« 隈研吾 場所原論 を読んで | トップページ | 国家戦略論の危うさ »

2012年2月29日 (水)

写真と芸術  飯沢耕太郎 深読み!日本写真の超名作100/太田順一さんの写真をみて感じたこと

電車の中で写真集を開く
たしか このブログの日記のなかで たまたまたそうした光景が
自分の隣の席で起きていたということを書いたけど

自分も同じのように 写真集を山手線の中で 広げてみた

自意識過剰かもしれないが 周囲の視線も気になるし
落ち着いた環境の中で感じるよりも 車窓のめまぐるしく
変わる風景の中にあったほうが、物理的な臨場感を感じて
少し せかせかもするが 紙面に印刷されている
その写真の中の光景と自分の内面がなんとなくつながって
いるような そんな雰囲気を感じる。

ちなみに、今回、私が電車の中でみていた写真集は

一冊の写真美術館 と表現してもいいような

飯沢耕太郎著 深読み!日本写真の超名作100 です。

この中には、知っている作品もあれば、全く知らない作家の
作品もあって けれどもそれぞれの作品の骨格が骨太で
写真が作品になるということは こういうことだと示してくれて
いるようにも思いました。

とくに、太田順一さんの 棺に入る愛娘の写真は
なんとも言えませんでした。自分にも娘がいるのでその光景が
どれだけつらくて悔しいかと思えば胸はつぶれますし
そうした写真を電車の中で まじまじと解説文を読んでいる自分は
とても悪いことをしているような そのようなことすら
思いました

でも、そのように社会の中にいて、その芸術性を感じるということは
ちょうど スクランブル交差点の真ん中に身を置いて瞑想をするような
そのような働きともいえるかもしれないと思いました。

いずれにしても、その棺の写真は、だれにとっても経験する
事実であります。そしていずれ自らもその住人となります。
そのような普遍性の中にこそ 芸術は潜んでいるし、これを切り取る写真の素晴らしい
能力と言えるのではないでしょうか。

芸術は永遠と言いますが、言い換えてみれば、いつかは終わりを迎える
人間が、その実在の永遠性を感じることが芸術なのかもしれません。

 

« 隈研吾 場所原論 を読んで | トップページ | 国家戦略論の危うさ »

アート」カテゴリの記事

文化・芸術」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/123937/54102656

この記事へのトラックバック一覧です: 写真と芸術  飯沢耕太郎 深読み!日本写真の超名作100/太田順一さんの写真をみて感じたこと:

« 隈研吾 場所原論 を読んで | トップページ | 国家戦略論の危うさ »

最近のトラックバック

2014年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ
フォト

いつか読む本