく、確立という意味では
多少、芸術家よりも遅れたと類推するのだけれど、
一方で、デザイナーの次には何がくるだろうか。

みんなが、クリエイターもどきになっていくのだ
ろうか、それとも・・・。

なかなか読み深められない、天邪鬼な本だけれども
たまに読み返せれば面白いと思う。

詳しくは出版社のWEBサイトをご覧ください。

【みすず書房】
http://www.msz.co.jp/book/detail/07329.html

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脳と仮想世界

脳の活性化などの話題はとても盛り上がり、一方で
仮想世界についても注目されている昨今ですが、

たとえば、同じ次元で子供の発達とそうした
ツールとの関わりについてあまり意識をしていない
なあ。。。と

雨の日の週末。子供から京浜東北線を見るんだと
せがまれ、ネット上の動画を見せたりしながら、
便利だけどこれでいいのかなあ・・・と思っていた
ところ

戸塚滝登氏の「子どもの脳と仮想世界」という
タイトルの本を見つけたので、読んでみました。

この本では、わかりやすく脳科学者たちの実験や
その結果が書かれていて、その主張にうなずく
ことができます。

何よりも教諭を続けてこられた氏の子供に対する
愛情が感じられて、科学的な検証と実際の
子供とのふれあいの中から導かれた結論には
一定の評価ができると感じました。

その結論とは「4つの法則」にまとめられており、
その中のひとつに、脳が完成するまでの間、
およそ思春期の始まり時期まで、は直接体験
と本物体験を最優先した子育てをしてあげること
といったことがあげられています。

簡単そうで、実に難しいです。
でも、子供を囲む大人たちが共に問題を共有
してみると、色々な解法が得られるのでは
ないでしょうか。

消費の主役が、モノから情報へと移行し、
情報の価値を、1人ひとりのヒトが値踏みする
時代です。

その際の指標として、仮想性も重要な要素
であると考えますが、我々自身がその情報の
本質に対して惑わされないようにしないと
誤った情報の摂取の仕方を子供にさせて
しまう危険性が潜んでいると感じました。

さて、20年近く前ですが、田舎の中学生だった
私にコンピュータを教えてくれた恩師がいました。

ちょうどこの本の著者である戸塚氏と同じように
長年、教育現場で、コンピュータ教育に携わって
いらっしゃいました。

もし、先生が御存命であれば、この本をきっかけに
どんなお話ができたかと思います。

少なからずその恩師の影響を受けて、今の勤め先に
影響を及ぼしているようにも思いますので、
この分野で、私が何かできることがあれば貢献して
いきたいなと思いました。

 (といっても私はただのサラリーマンですが・・・)

こうして書くことで、何かきっかけが与えられるかも
しれませんし、

少なくとも、子育てをされている方に、
便利そうなネットの世界にも、ネットの利用についての
モラルを問う前にこんな問題もあるのだなと、知って
もらえれば嬉しいです。

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日本民藝館手帖

日本民藝館手帖(日本民藝館監修)が
ダイヤモンド社から出ていてなぜかなあ・・・と思いつつ

本をめくっていて感じたのは
これが美であると主張しているような
そんな意識を感じました。

普通は美を創るのですが
民藝は見出すようなところがあるから
あながち間違えでもない印象かも
しれません

柳宗悦の長男である宗理さんの
言葉にいいなあと思うものがありました

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民藝の深奥に、人間の生活の原点を窺い
とることが出来る。また、その純粋さに
美の原泉を汲み取ることが出来る。
人間性喪失の今日、民芸の暖かみの
ある人間性と、その始原的な純粋性に、
今日の人々は甚だしい共感を覚えると
共に、過去に対する憧憬まで感じさせる。


-----------------------------------
本当の美は生まれるもので、つくり出す
ものではない。デザインは意識活動である。
しかし、自然に逆らった意識活動は醜くなる。
なるたけ自然の摂理に従うという意識である。
この意識はデザインする行為の中で、究極
のところ無意識となる。この意識に到達
したところより美が始まる。

