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2011年4月11日 (月)

原子力村

原子力村の問題点、様々に取り上げられています。
大方の人たちは、またかあ・・・とか、やはり といった印象を抱かれるのでは
ないでしょうか?

まったく同じ構図とは思いませんが、築地市場の移転の問題だって、
行政に優位な発言を行う御用学者と市民団体の側について必死に異をとなえる学者の姿

その肩書きや暮らしぶり、表情などを考えたときに、損得で動いた人と
ただ信念のもとにそこにいる人の違い

それは誰の目にも明らかではないでしょうか。
また、そうした明らかなものを我々が見抜けなくなっているのだとしたら
そのこと自体をしっかりと自問するべきと思います。

東京電力の原子力村への監視は社会的に必要でしょう。
一方でそのように守られてきた中で培われた技術や知識は
社会で吸収する必要もあります。

もし 1人の学者でも、この状況の中で真実を語ることができる人が
いたならば、その人は英雄であろうと思います。

もちろん、英雄の命は短いかもしれない。
そのようなリスクを負わせないために、社会があるのであれば
適切にムラをつくり、壊すといった営みを社会の中に保護装置として
もうける必要があります。

私たちは、あまりにも高度化した事柄について、その管理手法を
間違えていたことを自覚するべきです。このことは、電力以外にも
様々な分野でいえると思います。すくなくとも、こうしたことの
解決に政治はあるべきですが、国会の答弁ではそれを救えないことも
露呈しました。

さて、どのような社会制度が、高度化する現代にあって必要か
ただ原子力の問題ではなくて、現代人に与えられた課題はとてつもなく
大きいと思います。

これから復興需要で、利権をねらう旧態依然の政治も復活してしまう
かもしれません。それらも含めて、国民ひとりひとりが監視の眼を
いまこそ持たなくてはいけない。

そして、また 我々1人ひとりも、みられるものとして行動しなくては
ならない そのように思います。

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