カテゴリー「経済・政治・国際」の143件の記事

2013年7月21日 (日)

愛国心とはなんでしょうか、どんなものでしょうか。

こんな時期だからではないが、タイトルに興味を持ち
次の本を手にした

「愛国」のゆくえ ~「戦後」の無意識とトラウマ~
保阪正康、ほか

この中で、保阪正康氏の指摘がとても印象に残った。

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ナショナリズムとは(中略)もっと素朴に、自分たちが育った
共同体にたいする誇り、あるいは地域に伝わる伝承への
愛着などを、広義の意味でナショナリズムとみるべき

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また、「またも負けたか八聯隊(はちれんたい)」という言葉で
示される、ノモンハンへの出動命令を北海道の連隊はすばやく
行動し命を落としたのとくらべ、同じ命令を受けた大阪の連隊
では、それから兵士が医務室にならび、要員の選別が終わった
ころには停戦になっていたという話が紹介されており、

この例えから、大阪の人たちは個人主義者と言えます。
自分と国家を対峙させる。(中略)おそらく、これが大阪という
百年、千年の単位で経済的、合理的思考法を培ってきた
地域をかたちづくる伝承や暗黙の約束ごとであり、おおげさに
言えば大阪ナショナリズムの規範なのだと思います。
北海道はそれだけの蓄積を持てなかった。あまりにも早く
国策に動員されてしまい、自律的な発展を遂げそこなった。

と書いてしらしゃいます。

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保阪氏の指摘を読みながら、つい日本であれば日本全国を
意識してしまうナショナリズムも、その地域によって感覚は
異なるし、また一人ひとり異なるはずだと思いました。
けれどもなかなかそれは意識されないし、愛国心が全体主義的な
もので意識され、なにか犠牲を伴う場面になってみると実は
その人が属する小さな共同体の風土や気風に大きく影響を
受けてしまう。

ならば、最初からその小さな共同体を意識した郷土愛や
愛国心をそれぞれが持てばいいのではないかと考えました。

けれども一方で、都市化された現代で、そうした郷土を
人が持つことのほうが難しいのかもしれません。
そのような中で描く、愛すべき対象は何か、これは現代人に
与えられた課題ともいえます。

そうした問いかけをもつ私にとっての愛国心とはなにか。
今語られている大きなテーマよりも、実は切実なテーマなのでは
ないか、そのように考えました。

2012年10月10日 (水)

ガルブレイスを読んだつもりになってみる・・・

よく 何かお話を聞いたり、読んだりすると 

「アメリカの経済学者 ガルブレイスによりますと・・・」 といった
引用が語られることが多く

まるで、ドラッカーはこう言っているという場面と似ていないわけでも
ないのですが、それはさておき

ガルブレイスとは?ということで 岩波現代文庫に収められている

中村達也著『ガルブレイスを読む』を手にしました。

主著作から引用されている言葉にはとても共感を覚えるものが
多くあったのですが、それ以上に 中村氏の 経済学史の解説が
とてもわかりやすく、ガルブレイスの批判的精神と相まって、
なるほど 経済学者たちは ある時代の一点をこのように評したのか
という部分がわかり、面白かったです。

もちろん、もっと読み込む必要もあるのですが、経済の上に住んでいる
我々にとって、私たちのあり方を 経済学の視点でとらえることは
無駄ではないように思いました。

それは矛盾を認めたり、さらなる疑問を持つことになるのでしょうが
客観視して 時代を乗り越えていく その胆力を養うのには
経済学は いい学問ではないかと思います。

一方、大学の定員自体では、大方の方が大学に通うことができる時代と
聞いていますが、高校生のころにこうした学問的魅力のはじめを味わう
ことができれば、その後の学生生活も職業人生も大きく違うのではないか
そのようにも感じました。

おすすめの一冊です。

2012年9月 2日 (日)

枝廣淳子さんの視点

たまたま 読んでいる2冊の本が 環境ジャーナリスト 枝廣淳子さんに
かかわるものでした。

1冊目は ご自身の アラン・アトキソンさんとの共著

「GDP追及型成長から幸せ創造へ」 で

もう1冊が、夏休みに子供とどこにいくかと図書館から借りてきた

「TOKYO研究所紀行」でした。

「TOKYO研究所紀行」は その名前のとおり、大学や国の研究機関や
企業などの研究所を紹介している1冊で そこにコラムとして枝廣さんの
コラムが収められていました。

そのコラムで、ドネラ・メドウズさんの『成長の限界、人類の選択』にて
書かれている 「世界を望ましい方向に変えていくために私たちに必要な
5つのこと」が紹介されています。