-----------------------------------
伝統は創造のためにある。伝統と創造を
もたないデザインはあり得ない。伝統的な
様相を、そのまま真似ようとしたり、また、
その一部を今日のデザインに取り入れたり
することは、その因って生まれた必然性
を無視することになる。伝統の美は意識
して出来るものではない。生まれるので
ある。

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エマジェネティックス

舌がもつれてうまく発音できそうにない
「エマジェネティックス」というもの・・・
要約すると以下のとおり

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エマジェネティックスとは、7つの要素に
もとづいて、人の本質を“見抜く”脳研究を
ベースにしたビジネスルール。

全米屈指の人材開発コンサルタント
ゲイル・ブラウニングが教える脳科学にもと
づいた、創造的な人材と組織を作り出す究極
のメソッド。

[4つの思考スタイル]
●分析型
 論理的、理性的、客観的、懐疑的で、事実に
 もとづいて考える。

●ディテール型
 実際的、慎重で、意外性に欠け、秩序立った
 考えかたをする。

●社交型
 思いやり深く、人とのつながりを重視し、
 社会的な意識が高く、人を直感で判断する。

●コンセプト型
 想像力が豊か、クリエイティブ、革新的、
 夢想家で、アイデアを直感で判断する。

[3つの行動スタイル]
●自己表現性
 他人や周囲の世界にたいする関心度を示す。

●自己主張性
 自分の考え、信念、感情を伝えるエネルギー
 の強弱を示す。

●柔軟性
 他人の考えや行動を気にかけ、
 彼らの要望に応えようとする気持ちの強弱
 を示す。

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人間を上記の4つの思考スタイルに無理矢理
あてはめるというよりは、どの思考スタイルが
何割程度あって、行動スタイルはどんな感じと、
現状を把握するためのメッソドということで
決めつけ感はなくていいかと思います。

また、これを活かした対人関係の構築や
マーケティングなど、さまざまなアドバイスも
盛り込まれていて、とても役立ちそうな
手法と思いました。

さてさて、みさんは小生がどの思考スタイルで
3つの行動スタイルの強弱はどのくらいと
お感じでしょうか。

機会がありましたらお教えください。

どうぞよろしくです。

追伸:きっとこれそのうち研修ビジネスの領域で
   ブレイクするかもしれませんね・・・。
   http://www.emergenetics.com/

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鈴木崇巨著 キリストの教え

息子の幼稚園の関係でたまに教会の
日曜日の午前中、礼拝に通っている
のですが、

といっても最近は、奥さんと息子で
行って、僕はやっと一歳になる娘と
留守番というのが多いのですが、

これはこれでずっと娘が泣いている
ので、説教を聞くよりも苦行です。

しかも、幼児虐待とかで通報される
のではないか・・・という程に
泣きまくるので、父親と娘の間に溝
があるのでは・・・とショックを受
けたりして、必死に子守しています。

さて、そんな中、そもそも
キリスト教とは・・・?ということで
春秋社から出ている、

鈴木崇巨著「キリストの教え」を
読みました。

洗礼を受けている方からすると
お恥ずかしい次第なのですが・・・


賛美歌に出てくる聖霊って、こういう
意味かあ~(三位一体ですね)とか

人間は、天とつながる霊と心(魂)と
体で出来ているとか

新約聖書と旧約聖書の違いとか、

キリスト教にまつわる基本的なことが
やさしく、真面目に書かれています。

また、とくに、「祈りの世界」という
ものがこんな感じのもので・・・、
これをイメージして礼拝するといいですよ~
ということを、ご自身の経験から語られて
いる部分がとても良かったです。

おそらく自分が、洗礼を受けることは
ないと思いますが、たまたま後数年は
続くであろう教会とのつながりを豊か
にしてくれる本との出会いではなかったかと
考えています。

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ミルトン生誕400年

イギリスの詩人 ミルトンの生誕400年を今年迎える。
そんなタイミングで、新たに岩波文庫から、
「言論・出版の自由」が出されています。

その「言論・出版の自由」の中からいいなあと
感じた1節。

-----------------------------------
常に考える人は、われわれの信仰と知識は
手足や身体と同じで、動かすことによって
強くなることを知っています。聖書では真理
は流れる水にたとえられています。水は
いつも流れていないと画一の困襲の泥沼
になります。人間は真理を体していても
異端になるかもしれません。自分の牧師
が言ったとか、最高長老会議の決定という
理由だけで、それ以外の理由を知ることなく
信じるなら、信じる行為は本物であっても、
奉ずる真理そのものがその人を異端にする
のです。
-----------------------------------

