2014年8月23日 (土)

ヨコハマトリエンナーレ  横浜美術館編

ヨコハマトリエンナーレ の 横浜会場の模様です。

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華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある

【以下、展示ボードからの抜粋】

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「忘却めぐり」の旅に出る
これから私たちは、序章と11の挿話からなる「忘却めぐり」へと旅立とうとしてる。

語らないもの、語ってはならないもの、語りえぬもの。
見えないもの、見てはならないもの、見たくないもの。
とるにたらないものや、役に立たないもの。
失敗や、敗北。
それら、記憶世界に残るすべもなく、どこかへと消えていった膨大な数の忘れ物に思いを馳せる旅である。

「芸術」とは、忘却世界に向けられたまなざしの力のことをいう。

私たちが知らないふりをしていたり、うかつにも見落としていたり、
まったく眼中になかったり、そういう忘れものに敏感に反応する超能力のことを言う。

森村泰昌

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公式ページ:http://www.yokohamatriennale.jp/2014/director/title.html

一見、難しく感じるこのテーマですが、森村氏の説明を公式ページにて
拝見すると、実は多くの人に起きている普通のことだと気づかされます。

それを自分なりに、解釈するのであれば、自分という虫眼鏡をもって
様々な表現の中からメッセージを探す旅に出かけて、気づいたら
その作品は自分のレントゲン写真だった・・・といったような。

そして、その旅の最中において、感傷的になりすぎている自分と
出会ったり、あるいは、不感症な自分がいるかもしれない。 
旅を続ける際に不安になったとしても、そこで立ち止まらせることが
ないように、多くの良質な作品が集まっているのが、この
トリエンナーレの優れている点と言えるように思います。

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釜ヶ崎芸術大学

様々な角度から社会を支え、みつめ続ける人々の作品群には圧倒されます。
もしかしたら、一般的な芸術作品よりもよほど力があるかもしれません。

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手前:Moe Nai Ko To Ba
奥:エドワード&ナンシー・キーンホルツの作品

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マイケル・ラコウィッツの作品
「どんな塵が立ち上がるだろう?」2012年

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毛利悠子「アイ・オー ある作曲家の部屋」2014年

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サイモン・スターリング「鷹の井戸(グレースケール)」2014年

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Temporary Foundation  「法と星座・Turn Coat / Turn Court」2014年

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吉村益信
上)反物質;ライト・オン・メビウス 1968年
中)大ガラス 1969年
下)豚;pig'Lib; 1994年

ちょうど展示を拝見している時期にも、世界からは紛争のニュースが絶え間なく届いていました。その中で、作家の合作でこのトリエンナーレのために作られた「Moe Nai Ko To Ba」は、世界の平和を導く教典のようにも見えました。

聖書でも、コーランでも、仏教典でもなく、世界に一つしかない平和をもたらす一冊の教義、もちらんそのようなものが存在したら、それをもとにまた人々は争うのでしょうが・・・ 何かとてつもないアートの力をそこに感じました。

この「Moe Nai Ko To Ba」は焼却されると聞きました。最初はもったいないと思いましたが、その方が良いのかもしれないと後になってから思いました。私自身、不思議なのですが、最初は忘れたものを探すような旅であったはずなのに、見終わったころには、忘れるための旅をしていたように感じたのです。

忘却と言う言葉には、罪悪感がつきまといます。けれども、それもまた必要であるし、見たものすら忘れかけている自分がそこにいるのですから、否定のしようがありません。

トリエンナーレは11月3日まで続きます。横浜美術館での旅とは異なる、旅が楽しめるでしょうし、それらの航海が終えた時に、ふと横浜が港であることを思い出すのかもしれませんね。ほかの会場もまた、時間を作って巡ってみようと思います。

追伸:横浜美術館では、ぜひ、音声ガイドの利用をおすすめします。
            作品の解説を超えて、展示の概念を伝えてくれる音声ガイドは
            なかなかないですし、これ自体も作品のように思います。

2014年8月10日 (日)

ヨコハマトリエンナーレ はじまる!

横浜では、8月1日より11月3日まで、

ヨコハマトリエンナーレが開催されています。 トリエンナーレとは、
3年に一度、開催される国際美術展覧会のことです。
美術ファンにとっては、オリンピックというか周期的にやってくる
アートのお祭りで、 ディレクターが誰で、どんなテーマで全体を演出するのか、
世界から集まる作家・作品とどのような出会いがあるのだろうかと
ワクワク してしまうイベントです。
公式ページ
さて、今回の「ヨコハマトリエンナーレ2014」は、
美術家の森村泰昌氏が アーティスティック・ディレクターを努め
「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」とのテーマを設定。
横浜美術館・新港ピアをはじめ、横浜市が整備する歴史的建造物や倉庫、
空きオフィス などを転用した創造界隈拠点での展示が行われます。
こうした創造界隈拠点には、アートによる街づくりが行われている
黄金町などが 含まれます。
さて、先日、横浜美術館を訪れましたので、その様子をご紹介します。
会期中、ワークショップや関連イベントなど、様々な行事が催されます。
ぜひ、公式ページなどをご覧になってお気に入りの一日を、
ヨコハマでお過ごし いただけたらと思います。

2014年5月26日 (月)

こども展―名画にみるこどもと画家の絆

森アーツセンターギャラリーで開催中の
「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」展をみてきました

会期:2014年4月19日(土)~6月29日(日)
URL: http://www.ntv.co.jp/kodomo/


※以下、掲載する写真は美術館より特別に写真撮影の許可を得ています

この「こども展」 子どもだけというのは不気味かも・・・と
少し敬遠はしていたのですが、前評判もあって気になっていました。

パリ・オランジェリー美術館で大好評だった展覧会「モデルとなった子どもたち」
(邦訳)を日本向けに再構成されたものと聞いていたからです。

そして、実際に観てみて、多くの人をひきつけた理由がわかったように
思いました。

ルソー、ルノワール、モネ、撮影許可はありませんでしたが、ピカソやマティス
など、有名作家がそれぞれ身近な子どもの姿を描いています。
わが子であったり、その友人や一族の子どもであったりと・・・

また、父親である画家がわが子を描けば、その子も画家にという
流れで、それらの作品もおそらくは画家の家に代々、大切に伝わった
ものではないかそんなことにも思いを巡らしました。

