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2009年6月21日 (日)

父親参観

父の日 ということで
幼稚園の父親参観に行ってきました

教会の付属で、教室での参観の前に礼拝があるのですが
いつも週末も家を空けることが多いので、

なんだか父親として申し訳ないなあ・・・と思い
おごそかな気分になりました。だからといって何かが解決
するわけでもないのですが、牧師の説教などに少し涙
してしまいました。

ちょうど、その幼稚園が戦後の混乱期に
教会から数人の信徒を 幼稚園教諭の資格を取るために
専門学校に派遣したことが設立の経緯であったことを
はじめて知って、信仰のすごさを感じたのも影響したのかも
しれません

さて、一転して、教室での参観は、
息子が 日ごろ口にしている女の子の名前から
さて、どの子かなあ・・・と教室をみまわしてみたり

どんな教具を使っているのかなあ・・・と棚をみてみたりと

おごそかさは 何もないのですが ・・・
ひとつこんなことを思いました

子供たちの合唱の際、必死に我が息子の声を聞こうと
するのですが、声が大きくないのか、歌っていないのか
あんまりよく聞き取れません

ただ、そうしたことよりも、クラス全体のまとまりや
学んでいる子供 一人ひとりのがんばりとかが伝わって
くれば それでいいのかなあ とふと思いました。

我が子、我が子・・・ と思っても
もちろん、思わなければ だれが思うのかということは
ありますが、そればかりを追わなくていいのではと
そのバランスのようなものを思いました

ニュースでは、幼保一元化 などという言葉がありますが、
年頃の子どもを持つ身であれば そのような議論こそが
馬鹿らしく思えるのかもしれません

そもそも、我が子の教育や成長の支えの場所が欠かせず
そこに親が参画していくことは当然のことです
また、一方で、生活を支えていくために、仕事をしていく
ことも大切なことです。

ついつい、育児が仕事を優先することのほうが多いように
思います。もちろん、そもそもの少子化のような問題も
あるわけですが、

私たちの社会が 何を求めているのか
我が子ひとりの声をさがして、大切なことを見失ってしまうに
似て、大きくとらえていくことの必要性があるように思います。

もちろん、それは親だけのことではなくて
どんな人材にこれからの社会を作っていってほしいのか
たとえば、身寄りなく自分がこの世を去る時に
どのような社会保障制度を望むのか
そしてその気持ちを推し量ってくれるような人材は
どのようにしたら 育成できるのか

ただその一つを考えてみるだけでも良いと思います

父の日、母の人、それを失っていらっしゃる方には
つらく感じられる一日かもしれません

本来、誰もが父と母を持ち、またどのような形にせよ
自らも成りえるのです

たまたま 子供を得たことで そのイベントごとに
いろいろなことを考える機会を持つのですが、それを
どうにか活かしていけたらと思います。

うまくまとまらない
長い ひとりごとになってしまいました。

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