ミルトンの生涯は、この本の解説に詳しく
書かれているのですが、上にもある真理を
求めての戦いのような日々であったようです。
そして、過労による失明の中、あの失楽園を
書きます。

彼が400年前に求めた真理、今私たちは
どれだけ手にできたでしょうか。

そして次の、たとえば400年に私たちは
何を残せるでしょうか。

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ヒトデとクモ あなたはどっちが好き?

日経BP社から出ている

「ヒトデはクモよりなぜ強い」
21世紀はリーダーなき組織が勝つ

では、こんな事例が紹介されています。
1680年代のスペイン軍とアパッチ族の
戦いで、中央集権型の組織をもたない
アパッチ族が勝ってしまう。

このアパッチ族には、ナンタンと呼ばれる
精神的・文化的指導者はいるのだけれども
何か権力があるわけではないというのです。

そして、一つのグループ(本書ではサークル)
がスペイン軍にやられても、ほかのサークルが
出てきてみたり、そもそも、そのサークルたちが
目的は一緒でも、別々の行動をしてるので
結果的に勝利を手にしてしまったらしいのです。

こうした組織体系をここでは、ヒトデと定義し、
スペイン軍のような統率のとれた組織を
クモとします。

このヒトデの機能のひとつに、アパッチ軍の
ナンタンが果たした「触媒」があると言います。

触媒とは、人を導きながら支配はしない。
といったもののようです。

さて、ヒトデもクモも どちらか一方がいいという
ものではなく、組織も人も、その要素を上手に使い分けている
のが実態と思いますが、

客観的にそれらの機能の違いを見つめ、
その場面ごとの自分自身の傾向などを見極めてみると
日ごろ感じる悩みなども、冷静に対処できるのではないかと
感じました。

組織やリーダーシップという観点からも、普段の人と人との
関わり合い方にも、参考になる一冊だと思います。

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起きて半帖、寝て一帖

ある飲み会といっても、近所の居酒屋なのですが
その話の中で出てきたのが、

「起きて半帖、寝て一帖」という言葉。

墓場まではお金や地位は持っていけませんよ
と諭されているわけなのだけど、どちらも持った
ことがないので、素直な反応ができたわけでは
ありませんでした。

ただ、その方がしみじみとお話くださるので
本当にそうなのだろうなあと聞いておりました。

ちなみにこの言葉の出典ですが、
一般的に使われていますが、おそらく、一燈園に
由来するのではないかと推測します。

三浦隆夫さんの
「一燈園 西田天香の生涯」を読んでいて、
わからないことだらけなので、WEBで調べてみたら、
その団体の施設に、帖半寮と呼ぶ寮があることが
わかりました。それでおそらくと思いました。

この本の主人公である西田天香や一燈園については
僕が語ることは何もないので、コメントは省略します。

ただ、特定の宗教を信仰しなくても、何かしらに向き合って
いくという姿勢でもいいのかなと思いました。
とても抽象的ですが(汗)

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岩谷赤丸のこと  梶川敦子著 占いの原点「易経」

梶川敦子さんの「占いの原点『易経』」を読んだら
易経に出会うきっかけとなった人物として、
岩谷赤丸の名前があった。

岩谷赤丸は、タバコが専売品になる前に、
天狗煙草を製造していた岩谷商会の関係者の
ようなのですが、おもしろい人物であった
ようです。

岩谷商会について
http://www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventJan06/index.html
http://www.match.or.jp/column/column04.html

ところで、著者はキリスト教を信仰されている方なのですが、
易経とキリスト教の関連を指摘されています。

易経にかかわらず、東洋思想全体に言えることかも
しれませんが、わけへだてるよりは、根源は同じところにある
といった考え方のほうがいいのかもしれません。

もともとは占いに興味を持ったのですが、この本自体は、
書物である易経の入門書であって、これで易占の仕方が
書いているわけではないのですが、そもそもの理を
やさしく説いてくれている本で、読んで気持ちよかったです。

