カテゴリー「旅行・地域」の68件の記事

2013年6月16日 (日)

秩父の女流俳人、馬場移公子 のこと

中嶋鬼谷編著

『峡に忍ぶ 秩父の女流俳人、馬場移公子』を読んだ。

私の郷里の近くに秩父があるので、親しや懐かしさがあって、
秩父を題材にしたものがあれば 読むようにしている。

先日も土屋文明が万葉集の研究で郷里の近くを歩いている
足跡を追った本があったので読んだように

さて、馬場移公子(ばばいくこ)のことを 私は初めて知った
秩父で俳人というと、金子鬼太を思い浮かべるが、そのお父様が
医者であり俳人だった。その 金子伊昔紅(かねこいせきこう)との
出会いから、この女流俳人が世に出るところとなった。

■馬場移公子関連サイト(日本経済新聞)
 
 
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO16293970T11C10A0000000/

戦争未亡人で婚家から実家にもどり、体もあまり強くはなかった
らしいけれども、秩父の中に生き、俳句を通じて出会う人々の交流が
何か生きる支えになっていたのではないか

その実力は、水原秋桜子にも認められ 「馬酔木」の同人にも
なっている。

この本をつうじて、人生の中に俳句があるとはこういうものか
という、普段は知らないことが少しわかったように思います。

2013年1月27日 (日)

温泉のある銭湯

品川区や 大田区 には 銭湯だけど 温泉が出ているという
銭湯が以外とたくさんあります

これは とても便利で ありがたいことです

先日も 新馬場の 天神湯 にいってみたのですが なんか
大きなお風呂と 温泉 が 銭湯の料金で楽しめるので お得な
気分になりました。

そんなテイストを少し高級にしたのが

久住昌之著 ちゃっかり温泉 にて紹介されているお風呂かな
と思います。

品川からは 戸越銀座温泉 と 大田区からは 蒲田温泉

どちらも 僕からは遠いのだけど いつか行ってみようと思う

下町銭湯温泉 このジャンルなら僕にちょうどいいかも・・・

2012年10月25日 (木)

モンテッソーリ教育と近代建築、鳳凰閣(旧清明文庫)

モンテッソーリ教育の本を読みながら ネットで検索していたら
学研の出損で作られた公益法人が講師の養成を行っていることを
知りました。

■公益財団法人 才能開発教育研究財団
 日本モンテッソーリ教育綜合研究所

 http://sainou.or.jp/montessori/

この団体がたまたま 大田区で 家から近いのにびっくりしながら
以前、児童向けの教室などに使っていた施設が 鳳凰閣という
近代建築物であることを知りました。

■詳しいことが紹介されているブログ
 
【土橋陽子の design life with kids! -こどもと楽しむインテリア】
http://dobako.exblog.jp/tags/%E9%B3%B3%E5%87%B0%E9%96%A3/

鳳凰閣は 清明文庫と言われ、大田区のホームページによると
勝海舟ともゆかりがある建物のようです。

■大田区のページ
http://otaku.edo-jidai.com/107.htm

■日本大学理工学部の調査
http://www.cst.nihon-u.ac.jp/research/gakujutu/55/pdf/I-4.pdf

これらによると、昭和29年に所有者が学研に変わったとのことでした。
そして、東日本大震災の後、耐震性の問題から取り壊しが検討され、
歴史的な価値から大田区に売却。保存が決まったようです。

一つのことを調べてみたら、身近な街の文化財を発見できて
なんだか幸せな気分になりました。

そして何か昔の建築物が そのたてられた意図に似て
子ども場所になっていたことも なんだかよかったです
いまは使われなくなっているのは 残念ですが 保存されることは
やはり よかったと思うし、新たな役割に期待もしてみたいです。

いまは外見しかみれないそうですが、一度、みにいってみたいなあ~

2012年10月12日 (金)

