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2011年10月29日 (土)

アウンサンスーチーさんの姿に学ぶ本来の「絆」について考える。

世の中には皮肉なことがたくさんあります。

子供の時代より世界をつまなくみることができた人間が
その後、自宅に軟禁され、一番知っているはずの自由や民主主義を
謳歌できずに、ただひたすら民主化を求める側となる。

その国の成り立ちや政体が、ある人の人生を大きく翻弄することは
なくならないことだけど、その時に何が支えとなるか
何が道を示してくれるかと考えた時に それは家族との出会いや
だれか大切な人との出会いではないかと アウンサンスーチーさんの本

絆こそ、希望の道しるべ を読んで思いました。

これはインタビューを掲載しているので、読みやすく何度も読んでみて
当然、仏教の考えも含まれてはいるのですが、両親者や配偶者、子供たちと
時間を超越して、心の中でいくどとなく対話され、あの軟禁を乗り越えられて
いったことがわかります。

いまの時代、つぶやけば 誰かが聞いてくれたり、それを“絆”として
マーケティングのキーワードとして取り上げられる状況です。

そのことの是非は問いませんし、私自身、そのようなことを仕事でも
プライベートでも考えていて、欠かせない要素として思います。

例えば テレビで お笑い芸人の交友録のようなものを笑って聞いている
我々はたぶんさびしい存在ではないでしょうか。何か漫才や芸を観ている
わけではなくて、昨日の居酒屋での出来事が話題となる時代です。

落語にもその要素はありますが、あくまでも “まくら”であったことが
いまや1時間のテレビ番組なのです。

でもそこにはさも楽しい芸人どうしの絆があって それを視聴者はうらやましくも思ってる。

そのように考えたと、私たちが胸をはって、自信をもって、その孤独に
耐えうるような絆が何であるかを、見つめなおす必要もでてきたのでは
ないかと思いました。

もちろん、どのような記憶にでも執着して 生き延びることはできます。
しかし、そこにより大きな困難が押し寄せた時に、人間らしく、朗らかに
歩むときに欠かせないもの。それは何でしょうか。

できることならば、私自身が家族にとってそうした存在であり
家族にとってもそうした存在でいられるよう 努力したいと思います。

民主化を求めるために欠かせなかった絆が
実際の民主主義の中では失われる危険性をはらんでいる。

そうした 悲しい摂理ともいえる皮肉に 立ち向かわせてくれる力の源、
それを 絆 と呼ぶのかもしれません。

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