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2008年6月20日 (金)

精霊と家

スピリチュアルに関する本を読んでいると
精霊といった言葉が出てきます。
キリスト教だと聖霊というかと思いますが、
たとえば一神教のように特定の神を決める
ことはなくても、大きな宇宙というか神の
意思に従うというか そもそも人間は神の
意思そのものの本性を持っているといった
考えをしているようです。

ちょうど日本でも、すべてのものに神が
宿るとか、仏教でも誰にでも仏性が
備わっているという言い方をしますが、
自分のそばに霊がいてという考えは
あまりしていないように思います。

それよりは相対して神仏をみているように
感じます。

そこで思ったのですが、日本人の
行動規範の中に、西洋でいう霊のような
存在の代わりに何があったのでしょうか。

僕は、もしやそれは家制度みたいな
ものではなかっただろうかと論語の本を
読みながら思いました。

規範の中に、家の永続性のような意識が
あったので、とくに霊を意識せずとも人間は
立っていることができたのではないでしょうか。

一方で、核家族から、個人といった生活様式
が多くなると、精神的な支柱を失うことに
なるので、あわてて、スピリチュアルといった
概念を取り入れてバランスを取っているように
思うのです。

どちらが良い悪いの問題ではなくて、
ただ、目に見えぬものに意外と支配されて
いるのが人間だということだと思いますが、
その事実を受け入れることで安らぎをもたらす
あきらめをえることができるのではないで
しょうか。

こんなぼやきが、誰かの役に立てば
いいのですが・・・


【参考図書】
伊藤忠彦著「宇宙が味方する経営」
ジェラルド・G・ジャンポルスキー「ゆるしのレッスン」
石平著「論語道場」

余談ですが、論語道場を読んでいると
ここに登場する人たちが、皆さん小さなときから
論語に親しむ環境をもっていてスゴイと
思いました。


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