コミュニティデザインへのささやかな注文

山崎 亮 さんの

『コミュニティデザインの時代~自分たちで「まち」をつくる~』
(中公新書) を読みながら

ささやかな 注文を思った

これは 著者にではないし、ある意味、自分になのだけど

当たり前にある地域社会が ビジネスや特定のコンサルタントの
職業の場ではなくて

普通に暮らしている人たちどうしで 切磋琢磨して 少しケンカ
でもしながら 等身大の解を導いてもらいたいと思う

おおよそ 人は かっこいいことを求めるのだけど
かっこいいことの中には おそらく継続できる成功はなくて
とてもとても地道の中に答えは隠れているし

それは 懸命に、そして賢明に生活をしている人の中にしか
解は生まれないと思っている

地域づくりや 街づくり、会社の経営でも 広告手法でも
なんでもそうだけれど 成功事例や だれだれを知っている
といった会話はよくあるが

私たち自身がどうであるか のほうがよほど大切で
どのように生きているか、その生身の感触でしか信頼は
生まれないし、

向き合うことの苦しさを知ることで 人は謙虚にもなれる
のだと思う

コミュニティデザイン そうしたものが当たり前である時代を
ぜひ、普通に暮らす人の手で実現していってほしい

2012年9月17日 (月)

なぎら健壱さんの 『町の忘れもの』

なぎら健壱さんの 『町の忘れもの』

東京新聞に連載されたものを まとめたものだけど
読んでいて楽しい

街歩きをしていて 多少 これはと ウンチク が語れたとしても
実際の体験がないものはやはり上手に説明できないし
ここは先達にゆずるべし

そう思わずにはいられない一冊

2012年8月 6日 (月)

モンゴルを知るための65章

金岡秀郎さんの モンゴルを知るための65章 の改版が出ていました。

読んでみると 歴史から現代の政治経済まで 丁寧に わかりやすく
書かれていて、モンゴルを知るにはよい本と思いました。

まだ しっかりと読めていないのですが、ちゃんと読書したいと
思います。

2012年4月18日 (水)

蟲文庫のこと ~古本屋さん大好き~

いいな~と思う生き方 個人的に思う人生
なぜか 西日本に多いように思います

社会資本と生活コスト、文化的な土壌、そうした豊かさが育む要素が
いくつもあって 人を包み込んでくれるような

他人の芝生かもしれませんが・・・

さて、倉敷の古本屋さん「蟲文庫」の 田中美穂さんの

「わたしの小さな古本屋」を読みました。

夜、疲れているときは気分がさつばつとして文字を追うことすら
できなかったのですが、朝の電車の中ではすらすら読めて

まだ、自分にも人間が残っている・・・そう感じさせてくれる
一冊でした。

それは、田中さんの文体の中に、やさしさと強さが備わっていて
素直に書きつづられているからで、読み手にだってそれを
受け止めるには 心が落ち着いていたほうが読みやすいと
思ったのです。

僕自身、古本屋さんは好きだし、いつか ○○文庫と
名前のつくものをやってみたいと思うので、この「文庫」という
言葉に何かを感じる人とそうでない人がいるとすれば

私は前者であり、それがまた、この本へと引きずり込まれる理由
であり、そうした自分を客観的にみて いまは正常値だと
おもったりしていました。

私自身、著者の田中さんに会ったこともなければ
どんな方だろう・・・とも知らないのですが、いつか機会があったら
お目にかかってみたい そう思いました。


蟲文庫
http://homepage3.nifty.com/mushi-b/

2012年3月 5日 (月)

生駒山 『生駒の神々』 宗教社会学の会編

奈良の生駒山には宝山寺がありますが、そのほかにも多くの
寺社があり、中には朝鮮寺と呼ばれる在日朝鮮人の方からの信仰を
集めているところもあるとのことで、さながら宗教の密集地域であることを

宗教社会学の会編 聖地再訪 生駒の神々 変わりゆく大都市近郊の民俗宗教

にて知りました。

聖地再訪 生駒の神々: 変わりゆく大都市近郊の民俗宗教

これは、宗教社会学の会が、1985年に『生駒の神々』を出版しており
ここに掲載されている宗教施設を中心に改めて、生駒の調査をしたもので

昔ながらの講や信者が減っていく反面、スピリチュアルブームで
若い人が団体で寺院に押し掛けたり、小グループで瀧行にやってくる
また、石切神社近くの占い店の様子

はたまた後継者がいない宗教施設を大阪の建設会社が手に入れ
その宗教法人を主体として霊園経営をしているなど

大都市圏からすぐの聖地ではあるけれど 古くからある信仰の地も
現代の世相がみられることが よくわかりました

それでも、関東にいるとわかりませんが、このブログでも
大阪の民間信仰の本を読んだことを紹介しましたが、
西日本のこうした民間信仰の根強さは 怪しい新興宗教に対して
免疫を高めてくれる役割にもなるのではないかと思います

