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2010年3月18日 (木)

どんな子供時代を過ごしたか

2008年に亡くなられた 筑紫哲也さんの
「若き友人たちへ」筑紫哲也ラスト・ラストメッセージを読んだ

その最後に、高校時代に書いた生い立ちからの自叙伝のような
文章が添えられていて、これを読みながら

だれもが、子供時代や小中高くらいまでの過ごし方で、その後の
半生を形成するように感じた。

それは学歴とかではなくて、もっと基本的な人生への嗅覚のような
ものをどのような影響の中で築いてきたかということになるのでは
ないかと

子育てをしながら、人生のすべてのことは幼稚園の砂場で学んだ
というような言葉に出会ったことがあるが、たぶんそれは本当で
もっというならば、筑紫哲也本人が意識せずに、公になってしまった
けれど小さなときから高校生くらまでの体験を包み隠さず
語れたなら それはとても正直に生きたことになるのではない
だろうか

大人になってからの人間は それがすべて嘘とは言わないけど
いろいろな化粧を覚える、その化粧品を売る人もいる
そして互いに化粧をしながら、相手の化粧を観ることよりも
どんな子供時代だったかを振り返ることが できたなら
とても幸せだと思う

でもそれをあまりひけらかしすぎると
悪用する人がでてくるのも大人の世界だし
良かれということが どの結果を出すかはまた
別の次元なのですが・・・

それでも、その振り返りの効用に気付いたとき、教育とかも
もっともっと中身を考えていくことにつながるのではないだろうか

僕自身、子供の成長にあわせて あの頃の自分は・・・と
思い出して、だいたい息子のほうに軍配はあがるのだけれど
周囲のお友達の気分にもなってみたりして、いろいろと思案する
ことがある そこに正解はないのだけれどその考える一瞬を
持つか持たないかが 子育てを放棄するかしないかの
大きな境目のように感じている

もし、このブログを熱心にご覧の方がいたとして
(とてもそういうことはないし、そのようなことを意図もして
 書いてはいないのだけど)
生意気なようだけど、たまに、そんな昔話をともにする機会を
得られたら ちょっと実験的ではあるけれども 面白いかも
しれない

人は前をみながら 後ろを見て また 前へと進む

どんな世界にあっても、どん底に追い込まれたとしても
頑張ってみたい

さて、本の中で共感したことですが

僕は、昔、政治家が「普通の国」発言をしたときに
現状が特殊な国なのだから、普通の国ではなくて
もっと良い方向での特殊な国を目指せばよいと
感覚的に思っていて、そんなことが書かれていて

自分もまんざらではないかも・・・ と思ってみたり

新渡戸稲造が旧制一高の校長辞任演説をするときに
引用した

サミュエル・ジョンソンの言葉
「愛国主義は悪党の最後の隠れ家である」

という言葉に これって 覚えておこうと思ったり

「菊と刀」の現代に通じる視座があることや

日本人論が好きな日本人という指摘

などが参考になりました

吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」では
ないけれども、読み継がれることがあって欲しいと
思いました。

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