そうして観ていると、普段の彼らの作品の作風の違いを超えて、
何か画家が子どもに抱く、愛情や想いを強く感じました。

一方、モデルとしての子どもたちは、あまりにも純粋すぎて、作家たちが
握っていた絵筆も彼や彼女たちの純粋さに負けてしまって、どことなく
角のとれた、柔らかい表現にもなっているようでした。

子どもたちを前に、嘘をつけずにいる画家の姿が想像できて、案外、
描くのが難しいのが、子どもたちだったのかもしれないと思いました。

展覧会の会場全体で、同じテーマでありながら、すべて異なる
子どもたちの表情がそこにはあって、日頃の自分の生活に立ち返って
みると、

自分の息子や娘も、親である私が期待するようには、一様でなく、
日々変化し成長していることを気づかせてくれました。

画家が子どもをみつめた眼差しのように、
私たちも子どもを見つめなおす必要があるのではないか、
そうしたメッセージを私はこの展覧会で受け止めました。

よかったら、ぜひ、ご覧ください。

少年や少女であった頃の自分に出会うような、
そんな瞬間もあるかもしれません。

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手前:アンリ・ルソー ≪人形を抱く子ども≫

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手前:ピエール・オーギュスト・ルノワール
≪ジュリー・マネの肖像≫

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右:ピエール・オーギュスト・ルノワール
  ≪ジャン・ルノワールの肖像≫
中:ピエール・オーギュスト・ルノワール
  ≪道化姿のクロードルノワール≫

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クロード・モネ
≪青いセーターを着たミッシェル・モネ≫

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2014年5月16日 (金)

美味しんぼと福島、伊丹万作氏の文章

美味しんぼと福島の件をネットで調べていて
原作者 雁屋哲氏のブログにたどりつき、そこでいろいろ
拝見していたら、伊丹万作氏の文章にたどり着きました。

最近、思想や見解を長い文章で読むことが少なくなった
のですが、一読の価値はあると思います。

伊丹万作・戦争責任者の問題
http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html

もうひとつ 伊丹氏の文章のきっかけとなった記事

自発的隷従論

http://kariyatetsu.com/blog/1665.php

2014年3月11日 (火)

シルトの岸辺 ジュリアン・グラック作

ジュリアン・グラック(1910年7月27日 - 2007年12月22日)はフランスの
作家である。

フランスで権威のある文学賞、ゴンクール賞に選ばれながら受賞を拒否した
という経歴の持ち主でもあるそうである。

岩波文庫より、彼の「シルトの岸辺」(安藤元雄訳)が出ていて、手にした。

架空の国のある港の沿岸警備をまかされた中流貴族の息子の物語
といえばいいのだろうか、詳しく詳細を示す筆力がないのだけど
SF映画あるいは、日本の数多くのアニメの原作のような
空想的でかつロマンティックな印象を抱かせる作品で、引き込まれるように
読んでしまった。

文学的な詩人の性質をもった青年と、ちょっとい破天荒な上流貴族の娘。
また、国家を陰であやつる長老とたたき上げの青年の上司。
なんだか、アニメにもありそうな人間模様を想像できませんか?

また、常にすべてを理解させてくれないような、不思議な感覚があり、
日本のアニメの世界のような印象をさらに深くしたのだと思う。

グラック論のようなものは、大学の紀要などを検索すると少量だけど
でてくるので、それらを読んでみると面白い。

2014年3月 5日 (水)

日本画の魅力について - 日本美術院再興100年 世紀の日本画展 より

東京都美術館で行われている

日本美術院再興100年 世紀の日本画展をみてきました。

http://www.tobikan.jp/exhibition/h25_inten.html


会場:東京都美術館 企画展示室

会期:2014年1月25日(土)~4月1日(火)
   
   前期:2014年1月25日(土)~2月25日(火)
   後期:2014年3月1日(土)~4月1日(火)

日本画を意識してみるようになってからだいぶたちますが、
やはり、院展再興100年を記念する美術展はその名前の通り、
とても贅沢な内容でした。

出品リストをみると、前期・後期どちらも一度は観たことがある
というような有名作品がどしどし出品されていますし、
一方で、現代の作家の作品も展示されていて、日本画の今と昔を
知ることができるのが魅力です。

そして、それらの作品と向き合う中で、私は日本画に普遍的な
美のあり様があるのではないかと感じました。

それは、日本画の多くが同系色でまとめられたものや同じ草花が
一面に描かれているといった内容のものがありますが、
そうした景色から、造形であったり、空気であったり、においを
削り出していくことが、観る人に委ねられているのではないかと
思ったのです

ですが、実はそれは単に観る人に委ねられているわけでは
なくて、描き手の真剣さのようなものがなくては、それもまた
空虚で終わってしまうはずで、作家との真剣勝負のような
ものがあるように感じました。

例えば、後期に展示されている 横山大観の『屈原』(広島・厳島神社蔵)

これは岡倉天心を模したものと言われていますが、
中国の楚の時代の政治家であり詩人であった屈原が、
都落ちをせざるをえなくなったときの姿を描いています。

私にとっては、その絵は、大観から
「こうした状況は誰にでも起きうることである。お前ならどう生きるか」
と問われているように感じました。

そして、その絵をじっくり見ていると、屈原の腹部がどっしりとしており
重心がおかれているように見受けられ、どのようなときも胆力が
必要なのだと教えをうけているように思いました。

絵の楽しみ方は様々です。
でもそれを許してくれる力が込められた作品と出会わなくては
つまらないし、それを観る眼や、人生の体験も私にはまだまだ必要です。

そんなことをいろいろと考えながら、日本画を堪能しました。

2014年2月22日 (土)

ラフェル前派展 

先日、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ)で開催されている
「テート美術館の至宝 ラファエル前派展」をみてきました。

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会期:2014年1月25日(土)~4月6日(日)

■展覧会ホームページ
http://prb2014.jp/

私にとっては二つの興味、テート美術館への憧れもあれと
駅の広告ボードでみた 「オフィーリア」に魅せられてというのが
足を運んだ理由

英国の絵画について、何か語れるような知識は持ち合わせて
いないのですが、昨年はターナー展もあり、続いてラファエル前派展と
とてもよいタイミングだなあと思いました。

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ジョン・エヴァレット・ミレイの<オフィーリア> ありました。
シェエイクスピア『ハムレット』の中から、オフィーリアが死にゆく
場面。水のせせらぎは感じられず、すべてが止まっているような
そんな印象を与える。