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山本孝史著 すくえる「いのち」のために

死しても政治をしている人がいる。
そういう政治家がいることを政治家も知るべきだし、
それを目指す人もそうでない人も知るべきだと思う。

12月22日にがんでお亡くなりになった参議院議員
の山本孝史氏の手記を読んでそう思いました。

山本孝史 http://www.ytakashi.net/

書かれているページそれぞれが重くて、本を読む
自分の体までもが重く感じるような、何か気迫の
ようなものを感じました。

ですが、この本を手に取った人が、少しずつでも
その一部でも記憶にとどめておき、小さな判断を
繰り返すことにより、日本の医療制度や福祉制度
はより良いものになっていくのではないかと思います。

人は普通に暮らしているように見えて
みんな何かしらの悲しみや苦しみを背負っている
ものではないでしょうか。

それ故にもてる優しい視点をどうにか大切にしたい。
そんなふうに考えました。

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ジェームズ P アンドリュー著 BCG流成長へのイノベーション戦略

イノベーション戦略、
もしこれをまかせられたら・・・
きっと途方にくれるのではないかと
思ってしまうのですが

例えば、新しい事業をプランニング
してみたいといった場合に

何が必要になるか、
どのようなコストとリスクを想定するか
用意しなくてはならない環境
アプローチ方法などなど

とてもわかりやすく整理され
丁寧に説明がされています。

イノベーションにとても
近づきやすい1冊と思います。

個別企業の事例なども読みやすく
つづられていておすすめです。

ただ一方で、こんなに上手には出来まい
とも思い、「イノベーションの崩壊」と
呼べる現実のほうが多く存在している
のではないかと感じました。

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H・ミンツバーグ経営論

H・ミンツバーグ経営論

読破できませんでしたが、やんわりと
MBAの限界、実態と実情に即した経営手法の提案、
そして、実際の人間力学に基づいた組織の類型化を
行っていると感じました。

特に印象に残ったのが、組織の形態を7つの
コンフィギュレーションにわけていて納得ができます。

例えば、パーティや飲み会に行って、今日の自分の立場はと
感じて、それに即した身のこなしを考えるように
(そんな上手にはできませんが)、
そうしたときに感じることを、素直に組織に置き換えて
みると理解は容易なのではないかと感じました。

組織経営にでも携わらない限り、役に立ちそうもない
内容ではあるのですが、こんな経営論があったなあ・・・
意外と役立ちそうだ!ということは記憶しておきたいと
思いました。

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戸部松実著「エミール談論」

ルソーの「エミール」を昔読んだという記憶は
あるのですが、記憶だけなので
どんなものだったろう・・・ということで

戸部松実氏の 「エミール」談論 を手にしました。

とても細かく、読み込むには至りませんでしたが
流し読みをしてみて、ルソーが生きていた時代の
社会状況や、ルソー本人が抱えたトラブルなどが
わかって、身近には感じることができました。

さて、そうして個人的に感じたルソーの人となりは
何か不器用に、真実のみを探求し、かつもっとも
らしい屁理屈で自分の行動は正当化してしまう
といった雰囲気を感じました。ヤナやつかもしれ
ないですね(笑)

どうも古典と呼ばれるものは、その権威を手にした
故に、書いてる人間と作品がかい離してしまうこと
が多く、理解の妨げになっているように感じます。

こんなふうに身近に感じられることはうれしいこと
であります。

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人生論の3分類

この前よんだ「人生論からのメッセージ」を読んで
それは古今東西の、というよりは西側の
著名人の言葉が紹介されていたわけですが、

筆者が人生論を3つの類型に分けていたのが
おもしろかったです。その3つとは

①命令的見解
②主観的見解
③客観的状況の説明

だそうです。難しくてよくわかりませんでしたが、
いろんな名言に出会うとき、この視点はおもしろい
かと思いました。

また、紹介されていた名言でこれはと感じるものを
いくつかあげてみます。


「人は将来のことを思い惑うことなく、現在を享受すべき
である。死ぬまで残っている年月の長さではなく、現在
享受できる快楽の量の多寡によって生活の価値をはかる
べきである」 エピクロス「喜びの哲学」