■「世界を望ましい方向に変えていくために私たちに必要な5つのこと」

1)ビジョンを描く
2)ネットワークを作る
3)真実を語る
4)学ぶこと
5)愛すること

また、もう1冊の「GDP追及型成長から幸せ創造へ」では

最近の日本での価値観の変化を次のように指摘している。

■三脱の動き
 1)暮らしの脱所有化
 2)幸せの脱物質化
 3)人生の脱貨幣化

この2つの本のわずかな記載しか 引用はしませんが、
それでも現代人の生き方を示してくれているように思います。

ただし、これは流行を作ることでも、それを追いかけることでも
なくて、どうした世界に自らが暮らしたいかの問いかけでも
あります。

ぜひ、じっくりと多くの方と考えていけたらと思います。

2012年8月11日 (土)

原田正純さんのこと

ボランティアをしている団体で 長年お世話になっていた方がお亡くなりになり
訃報の準備などをしていて

おそらくその方の関係で、よく会合があると私学会館を利用していて
いつもその前を通ると、その方を思い出していたのだけど
お元気そうだったのに突然だなと思った

そうした事務作業の文案調べもあって、ネットで「訃報」を調べてみると
水俣病の研究と患者の方の救済にあたられていた 原田正純さんがお亡くなりに
なられていたことを知った。

http://www.asahi.com/national/update/0614/SEB201206140006.html

授業のあと、先輩と飲んだ帰りか 遅く帰宅したまま テレビをつけると
たまたま 水俣病の番組があって その主人公が 原田さんだった

それまで何も知らなかった私は、こんな人がいるのか・・・と
そのまま見入っていたし、自分の課題意識と懸命に闘わせて
さらには 原田さんの生き方にも考えをめぐらしてといった作業を
繰り返していたので テレビから流れてきた 原田さんの語り口や声の特徴を
いまでも覚えていて

気づけば あの番組が追悼番組であったことを今知りました。

その後、ネットで検索してみると そのお人柄がいくつもの控えめな
エピソードから語られていて 学ぶことが多くありました。

これらのことは忘れないようにしよう、そう思います。

以下 ひとりごとです・・・

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人は知らず知らずに今日を生きている。
そのことの評価を後に欲するのか、欲しないのかは
わからない。でも、たぶん欲するのだと思う。
それなら今日をどう生きるのか
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2012年4月15日 (日)

10年後に食える仕事 食えない仕事

10年後に食える仕事 食えない仕事 ・・・

こう言われると 多くの人が危機感を持つだろうし
私自身も 同じように迷いをもったり 危機感を持つ

これは 渡邉正裕さんの 著書のタイトル。

その内容の一部は 著者がオーナーである My News Japan
に掲載されています。

http://www.mynewsjapan.com/reports/1528
http://www.mynewsjapan.com/reports/1542
http://www.mynewsjapan.com/reports/1534

http://www.mynewsjapan.com/reports/1567

内容はとてもその通りと思うものです。
ですが本を買って読んでも、だから自分はどうすればいいのか
という部分は簡単には見つからないでしょう。
私の場合だけかもしれませんが・・・

常に人には挑戦があって、あまり冷静に環境分析を
してしまうと 身動きができなくなる部分もあります

まず、ご自身が何をしたいか、そのために何をしていくか
その時、時代の変化はどのように想定するか そうした問いかけを
行うなかでこそ この本は役立ちます。

後半に書かれている 政策への提言はとてもしっかりと
作られていて 好感を持ちました。

2012年3月14日 (水)

子育てと家族

息子が幼稚園に通っていたころの文集にたまたま目を通すと

冒頭の園長の言葉で、

これまで家庭で育んできた子供たちを入園と同時に、より大きな
家族の中で育てようといった 呼びかけがあった。

牧師の言葉でもあるので、聖句が引用され、より宗教的な響があって
思わず泣いちゃうくらいの名文なのだけど

落ち着いて考えると、この呼びかけは、幼稚園でも小学校でも、
学校教育と家庭という2軸の対比で、違和感のない、普通のお話では
ある・・・。

一方で、この 家族 の概念が大きく変化しようともしている。
変化というよりも、変化しなくては対応できない状況に追い込まれている
ことを

バーバラ・ポーコック著「親の仕事と子どものホンネ」(岩波書店)

親の仕事と子どものホンネ――お金をとるか、時間をとるか

を読みながら感じた。

バーバラ・ポーコックは、南オーストラリア大学ワーク・アンド・ライフ
研究センターの所長で労働関係やジェンダーの専門家で2児の母親でもある。

この本は、オーストラリアの労働環境と子育てを書いているので
そのまま日本に当てはめるわけではないけれども、日本でも出産や
仕事の両立といった面からも参考になる点は大きい。

例えば、子育て世代の出産と仕事の両立を支える生活維持の基盤として
以下の3つの可能性を示唆している。

私家族主義  ・・・ 個々の世帯内部でのサポート
市場家族主義 ・・・ 市場の製品とサービスによる生活の維持
公家族主義  ・・・ 法・制度および公的施設と公的助成による生活の維持

この見解は、家族といった枠組みに変化が起きていることを感じさせてくれる。
当然、出産のときだけが家族の出番ではなくて、末期の家族もこれまでとは違った
形になるのかもしれない。