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左:チャールズ・オールストン・コリンズ<5月、リージェンツ・パークにて>

写真のような5月の公園の様子になぜか惹かれました。
道行く人、またはその遠くにみえるところに自分がいるような
そんな空想を楽しみました。

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左:ジョン・ロッダム・スペンサー・スタンホープ<過去の追想>
右:ウィリアム・ホルマン・ハント<良心の目覚め>

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左:フォード・マドックス・ブラウン<ヘンドンのブレント川>
中:フォード・マドックス・ブラウン<穀物の収穫>
右:フォード・マドックス・ブラウン<干し草畑>

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左:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ<薔薇物語>

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左:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ<最愛の人(花嫁)>

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左:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ<ベアタ・ベアトリクス>

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手前:ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ<聖なる百合>
奥:エドワード・バーン=ジョーンズ<「愛」に導かれる巡礼>

さて、この絵画展で私が感じたこと、それは絵画にも重力があるということを
強く感じました。今回、展示されている作品71点はどれも名品とされていて、
その名品の中にあっても見続けてしまう作品とそうでないものがあって、
これは個人差かもしれませんが、その中でも、ミレイの<オフィーリア>は
秀逸でした。

何度、その展示室を訪れても 同じように観ている人がいらして、この
魅力は言葉にはできませんが、やはりあるのです。

ラファエル前派兄弟団(Pre-Raphaelite Brotherhood) この画風を
直観でいうと、私にとっては肉を描くことに真剣であったのではないかと
感じます。肉は肌に昇華され、人生を描きまた肉に戻る。

若い学生たちと、美しいモデルたちの生き様、そこに思いを巡らし
ながら観るのもよいと思います。まさしく、そこには愛憎や血肉も
あるかもしれない。でもそうやって真剣に描いた成果が
ここに集っています。

2013年12月17日 (火)

教師について・・・

教師について・・・

小学校での息子のいざこざというか、生じていたわだかまりについて
クラスの担任の先生がとてもよい対応をしてくださっていたと、
学校から来ていた手紙を読んで思いました。

どちらが良い悪いではなく、子どもに対して、事実を客観的に
示し判断を求めようとする姿勢に共感を得ました。

小さな日常の変化から家内もよく提起したと思うし、それを真摯に
学校もくんでくれました。日頃はあまり意識しないのですが、
担任の先生方の日頃から答えのない答えを求めて学級運営されている
ご苦労が、こうした時には、少し理解できるように感じます。
さらに、親もわきまえつつも、学校教育に参画していくとの大切さを
学びました。

教師とはすごい職業だと改めて思います。
職業のひとつには違いないのですが、ビジネス視点から入り込めば、
誤解してしまうかもしれないし、ましてや、好き嫌いの分別だけでは
つとまるものではないのでしょう。忙しいであろうさなかに、端正に
したためられた手紙が、そう教えてくれているようでした。

一方で、逆説的かもしれませんが、子どもの持つ純粋さと感性の鋭さが、
実は教師という存在を磨いているのかもしれません。そして、そのことに
おびえる教師も少なからずいることでしょう。ですが、それは人間として
当然のことなのです。

私たちは、誰かから教えを受けて、また、その教えをつないでいきます。
その時に、大きな自省と自戒があるからこそ、道をそれることなく
大切なことを、伝えられていくのではないでしょうか。

大人(だいにん)の中の小人(しょうにん)に惑わされずに、
また、小人(しょうにん)の中に潜んでいる大人(だいにん)を
見過ごすことがなきよう、子供たちと共に学んでいけたらと思います。

2013年12月 8日 (日)

中村哲著 天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い

アフガニスタンでの灌漑用水路の建設などを達成された
PMS(平和医療・日本)の 中村哲さんの著書を読みました。

中村哲著 天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い

最後に書かれた氏のメッセージを記します

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今、周囲を見渡せば、手軽に不安を忘れさせる享楽の手段や、
大小の「権威ある声」に事欠かない。私たちは過去、易々とその
餌食になってきたのである。このことは洋の東西変わらない。
一見勇ましい「戦争も辞さず」という論調や、国際社会の暴力化も
その一つである。経済的利権を求めて和を損ない、「非民主的で
遅れた国家」や寸土の領有に目を吊り上げ、不況を回復すれば
幸せが訪れると信ずるのは愚かである。人の幸せは別の次元に
ある。

人間にとって本当に必要なものは、そう多くはない。少なくとも
私は「カネさえあれば何でもできて幸せになる」という迷信、
「武力さえあれば身が守られる」という盲信から自由である。
何が真実で何が不要なのか、何が人として最低限共有できる
ものなのか、目を凝らして見つめ、健全な感性と自然との関係を
回復することである。

(中略)

今大人たちが唱える「改革」や「進歩」の実態は、宙に縄をかけて
それをよじ登ろうとする魔術師に似ている。だまされてはいけない。
「王様は裸だ」と叫んだ者は、見栄や先入観、利害関係から自由な
子どもであった。それを次世代に期待する。

「天、共に在り」
本書を貫くこの縦糸は、我々を根底から支える不動の事実である。
やがて、自然から遊離するバベルの塔は倒れる。人も自然の一部
である。それは人間内部にもあって生命の営みを律する厳然たる
摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の
営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる
道はないであろう。それがまっとうな文明だと信じている。その声は
今小さくとも、やがて現在が裁かれ、大きな潮流とならざるを得ない
だろう。

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本書を読んで、中村哲氏が作家・火野葦平の甥であることを知りました。
そのことと、氏が紛争地域に身を投じたことの因果はわかりません。
ペルシャワールの活動への参加経緯も詳しく書かれていて
偶然に導かれるということがあることを知りました。

また、危機が訪れるたびに、判断された行動に筋が通っていて
すごいと思いました。

氏の活動を支えていらっしゃる多くの皆さんにも敬意を持ちました。

まだまだ、私たちにできることは たくさんあります。

2013年11月27日 (水)

山種美術館 古径と土牛 展 (12月23日まで)

先日、山種美術館で開催されている 「古径と土牛」展の特別観覧会に
行ってきました。


■山種美術館公式サイト
http://www.yamatane-museum.jp/

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古径も土牛もそれぞれの作品を観ることはあるのですが、
師匠としての古径、弟子としての土牛という構図で作品を対比して
見比べることはなく、とても貴重な機会でした。
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二人の作品を見比べてみて、感じたことは、天才・古径にたいして
努力の人・土牛であったのではないかと思いました。
どちらの作品も好きですが、線のひき方をみていると、古径の鋭さを
感じますし、どうしてもその鋭さを土牛は得ることができなかったのでは
ないか、そのようなことを思いました。

これらは、古径の「清姫」伝説の一部です。

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続いては、古径の「観音」  はじめて拝見して、ファンになってしまいました。
何度も何度も観て、様々な高さから写真を撮りました。
割と気に入っている写真をアップします。

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土牛の作品は、あえてアップしませんが、実際に会場で、古径の作品と
比べてみると様々なことを感じるかと思います。

画家も一つの職業だと思います。先輩や同僚たちからの影響を受けながら
作品が生まれます。そうした様子を想像しながら展示をめぐるのも
楽しかったです。

ぜひ、お好きな方がいらっしゃいましたら、ご覧ください!