「読書は精神を養う。精神が熟考に疲れたとき、読書は
精神に再び力を与える。だが、熟考を要求しないことは
ない。われわれは書くだけでやめたり、読むだけで
やめてはならない」 セネカ 書簡84「セネカ」

「第三次世界大戦がどのように行われるか私には
わからないが、第四次大戦では何が使われるか
はお教えできる。石だ!」

「アンシュタインンは語る」 より

それと、スペインにいたスヴェーデンボリという人が、
自分の臨死体験を著作にしているそうで、興味を
持ちました。本を探してみようと思います。

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ブルーノ・ムナーリ展を見に行ってきました。

奥さんに連れられて、幼子を背負い(笑)
板橋区立美術館にブルーノ・ムナーリ展
を見に行ってきました。

板橋区立美術館
http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/schedule/e2007-05.html

といってもムナーリについて、知識は何も
なく、しかもちょうど、福田繁雄氏による
講演会があったので、それにすべり込み、
1時間30分立ち聴きをしながら、彼は
どんな人なんだろうと想像をふくらませ、
講演の後に実際の作品をみました。

観た感想は、言語によらない色彩と構造
による表現ということでしょうか。

一番、手元にあるもので、自然や現実を
みることの楽しさを創造するのだと感じま
した。

だから、子供向けの絵本だって、
言葉がわからなくても意味は通じます。

福田氏はその講演で
デザインの本質はおもしろいこと
その原理をムナーリは発見することに
集中したと話していました。

たしかに、用の美といった趣はありませんが
息子がわくわくとその会場へと私を案内して
くれるのですから、その魅力は十分あると
感じました。

ただ、美術館の入口で、どうもマナーをよく
するようにと、腕に輪ゴムでお約束の紙で
できたワッペンをくくられ、いい子にしてるの
といった暗示をかけられている状態だった
ようで、小さな言葉で説明してくれたりして
少し悲しい気分になりました。

本来は触っていい作品にも手がでなかったり
して、入口で心そ縛られては、大人が気取って
作品をみるのも嫌いだけど、子供の心を縛る
のもいやなものだと思いました。

そもそもムナーリはそうしたことを嫌った
でしょうし、プロダクト中心の展示構成で
よほどのことがない限り、事故は起きない
でしょうし、かつ親がそこはしっかりとケア
していますし、ちょっとつらかったです。





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栗山民也著 「演出家の仕事」

以前、戯曲を読むというテーマで俳優の話を聞いた
ことがあったので、ちょっと興味を持って手にしました。

江守徹さんのお話を聞いてみて「戯曲と舞台」

演出家 栗山民也氏の「演出家の仕事」

ここには演出をはじめる前に戯曲を読む際の姿勢
について書かれていました。

1、上演時間と同じに読む
2、そのなかに聞こえてくる音楽を見つける
3、戯曲への批評性をもつ
4、ト書は読まずにせりふだけを読む
5、作家よりもいい読み手になる
6、繰り返し読む

また、随所に演劇の定義がなされていて
いました。

こうした中で、私が感銘を受けたのは、
演出で一番大事なのは「聞くこと」である
と書かれていたことです。

普段、人の話を聞かないきらいのある自分
には、これはいけないと思いました。

そして、聞くことは、その裏にある人間の心の
動きを聞くことであり、自分自身の心に響く
何かが聞こえるはずであると説きます。そして
そのためには、日常生活から強く意識すること
で聞く力を鍛えろとありました。

武満徹の著書にも「沈黙こそ音なのだ」という
言葉があるそうで、言葉にもならないような
小さな言葉、または無言の中からも、声を
聞くことはできるのだと言います。

「聞く」ことを強く意識していきたいです。
周囲の皆さん、よろしくご指導ください。<(_ _)>


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柔らかい個人主義は分散投資?