生駒の宗教施設も 初代に何かしら霊力やカリスマ性があって
信者を得てお寺を創建する

※お寺といっても一般の住宅に祭壇があるという感じのものが
 多いようです。

そして、その初代が鬼籍に入るころには、信者も高齢化してきて
徐々に静かになっていく、代替わりが上手くいかずに
すたれてしまうことも多いようで、そうしたことで新陳代謝も
繰り返すのですが、修験道の修行の山であることからも
わかるように、一定の自然が 宗教の暴走を止めてくれているようにも
思います。

また、新たに創建されたお寺も多くは、古くからの仏教の
宗派の末寺や教会といった位置づけにあるものもあり
そうしたことで統制がとられているように感じました

なかなか、関西に行くことはないのですが
時間があったら 生駒山に行ってみたいです。

2012年2月24日 (金)

谷根千のこと  ローカル・メディアと都市文化 岡村圭子著

重松清さんの 「定年ゴジラ」を文学座が舞台で上演していて
それをテレビで観たことがあった

■文学座
http://www.bungakuza.com/teinen/index.html

とても面白くて、まあだいぶ前のはずだけど その場面が

独協大学国際教養学部准教授 岡村圭子さんの

ローカル・メディアと都市文化「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」
(ミネルヴァ書房)

にて、紹介されていて 舞台のことを思い出した。

そうした知や記憶をめぐる発見は楽しいのだけど 一方でこの本で
紹介されている 「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」が作り出した

「やねせん」という世界観について、実際の雑誌を発行した人の思い、見守ったり
利用したりした人の姿、様々なことが克明に、等距離で記されていて
とても考えさせられる内容でした

おそらく勝手な個人的な考えだけど、その活動を通じて、経済をまわそうか
または想いを優先にして経済の部分は見ないようにする、または経済を
気にしなくてもよい、ある程度、恵まれた環境であるかどうかが
ローカル・メディアにとっては 一つの分かれ道なのではないかと
感じた。

幸い働く場所が多い 東京の下町と、働く場所も少ない地方における
ローカル・メディアでは性格が変わってきてしまうだろう。

それでも 我々にとって幸いだったことは、ローカル・メディアの
新しい精神的な自立が、「地域雑誌 谷中・根津・千駄木」に関わった
皆さんによって作り出されたことではないだろうか。

地方には、それこそ様々な地域紙が存在する。
権力の監視役のようなそうでないような怪しいものすらある。

その時に、これからを志す人が立ち戻る記憶があることはとても
いいことだとおもう。

■谷根千ねっと
http://www.yanesen.net/

2012年2月23日 (木)

多田等観のこと

先日読んだ、ペマ・ギャルポさんの本の中で

日本とチベットの歴史の紹介で 鎖国状態のチベットを訪れた日本人のことが紹介
されていましたが、その中の一人、多田等観の評伝がありました。

チベット学問僧として生きた日本人 多田等観の生涯
高本康子著

【チベットを訪れた日本人】
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1899年      寺本婉雅・能海寛 入蔵試みて失敗
1901年(明治34年)河口慧海が日本人で初めてラサ入り、『西蔵旅行記』
1901年(明治34年)探検家成田安輝がラサ入り
1904年            寺本ラサ入り
1909年      多田等観がインドでダライ・ラマ13世に謁見。
1911年(明治44年)軍人で探検家の矢島保治郎がラサ入り。矢島は後にチベットの軍事顧問。
1912年      青木文教がラサ入り、雪山獅子旗のデザインに関与した説あり
1912年      多田等観ラサ入り 1922年にラサ発。10年間の僧院生活。
1939年      野元甚蔵がチベットに滞在。
1945年      木村肥佐生ラサ入り
1945年      西川一三ラサ入り

多田等観は秋田の浄土真宗本願寺派の寺の三男として生まれます。
チベットとの関わりも、日本に来ていたチベット人の世話を京都の西本願寺で行うことに
始まったわけですが、チベットの仏教及び文化の吸収を一番大きくなされた方ではなかったかと
評伝を読みながら思いました。

それにしても当時の日本人をチベットに掻き立てるものは何だったのでしょうか。
宗教家と陸軍では思惑も違ったでしょうが、とても不思議です。

私の興味では、そのように入蔵した人々の冒険家気質のようなものがとても気になります。
そして、その意地のようなものが、今後のグローバル社会の中でも役に立つセンスとならないか
そんなことを思って関連の書籍があると読むようにしています。

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