2013年11月 6日 (水)

藤森照信×山口晃 日本建築集中講義

読み終えて とても面白かった1冊。
書かれている内容を 知識として大切に覚えよう・・・とするには
無理があるけど

藤森照信さんと、山口晃さんのお話しされている様子が目に浮かんできて
楽しさを一緒に共有できます

そしてさらに、出版社が 淡交社 でびっくりしました。


藤森照信×山口晃 日本建築集中講義

2013年10月30日 (水)

菊池寛と文藝春秋

文春学藝ライブラリーで再刊された

『天才・菊池寛』 解説は大好きな 坪内祐三氏なのですね
せっかくなら 創業者割引ではないですが もう少し安く
してくれたらいいのに・・・ 記念価格というのもいいかと




ということで、先に手にしたのは

金子勝昭著『歴史としての文藝春秋』

ある意味、古書道楽的には 菊池寛の個性というか
人間性がよく浮き彫りになっていて さらに著者の
愛情のようなものも感じられて うれしい一冊でした。

そして、読み終えての感想は
誰にでも才能はあって、菊池寛のようにその才能を
活かしきることはできないかもしれませんが、

それでも時代と一緒に生きて、埋没しなければ
何か道が開けるのではないか そんなことを思いました。


2013年10月28日 (月)

日本の神様

古事記、日本書紀などに登場する日本の神々の話を
時系列で紹介してくれる 日本の神様 面白かったです。

神社の写真などもあり、時々、ここに行ったことがある!
とか、自分の性格に似た神様がいたりして
神様の名前を読むのは難しいのですが 楽しい一冊でした

それにしても、こうした想像力と構想力、政治的な色彩も
ないわけではないのでしょうが、どんなふうに神話が
つくられていったのだろうかと思わずにはいられませんでした。

例えば、大和朝廷への統一の中で、その地域や部族が
信仰する神様をこのように処遇してくれといった交渉が
あったのだろうかなどと考えると楽しかったです。

もちろん、それらの神様のご利益にすがりたいのも人情
お参りの際には 願い事について神様とお話をしてみたい
そのようにも思いました

2013年10月11日 (金)

野呂邦暢小説集成1~2

長崎や熊本に関連した小説を読む機会が多い
こうした土地には文学が生まれる何か土壌のようなものが
あるのではないか

ちゃんとその土地を訪れたことはないけれど
そのようなことをよく思う

これはきっと、ただ瞬間風速的に何かを手にしてその影響を
受けているだけだと思うのだけど、

それでもなお何かあるとしたら、それは自然の風景と
向き合う人の姿がよりよく鮮明に描かれており、なおかつ
陰影がしっかりと刻まれているような作品を手にしたときに
そのように感じるのかもしれぬ。

陰影をくっきりと際立たせるためには、強い日差しが
なくてはならない。

その強い日差しが肌をさし、かつつらぬかれた痕跡の上に
情愛までもが行き交う

物語に私が引き込まれる傾向にはどんな秘密が潜んでいる
のだろうか

そんなことを たまたま手にした短編小説集から思った

この作家の作品にまた出会いたくて、いたずらに書き綴る

2013年9月16日 (月)

ルーヴル美術館展 -地中海 四千年のものがたり‐

東京都美術館で 9月23日まで開催されている
「ルーヴル美術館展 -地中海 四千年のものがたり‐」を観てきました。

■公式サイト
http://louvre2013.jp/

ルーヴル美術館のコレクションはすごいです。
そして今回の展覧会では、通称「ギャビーのディアナ」のように、初めてルーヴルの館外で展示される作品もあり、とても貴重な機会となっています。

今回は主催者の許可をいただいて撮影することができましたので、写真とあわせて感想を記します。

まず、多神教のギリシャ時代、ローマ時代の様子から、キリスト教の誕生と発展。また、覇権の拡大とともに始まったオリエントとの融合。これらをつぶさに感じることのできる品々。とても素晴らしいです。

とくに、神像や皇帝の彫刻。テラコッタの副葬品などの様々な品々で顔が彫られたり、描かれたりしているのですすが、当時の生活の中で人々と共にこれらがあったことを想像しながら拝見すると、何か時空を超えてその時代に迷い込んだような気分になりました。

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左:赤像式アンフォラ ミュソン(画家) 前500-前490年頃 テラコッタ
右:カルピス(水瓶):ギリシャの英雄ヘラクレスによるエジプト王ブシリスの殺害
  クレオフラデスの画家、前490-前480年頃、テラコッタ

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ディアデマ(宝石入り帯状髪飾り)を冠したエジプトの地母神イシスの頭部
ローマ(?)、150-200年、大理石

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左:エジプト女王クレオパトラ7世
中:イシス女神の姿で表されたエジプト女王クレオパトラ7世
右:エジプト風に表されたエジプト女王クレオパトラ7世
※クレオパトラ7世の在位は前51‐前30年

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タナグラ人形
イタリアからトルコに至る墓地や聖域から出土している
テラコッタの女性像。

とても優美で綺麗。テラコッタの素朴さもあってひかれました。

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手前:最高神官としてのローマ皇帝アウグストゥス(在位 前27-後14年)の肖像
    前27年頃、大理石

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手前:エジプト最後の女王、クレオパトラの自殺、1690年頃、クロード・ベルタン
右奥:エジプト最後の女王、クレオパトラの自殺、1500-50年頃
    ジョヴァンニ・ピエトロ・リッツォーリ

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アルテミス:信奉者たちから贈られたマントを留める狩りの女神
通称「ギャビーのディアナ」、100年頃