前回の記事で気になっていた山崎正和氏の
「柔らかい個人主義の誕生」を読んだ。

1984年(昭和59年)の初版であり、1970年代を論じている
本なので、これからに有益な情報があるか?と思いながら
ページをめくったが、それから20年以上経過した現在から
読み返すと、その指摘はおおむね正しいことが書いてある
なあと思い、少し感動した。

ちなみに、今後の個人主義のスタイルだけれども、
あまりいい言い方ではないけれども「人生の分散投資」と
いった雰囲気にはならないだろうかと思う。

当然に、ひとつの組織に希望を持てるわけではなく、常に
強く生きられる状況が迫られ、その手段として、複数の
分野での経験が求められたり、スキルの蓄積が必要に
なってくることと思う。

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映画評論家、佐藤忠男さんの本

日頃ブランディングやPR、SPなどの領域のことを
考えるときに、伝えることばかりに考えがいってしま
うことが多い。伝え・伝わればいいと。

(仕事というよりは個人的な興味ですが・・・)

一方で、その過程の中で、対象にどのようなイメージ
を与え、どのような印象を与えるのか?また、その人
自身への効果といったことは、意識してこなかった
ことが多いと思う。

映画評論家の佐藤忠男氏の「見ることと見られること」
(岩波現代文庫)は、氏の

「コミュニケーションとはなにか、ただ意味が通じる
という以上の、心が通じるコミュニケーションとはなにか、
それによって形づくられる心とはいったいなにか」

というテーマのもと、幅広い視点から、コミュニケーション
について論じられています。

そしてそれらから私が感じることは、

コミュニケーション = 人間の弱さ × ヒューマニズム

といった数式でしょうか。

ヒューマニズムの定義がしっかりできないので
ちょっと怪しいですが・・・。

また、映画 → テレビ の変化についても語られて
いますが、その次にインターネットをおいたとき、
どのようにコミュニケーションが変わり、変わらなかったかを
個人的にはこれから考察を深めていきたいと思いました。

アジア映画祭などでお名前を拝見するおじさまという
イメージだったのですが、経歴を拝見し、ご高齢である
ことを知り びっくりしました。

いつか直接お目にかかって、いろんな話を聞いてみたい
です。かなえばいいな。。。

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ゆるし

「ゆるしの選択―怒りから解放されるために」を読んだ。

怒りを持ち続けることから生じる害を生じさせるよりも
真に許すことが重要だとし、そのプロセスが書かれている。

【ゆるしのプロセス】
1、怒りの表出
2、ゆるすことの決意
3、ゆるしの作業
4、発見と感情の牢獄からの脱出

思えば、犯罪被害者の保護を論じることはあるが、
被害者の心のケアや、自分自身が小さなトラブルを
抱えた際の心の動きやゆるすことについては、とても
疎い状態にあるのではないでしょうか。

日常的に意識せずに行っている行為でもあると
言えるわけですが、しっかり見つめなおすことは重要と
だと思います。


(参考)2004年当時、ゆるしについて僕が書いた文章
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「癒し」から「許しの」世紀へ

「許す」ことは難しい。また「許される」ことも大変だ。
その2つの行為に限界を感じた現代人が、あきらめ
にも似た「癒し」を求めているように私は思う。
幸いにも容易で安価な「癒し」を提供してくれる消費
社会も存在し「いい時代」でもある。
けれども私たちが味わった「癒し」が何をもたらして
くれただろうか。
嫌な自分に少し我慢をさせてくれるくらいであれば、
ちょっと悲しい。
のどが渇いたと口を大きく開けるだけでは、いよいよ
のどはカラカラになる。それより唇をかたく結び唾を
飲み我慢することの方が凛として美しい。どうだろう、
唇を噛締めた後「許す」とそっと宣言してみたら。
日々許しを請い暮らしてきた者たちは、もっともっと
「許される」ことに努めてみないか。
 ひとりの個人として、気づくとも気づかざるをも
問わず罪を積み重ねる私たちが、「許し」「許される」
ことに最大限の努力をした時、人間への深い信頼
が生まれる。人を信じる力は、貴方と同じ人間である
私そのものを信じる自信でもある。目を閉ざすことなく
足元をみつめ、この世紀を生きよう。
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