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2010年11月20日 (土)

ニーチェの超人とお寺のお坊さんの説法がつながった瞬間

科学作家の竹内薫と 竹内と高校の同級生でもある
脳科学者の茂木健一郎の対談集の中の冒頭で

ルネッサンス人という言葉が登場します。
これは、竹内が書いている言葉なのですが

欧米で「ルネッサンス期の人々のように、あらゆるものに
興味を抱いて生きている」、いわゆる万能型、クロスオーバー型の
人間を意味するそうです。

その後、不安の多い時代では ルネッサンス人のほうが
しぶとく生きられるのでは と続くのですが、

なるほど ルネッサンス人とはいい表現をしたと
思いました。

さて、この対談集の中で 興味を持った部分をメモ

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◆考える力
 ・受身で変化を待つのではなく、自分でなるべく新しい環境に
  飛び込んでいくクセをつけておくと、常に考えるようになる。(竹内)

 ・工作の話しに関連して・・・
  (部品や材料を)「どこへ行けば手に入るんだろう」と考える
  ことが重要(竹内)

◆ニーチェ
 『ツァラトゥストラはかく語りき』英語版のカバーの後ろに
 ある言葉
 ↓
 ニーチェの「超人」っていう概念は、
 神を殺した後の後継者が「超人」

 つまり神は死んでも、社会の中でこういうのが偉いとか、
 こういうのが地位があるという社会の中の価値観とか
 基準に従って、その地位を築き上げて、自分が中心だと
 思っているような人は、ニーチェが言う「超人」ではない。

 自分の中に価値観があって、それに基づいて生きている人。
 自分がなんか今まで生きてきた中で感じたこととか、
 掴んだことを大切にしている人。

 要するに、超人、スーパーマン、スーパーヒューマンっていうのは、
 外に自分の倫理の規則を求めちゃう人じゃなくて、自分の内側で
 自分の責任において何がいいか、何が価値があるかって決められる
 人だというんだね。(茂木)

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ふと思いました、ニーチェの部分で述べられていることって
きょうの朝、お寺で聞いてきたことと同じだと思いました

難しく言うか、人の評価なんて 人がいなくなっちゃったら
おしまいだよ・・・と 意地悪ばあさん的に表現するかの
違いですが、

知識人の脆弱性もかいまみつつも、一方で研鑽を積まれている
お坊さんの賢さにも関心し、これを足して2で割ると落語家に
なったりしてなどなど思いつつ

それにしても、こうした 知の偶然を発見するとうれしいです。

自らが認める自分の価値 向き合っていきたいと思います。


参考図書:思考のレッスン

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