「清楚な容貌と肩に手をやる自然なたたずまいが美しいこの彫像は、ギリシア風の短い衣装などから、狩りの女神アルテミスとされています。18世紀、スコットランドの画家ハミルトンが、ローマ近郊ギャビーで発掘しました。紀元前4世紀の名高い彫刻家プラクシテレスの様式を汲む作品の、ローマ時代の貴重な模刻です。1808年にルーヴルに収蔵されて以来、初めて館外に出品されます。もちろん、日本初公開となる、ルーヴルの傑作のひとつ」 公式サイトより

後姿も素晴らしいです!表情をどの角度からどれだけみても新鮮で息がとまります。

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墓碑:夫婦の別れの場面
アテネ、ギリシヤ、前400年頃

とても美しいレリーフで何度も何度も見てしまいました。
墓碑にみとれるのも変なのですが、とても美しかったです。


幸せな時間でした。もし当時に暮らしていたとしても、すべての文物を一同に見ることは不可能なはずですが、こうして鑑賞していると本当に旅をしているような気分になりました。
古代の人々が何を美しいと考えたのか、どのような歴史や風土がその背景にあったのか、そうしたことを意識しつつも、美しさに素直に反応する自分もいます。

そうした感情とともに良質な時間を過ごすことができとても幸せでした。

2013年8月18日 (日)

韓国ミュージカル 『兄弟は勇敢だった?!』を観てきました

六本木のアミューズ・ミュージカル・シアターで上演されている
『兄弟は勇敢だった?!』を観てきました。

■公式ページ
http://www.amuse-musical-theatre.jp/kyodai/

この作品、地方から東京に出てきて頑張っている人におすすめの
作品です。

詳しくストーリーは書きませんが、私自身がこの物語の境遇と少し
重なる部分があって、途中から大泣きしてしまったので、
このことは、隣の家内にもバレていて、帰り道、そのことを指摘も
されて、もし私と近い境遇の方がいたら観てもらいたいな~と
思いました。

もちろん、数時間の舞台で私自身の人生の課題が片付くわけではなく
身につまされたゆえに、消化不良な部分もありましたが、前に進む勇気
のようなものを感じさせてくれる作品でした。

このように前向きの気持ちにさせてくれるのは、ミュージカル特有の
雰囲気もありますが、韓国の若い俳優の皆さんが母国の伝統や文化と
真摯に向き合い、作品づくりに参加している姿が凛々しくも感じられた
からだと思います。

故郷から離れて都市で生活すること。見えざるも縛られる生家の
歴史と伝統。夫婦の愛。親子の愛。兄弟との関係。

一見、シリアスになってしまいそうなテーマをミュージカルの
脚本や構成がとても愉快に、そして伝統美を活かした舞台美術、
俳優陣の頑張りが、親しみのもてる作品にしてくれています。

その点、俳優さんばかりでなく、脚本家や舞台美術の方のことも
気になる作品でした。(末尾のAll About の記事で詳しく紹介され
ていました)

韓流というと、ラブコメディが多く女性の方に人気というイメージが
ありますが、男性にもおすすめです。

この舞台を通じて、奥様やご家族、お友達、一緒に観ている人と
気持ちがを分かち合える瞬間が男女にかかわらず、故郷を抱えながら
都市で頑張る方々に多くあってくれたらと思います。


■僕の感想よりも よほど詳しい All About の記事・・・
http://allabout.co.jp/gm/gc/423932/

2013年7月21日 (日)

愛国心とはなんでしょうか、どんなものでしょうか。

こんな時期だからではないが、タイトルに興味を持ち
次の本を手にした

「愛国」のゆくえ ~「戦後」の無意識とトラウマ~
保阪正康、ほか

この中で、保阪正康氏の指摘がとても印象に残った。

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ナショナリズムとは(中略)もっと素朴に、自分たちが育った
共同体にたいする誇り、あるいは地域に伝わる伝承への
愛着などを、広義の意味でナショナリズムとみるべき

------------------------------------------------

また、「またも負けたか八聯隊(はちれんたい)」という言葉で
示される、ノモンハンへの出動命令を北海道の連隊はすばやく
行動し命を落としたのとくらべ、同じ命令を受けた大阪の連隊
では、それから兵士が医務室にならび、要員の選別が終わった
ころには停戦になっていたという話が紹介されており、

この例えから、大阪の人たちは個人主義者と言えます。
自分と国家を対峙させる。(中略)おそらく、これが大阪という
百年、千年の単位で経済的、合理的思考法を培ってきた
地域をかたちづくる伝承や暗黙の約束ごとであり、おおげさに
言えば大阪ナショナリズムの規範なのだと思います。
北海道はそれだけの蓄積を持てなかった。あまりにも早く
国策に動員されてしまい、自律的な発展を遂げそこなった。

と書いてしらしゃいます。

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保阪氏の指摘を読みながら、つい日本であれば日本全国を
意識してしまうナショナリズムも、その地域によって感覚は
異なるし、また一人ひとり異なるはずだと思いました。
けれどもなかなかそれは意識されないし、愛国心が全体主義的な
もので意識され、なにか犠牲を伴う場面になってみると実は
その人が属する小さな共同体の風土や気風に大きく影響を
受けてしまう。

ならば、最初からその小さな共同体を意識した郷土愛や
愛国心をそれぞれが持てばいいのではないかと考えました。

けれども一方で、都市化された現代で、そうした郷土を
人が持つことのほうが難しいのかもしれません。
そのような中で描く、愛すべき対象は何か、これは現代人に
与えられた課題ともいえます。

そうした問いかけをもつ私にとっての愛国心とはなにか。
今語られている大きなテーマよりも、実は切実なテーマなのでは
ないか、そのように考えました。

2013年7月12日 (金)

プーシキン美術展 横浜美術館 素晴らしいです!

