« おもしろい!藁塚 | トップページ | ホワイトデー »

2006年3月 5日 (日)

オウムとライブドア事件の類似性

ライブドア事件とオウムは似ている。そう感じたのは、拘置所の中での堀江容疑者が沈黙を保ったままというニュースを聞いたときだ。オウムの松本被告は、自身の責任は認めず、弟子のせいにしているような言動があったと思うが、これと経理の知識もなく、役員がやったことを認めただけだと話す堀江容疑者の姿が重なった。しかもそこには、共通して精神的な未熟さすら感じる。

ちなみに、オウム真理教とライブドアの事件を比較するとその類似性はある。カリスマ的なリーダーの存在。頭の良い幹部たち。既存の宗教やビジネス界の概念を破壊しようとしたこと。幹部の謎の死。国政選挙への出馬。周囲をとりまく女性たち。また、出身地。

宗教とビジネスとまったく別の世界で起きていることなのに、何ゆえ、同じ土壌性を感じさせるのだろうか。乱暴な言い方をすれば出家と起業が同義語にもなってしまう。とても不思議だ。

あくまでも、これは個人的な考え方だが、あることを首謀する者にとって、共通の手法を無意識か意識的にか、または独特の嗅覚によって、二人は利用してはいなかっただろうか。

破壊という名の美名をもとに、多くの人を先導し思想や手法を正当化。その背後で、既得権あるものへのアクセスも見逃さずに、したたかに行動する。最初のオウムの際には、きな臭さや危機感を感じた人々も、ライブドアには「君子危うきに近寄らず」こともなくしっぽを振って近づいていった。なんというおろかさ。その一言につきるだろう。

たぶん、私たちの社会は、短い時間の間に、2つの間違いを見逃してしまった。最初は精神という名の価値観の麻痺。2度目は経済という名の指標における感覚の麻痺。

思えばどの時代にも、なんらかの歴史的な感覚麻痺を人々は起こしてきた。そしてそれが全体的な色彩をおびたとき、多くの人々の一番の不幸を起こしてきたように思う。「戦争」もそうだろう。おそらく一定の臨界点を超えれば「構造改革」だって「戦争」と同一の意味を持つ。

こうしたことから、私は感覚麻痺に陥らない見識を各個人が持つことの重要性を強く思う。

« おもしろい!藁塚 | トップページ | ホワイトデー »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/123937/8957375

この記事へのトラックバック一覧です: オウムとライブドア事件の類似性:

« おもしろい!藁塚 | トップページ | ホワイトデー »

最近のトラックバック

2014年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ
フォト

いつか読む本