無論、肌で感じた家族の絆を 良くも悪くも体現してくれるのが「子ども」自身でも
あるだろう。

みんなが必死に働いて子どもを育てている。妻に甘えている自分ではえらそうなことは言えないけど・・・ その中で、家族の姿を自ら問うことまでもが

現代人に宿題として課せられていることは、少し酷なようにも思った。

2012年3月 7日 (水)

モンゴルにおける発電ビジネスの可能性

エネルギー革命 柏木孝夫著を読みながら

ソフトバンクの孫さんが 非常に モンゴルでの発電事業に
興味があることがわかった

孫さんですら モンゴルなのだ
この時代のスピード感に普通の企業はついていけないだろう

もちろん モンゴルを単純に工業プラントの大地としていいか
どうかは その地の国民が決めることであってほしいと思う

一方で 身近な隣国と ともにどのように成長していくかは
大きな課題で ぜひ、いろいろな人が議論に参加し、
これからのフロンティアと受け止めてもらえたら嬉しい

いろいろと研究していかなくては・・・

2012年3月 1日 (木)

協同労働の取り組みについて

起業の形態の中で、組合制度を用いるという方法がありますが、

今回は、労働者協同組合というものが、主に高齢者や障がいをお持ちの方の
就労の場所を作っていらっしゃることを 以下の本で知りました。

協同で仕事をおこす 社会を変える生き方・働き方
広井良典編著
日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会 監修

華々しくビジネスで成功して、というビジネス書のにおいは当然ありませんが
一方、外食産業で華々しく活躍する人が、その利潤をもって 福祉産業などに
参入されるのと目指すところは一緒で

逆の見方をすれば、本当に必要とされている経済の営みが、会社の枠組みでは
困難で、こうした組合制度を用いた働き方の創造の中にあることを

不思議な感覚で思いました

ソーシャルベンチャーをはじめ、起業のあり方や産業の創造も、実は
こうしなければならないといったものはなくて様々な方法があるのでは
ないでしょうか

または産業の業種によっては、会社組織、またある分野はこうした組合で
担っていくという分化もあるかもしれません。

いずれにしても その業務が 正当に評価され 正当な報酬が対価として
得られることが大切だと思います。

その意味では、若い起業家というのも 疑って見るくらいの眼力が
社会になくては、社会の発展もないのかもしれません。

2012年2月29日 (水)

国家戦略論の危うさ

例えば 大前研一が 10人いて この日本がよくなるだろうか

氏の著書 訣別 大前研一の新・国家戦略論 を
読みながら

こうした戦略論とそのための示唆は必要なのだけど
一般の人がすでに意識している工夫や努力する点を追従しても
どこかもったいない気がする

この時代の空気というか、人間の「さが」として感じるのは

そのことがわかっているのに動けない時にどうするかだと思う

結果的に、今の日本は その文化度が高いゆえに、わかっているのだけど
やめられない、動けない というところに来ているのだと思う

一方でそれは、誰かヒーローが飛び出てくるようなものでは
危険すぎるのだ 今であれば、それが 橋下大阪市長のような存在かも
しれないし、少し前は 小泉元首相であったろう

日本人の良心として、これは民族的な呪縛でもあり、自重でもあるだけど
何かに踊るような大衆に変質する前に 解決の糸口をみつけたいというのが
本音のように思う

2012年2月24日 (金)

谷根千のこと  ローカル・メディアと都市文化 岡村圭子著

重松清さんの 「定年ゴジラ」を文学座が舞台で上演していて
それをテレビで観たことがあった

■文学座
http://www.bungakuza.com/teinen/index.html

とても面白くて、まあだいぶ前のはずだけど その場面が

独協大学国際教養学部准教授 岡村圭子さんの

ローカル・メディアと都市文化「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」
(ミネルヴァ書房)

にて、紹介されていて 舞台のことを思い出した。

そうした知や記憶をめぐる発見は楽しいのだけど 一方でこの本で
紹介されている 「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」が作り出した

「やねせん」という世界観について、実際の雑誌を発行した人の思い、見守ったり
利用したりした人の姿、様々なことが克明に、等距離で記されていて
とても考えさせられる内容でした

おそらく勝手な個人的な考えだけど、その活動を通じて、経済をまわそうか
または想いを優先にして経済の部分は見ないようにする、または経済を
気にしなくてもよい、ある程度、恵まれた環境であるかどうかが
ローカル・メディアにとっては 一つの分かれ道なのではないかと
感じた。

幸い働く場所が多い 東京の下町と、働く場所も少ない地方における
ローカル・メディアでは性格が変わってきてしまうだろう。

それでも 我々にとって幸いだったことは、ローカル・メディアの
新しい精神的な自立が、「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」に関わった
皆さんによって作り出されたことではないだろうか。

地方には、それこそ様々な地域紙が存在する。
権力の監視役のようなそうでないような怪しいものすらある。

その時に、これからを志す人が立ち戻る記憶があることはとても
いいことだとおもう。

■谷根千ねっと
http://www.yanesen.net/

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