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横浜美術館で7月6日から始まった プーシキン美術館展‐フランス絵画300年‐
こちらの夜間特別観覧会に先日行ってきました。

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■プーシキン美術館展 公式サイト
http://pushkin2013.com/


この日は、展示風景の撮影も許可されていたので、カメラも持参して作品を
拝見しました。

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ロシアの国民的詩人であるプーシキンの名前が冠された美術館は
モスクワにあります。そしてフランス絵画の貴重な作品を数多く収蔵している
ことで有名です。

その背景には、激動の歴史があります。ロマノフ王朝の繁栄や商工業の発達に
よりフランスからもたらされた絵画たちが、ロシア革命を経てこの美術館に
集積されていったのです。

とくに繊維工業や繊維貿易で財力をもった二人のコレクター、イワン・モロゾフ
とセルゲイ・シチューキンの功績の大きさと、それに反比例するかのように
ロシア革命により、存命中にはすでに収集したコレクションは国家に没収されて
おり、時代の変化の中にあっても後世に残された作品群の重みを感じます。

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さて、やはり今回の展覧会の中で 目をひいたのは、ルノワールの
「ジャンヌ・サマリーの肖像」でしょう。

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ジャンヌ・サマリーを調べると、仏国立劇場コメディー・フランセーズの
19世紀後半の人気女優ということで、この絵は彼女が20歳の時を描いた
ものですが、33歳の時にチフスでなくなっているようです。この絵の中で
彼女の愛くるしさは永遠なのだとわかります。

それにしても、この絵を描いているときのルノワールの高ぶる高揚感の
ようなものが伝わってくるようです。

また、個人的には ミレーとコローが並んで観ることができのは
最高でした!

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ミレーの作品は「薪を集める女たち」

この作品はよく見ると 木の幹を運ぶ女性のほかに、もう一人
奥の茂みの方で枝を担いでいる男性の姿をみつけました。
タイトルの通り前面の女性二人に意識は集中しがちになりますが、
農村の人びとを描こうとするミレーの意思の強さをこうした所に
感じることができまます。

コロー「突風」

今回、展示作品の中で とてもひかれた作品がありました。

ジャン・パティスト・サンテール の 「蝋燭の前の少女」です。

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売店の絵葉書にもなっていたので有名な作品なのかと思いますが
初めて聞いた画家の名前でした。

画家の名前を調べると、1651年~1717年の生涯をフランスで
過ごした、ロココ美術萌芽期において特に評価された画家のひとり
とのことです。

詳しくは下記サイトが明るいです。
http://www.salvastyle.com/menu_rococo/santerre.html

この作品を観ていると、この手紙を持った女性がとても愛おし
感じますし、手紙が読みやすいように蝋燭を自分で持っていたく
なるような、彼女のために何かしてあげたいといった心持ちに
なりました。その魅力が不思議で不思議でたまらず、何度も
何度も見返したほどです。

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 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル「聖杯の前の聖母」
 

プーシキン美術館展。これは東日本大震災の影響で延期と
なった経緯を持っています。奇跡の美術展ともいえるかもしれません。
そしてまた、ここに集まった作品たちも、みな激動の時代をいくつも
経験していることを考えてみると、絵画に出会うことは一瞬ですが、
その時の感動は長く続くことを改めて実感します。

素晴らしい美術展の心から感謝です♪

■名称   プーシキン美術館展 フランス絵画300年
■会期   2013年7月6日(土)~9月16日(月・祝)
■場所   横浜美術館
■開館時間 10:00~18:00
      ※8月、9月の金曜日は20:00まで開館、入館は閉館の30分前まで
      ※休館日 木曜日(ただし8月1日、15日は開館)
■主催   横浜美術館、朝日新聞社、テレビ朝日、BS朝日、
      プーシキン美術館、ロシア連邦文化省

2013年7月 1日 (月)

浮世絵Floting World 珠玉の斎藤コレクション展 ・ 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館で開催中の

浮世絵Floting World 珠玉の斎藤コレクション 展の内覧会に先日行って来ました。

※開催期間 6月22日(土)~ 9月8日(日)

http://mimt.jp/ukiyoe/

Gaikan_960x1280
まず 興味を持ったのは 斎藤コレクションとは何?ということでした。

浮世絵の多くに私たちが触れるときの多くは、個人のコレクターの方が
いらして、そのコレクションが展示されている美術館に足を運ぶことが
多いのです。例えば、太田記念美術館や山口県立萩美術館・河上記念館
のように

ですが、斎藤コレクションについては存じ上げず、パンフレットやネットで
調べてみると

神奈川県議や参議院議員を務められ、現在、川崎市観光協会連合会会長
の斎藤文夫氏が長年にわたり、浮世絵をコレクションされていいるものと
わかりました。

斎藤氏は、これらのコレクションを館長を務める川崎・砂子の里資料館
にて無料で公開されています。

■川崎・砂子の里資料館
http://kawasaki-isagonosato.jimdo.com/

今回、三菱一号館で展示されている作品は、2012年5月~7月、フランスの
ロートレック美術館の企画展で展示されたもので、今回の企画展での
展示においても、一号館の西洋建築空間で浮世絵を観るという実験が
なされています。

これは、ジャポニズムという言葉に象徴されるように、19世紀に欧米人が
体験した浮世絵を私たちが同じように接する機会とも考えられます。

実際、浮世絵と同じ空間にロートレックが置かれていたりして、江戸の人と
西洋との美意識の比較や共通点など、様々に思いをはせることができました。




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さて、この斎藤コレクション数が膨大なようで、今回の企画展でも3回の
展示替えがあります。

その1期、浮世絵の黄金期 -江戸のグラビア を今回拝見したのですが、
まさしく肉筆の浮世絵にうっとり、また、役者絵などの浮世絵版画に舞台と
絵画がコラボした江戸の娯楽の豊かさにうらやましさを感じたりしました。

美人画では、懐月堂派の美人画には生の艶やかさがありひかれました。

懐月堂派とは解説によると

「菱川師宣没後に台頭した浮世絵の画派で
菱川派と異なり、顔は小さくふくよかで切れ長の目、
着物は豪快で意匠効果を十分に演出した太い太線を
用いた立ち姿の美人が多かった」とのことです。

作者不詳『延宝美人立姿図』
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懐月堂度繁『美人立姿図』
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菱川師宣と見比べてみると、たたずむような空間を意識はさせることはなく、
ただただ描かれた女性主人公であるように気分にさせます。

鈴木春信の『風流やつし七小町』これは斎藤コレクションのみすべてを
お持ちのようで、この7作品をすべてみることができたりと とても豪華です。

浮世絵では師弟関係や画派などが頭の中に入っているととても観るのが
楽しくなります。この展示はその時代と人の流れにあわせて展示構成されて
いるので、誰にとっても親しみやすいです。

喜多川歌麿 の 『当世美人三遊 芸妓 柳はし』の黒い袖頭巾と茶屋の女の
黒い掛衿がきいていると思うのですが、こうした黒の使い方は ロートレックにも
みられるのでは・・・ なんてことも思いながら観ました。

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また、初代歌川豊国の役者地顔六玉川 の玉川はこの玉川がどこかな?
と思いながら みてみました。

調べてみると、通常の歌枕で使われる六玉川と一致しないものもあるようで、
私の教養不足で嘘を言っているかもしれませんが・・・・・
あとでちゃんと調べてみようとおもいます。

『役者地顔六玉川 高野の玉川 二代目尾上松助』
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ちなみに、高野の玉川(こうやのたまがわ)は、弘法大師の和歌がしるされて
いるようで、この筆跡は役者さん自身の筆になるようです。

 「わすれても 汲みやしつらん 旅人の 高野の奥の 玉川の水」  『風雅和歌集』

歌川国芳の『忠臣蔵十一段目夜討之図』の構成は素晴らしいと
思いますした。実際の舞台装置はどうだったろうかと考えてしまいます。
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このように、役者や舞台と浮世絵の融合が日常にあったことは
とてもすごいことだと思います。そしてせっかくなので写楽をご紹介。

東洲斎写楽『二代目市川門之助の伊達与作』
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この夏は 浮世絵をたっぶり楽しめることができそうです。
良質なコレクションを楽しむよいチャンスかと思います。

2013年6月16日 (日)

秩父の女流俳人、馬場移公子 のこと

中嶋鬼谷編著

『峡に忍ぶ 秩父の女流俳人、馬場移公子』を読んだ。

私の郷里の近くに秩父があるので、親しや懐かしさがあって、
秩父を題材にしたものがあれば 読むようにしている。

先日も土屋文明が万葉集の研究で郷里の近くを歩いている
足跡を追った本があったので読んだように

さて、馬場移公子(ばばいくこ)のことを 私は初めて知った
秩父で俳人というと、金子鬼太を思い浮かべるが、そのお父様が
医者であり俳人だった。その 金子伊昔紅(かねこいせきこう)との
出会いから、この女流俳人が世に出るところとなった。

■馬場移公子関連サイト(日本経済新聞)
 
 
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO16293970T11C10A0000000/

戦争未亡人で婚家から実家にもどり、体もあまり強くはなかった
らしいけれども、秩父の中に生き、俳句を通じて出会う人々の交流が
何か生きる支えになっていたのではないか

その実力は、水原秋桜子にも認められ 「馬酔木」の同人にも
なっている。

この本をつうじて、人生の中に俳句があるとはこういうものか
という、普段は知らないことが少しわかったように思います。

2013年6月 9日 (日)

原田正純さんのこと 水俣病と闘った医師

なかなかないのだけど 通っている大学院の一年生の方と
お話をする機会があった

その方の熱意、課題意識、志、そうしたものをうかがっていると
去年の今頃には自分にもあったのにと少し反省しながら

想いを持続させること、そのために努力を重ねることの
大切さを思った

人は時に、その想いのためにかたくなでなくてはならないし、
一方でその志を実現していくために外交的である必要もある

それが 器用であろうが、不器用であろうがにかかわらず
丹力のないところに モノを生み出したり、発展させる力は
ないのではないか

今 一冊の本を手にしているのだけれど
その表紙にあるこの本の主人公の写真をみていると
その人からも同じことを語りかけてくれているように感じる。

その本の名前は、

『原田正純の道~水俣病と戦い続けた医師の生涯』
毎日新聞社刊


原田正純さんのことをご存知の方は多いと思う
水俣病患者の救済に生涯をささげた医師だ

直接お話をうかがったことはなくて、もっと早くに
彼を知ったら何かお目にかかる方策はあったかも
しれないが、映像で知った彼の語り方はよく
覚えている

この本に、原田さんが著書『この道は』で記した文章が
紹介されている

「この世に二種類の人間がいる。富める者と貧しき者、
加害者と被害者、健康者と病者、都市と農村、先進国と
途上国、多数民族と少数民族などこの世には対立の
構図がある。その差別をどうなくすかが人類永遠の
テーマである。そして、自らをどっちの側に置くかという
ことが“この道”を決める。どの道を進むか選択の
自由はあるが、私は命ある限り今まで歩いてきた
“この道”を行こうと思う。多くの人々に支えられながら」

この一文をかみしめて がんばっていきたい。

2013年5月 6日 (月)

宮沢賢治に近づく一冊  『賢治から、あなたへ』

大学の図書館においてあった一冊

ロジャー・パルバース著
『賢治から、あなたへ 世界のすべてはつながっている』
集英社インターナショナル刊

この本を目にして、宮沢賢治が好きなので 何気なく手にしたのですが
とてもとても良い本でした。

ロジャー・パルバース氏は、作家・劇作家・演出家で 東京工業大学
文明センター長を務められています。

初めて知ったのですが、賢治に関する著作もある方でした。

いくつかの作品の紹介とその作品が収められているのですが、
例えば宗教学者の賢治本と違って何か一つの色に染められている
のではなくて、その作品にまつわる知識が豊富であり、かつ世界中
の教養の中から賢治の位置づけを評価しているので、私にとっては
新しい賢治感のようなものを感じて、より宮沢賢治にも近づくことが
できたのではないか、そのように感じさせてくれました。

そして、つまるところ、それこそが仏教の世界観でもあったし、
ひとつの経典に書き記されていることと実は同じなのではないか
そのようにも思いました。

例えば、私にとって 雨ニモマケズ は 般若心経 と同じように
位置づけて、普段考えたりしているのですが、こうしたふうに
感じることの自由さを認めてくれる一冊のように感じました。

また、一方で、賢治の気持ちになっていみると、もしや死後に
いろいろな研究者の研究の対象となりえることを想像しては
いなかったといつも思います。

けれどそれが許されるのは、彼の考えや思想が、だいぶたっても
世の中に必要とされていて、その水先案内人としての研究者の
存在が許されてもいるということではないかとも想像します。

では、なぜ 賢治の思想が必要とされているのでしょうか?
それを私は、誰にでも 賢治が求めたような生き方を求める
気持ちがあるからだと考えます。

逆説的なのですが、彼が求めるような生き方を、信仰の生活を
超越して、実生活の中で実践できた数少ない事例だったからでは
ないでしょうか。

本書を持つと、その実践にどれだけの能力が必要だったかも
わかります。では、能力がない自分ならどうしたらいいか、そうした
様々な問いかけを 後にいきる私たちは ガイドブックや研究書など
から ひもとくのかもしれません。

もちろん、本当の幸いが何であるか、そのことも、わかるようで
わからないものです。それでもなお、多くの人が賢治に興味を
持つのは、何か人間の可能性を見失いたくないという 共通の願い
のようなものが起因するように 私は考えます。

久しぶりに 宮沢賢治の世界に浸ることができて
本当によかったです。

2013年5月 1日 (水)

国宝大神社展 観てきました!

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先日、東京国立博物館で開催されている 国宝大神社展を観てきました。
駅のホームでみかけたアドボードで「大神社」という文字をみると、
これはなんだろう・・・ と思ったのですが、

よくよく足を運んでみると国内有数の神社の宝物が集まっており、神無月
ではありませんが、各地の神社の宝物が東博に集まっていることを
そのようになぞらえてもいいくらいでした。

■大神社展ホームページ
http://daijinja.jp/

個人的に圧倒されたのは 鹿島神宮の直刀で平安時代のものです。
このように美しいものが宝物として眠っていることを知りびっくりました。
また、鹿島神宮にも興味を持っていて、なかなか行けないなあと
感じていたときだったので、偶然に驚きもしました。

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このほか 神社の宝物は その形から意図あるいは神意を直観させる
造形が多く、春日神鹿御正体や神坐像などみていると、私たちも
古代人と同様に、同じ心の動き方をしているのではないか
そうしたことを思いました。

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このほかにも、以前、うかがったことのある宗像大社の宝物を多数みることが
できてうれしかったです。

宝物の中に、石を削ってつくられた舟の形代があったのですが、これは
海上交通の安全を祈り神への供物として作られたものなのですが
その素朴さに 祈りのカタチの 素直さを感じたりもしました。

なかなか これだけど宝物が一同に会することはないと思います。
旅気分にもなれますし、次の目的地を探すことができる場所にもなる
かもしれません。

おすすめの企画展です。ぜひ、ご覧ください。


※会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。


2013年4月21日 (日)

新宿で85年、本を売るということ 永江朗著

永江朗さんの 『新宿で85年、本を売るということ』
とても 面白く読みました

紀伊國屋書店の創業者 田辺茂一氏を中心に 紀伊國屋書店の
歴史がつづられています。

書店という産業も 実はこの数十年のものであった ということを
強く思いました。もちろん、江戸時代の蔦谷重三郎ではないですが
出版プロデューサーのようなものはあったし、丸善のような
老舗もあるわけですが

近代書店が 大学の設置数の増加や 各地の図書館の整備の中で
興隆がおきたこと 消費者からみた書店もあれば 外商としての書店
があり、文化のありかたそのものを教えてくれる構造かと感じます

時代を生きる書店の姿
これからのデジタル時代にどのように進化していくのか
その精神的自由さが鍵であり、創業者の田辺氏の生涯が
またそれを示してくれているように思います

2013年4月14日 (日)

経営者とアート

パナソニック汐留ミュージアムではじまった

「幸之助と伝統工芸」を観にいってきました。
あわせて 染色家の 森口邦彦氏と 本展監修者の 諸山正則氏の対談を
聴いてきました。

■公式サイト
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/13/130413/


森口邦彦氏は重要無形文化財「友禅」保持者(人間国宝)であり
お父様やご自身が 日本工芸会の運営に関わってこられた関係から
松下幸之助と工芸とのかかわり方、支援されてきたことなどをお話しされて
いました。

この中で、森口氏は松下幸之助が工芸を支援したのは数寄者としてでは
なくて、経営者と工芸作家共に通じる部分(孤独な中で決断をしていく過程)
があり、それ故に支援をしてくださったのではないかと言っておられました。

また、講演は企画展の監修者と協力していく人たちとのやりとりを垣間見る
こともできて楽しかったです。


また、展示では多くの茶道具も展示されていましたが、幸之助は40歳ごろから
本格的にお茶をたしなむようになります。財界の交流の一端という側面も
あったでしょうが、幸之助の場合は、精神修養のほうが強かったようです。

会場に飾られていた「心」という書、また素直としたためている際の写真。
こうしたものと工芸作品があいまって、経営者とアートのかかわり方について
学ぶところが大きいと思いました。

ですから、この展覧会は、アートに興味のある経営者の皆さんにとっても
考える場になるのではないでしょうか。



この展覧会は8月25日(日)まで開催されています。
ぜひ、ご覧ください。

2013年4月 6日 (土)

世界で最も美しい書店 の本

世界で最もおいしい朝食 といったふれこみには
めっぽう弱い私たちも

それが書店となると なかなか難しいのではないか
私たち自身がどのような書店を求めているのか、はたまた
どのように本と付き合おうとしているのか

またはそれらを大きく包含する文化というキーワードに
対して どのような見識を持っているのか

たくさんの本を読む人だとしても このことを
ポリシーとして明言することができる人は
少ないのではないだろうか

それは学歴とか 職業とか関係なく
たとえれば 通勤電車の中で なぜこの本を読むのか
といったことを説明できることに似ているだろうし

誰か気の合う友と グラスを傾けながら
実は俺はこの作家が この本が好きだと
語り明かすような 密かな楽しみとも連続しているだろう

エクスナレッジ刊 『世界で最も美しい書店』の冒頭に
添えられた言葉

「ワンクリックで本が買えても、そこには物語は生まれません。
書店へと向かう道すがらの風景、書店を満たす空気、
働く人々の気配りや出逢った人々との語らいには、
ささやかながらも物語にあふれています。わたしたちは
便利で効率的な暮らしを貪欲に求めていても、
決してそれだけでは満たされることはないのです。
だからこそ、わたしたちは書店へと向かうのかもしれません。」

なるほど と 思う。素直に書店に足を運ぶ人のことが語られているし
書店のあり方も教えてくれているように思う。
あとは 私たちがどんな書店を選ぶのか 作るのか 残していくのか

私たち自身への問いかけもあるのだろう

2013年4月 1日 (月)

幸之助と伝統工芸 展  4月13日から パナソニック汐留ミュージアムにて

松下幸之助とアート、その関わり方は知らなかったのですが
汐留パナソニックミュージアムの展覧会の告知をみて興味を持ちました。

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それは「幸之助と伝統工芸」という名前の企画展で、WEBサイトでも
次のような案内が添えられています。

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 「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助(1894−1989)が我が国の伝統文化
に理解を示し、その普及と支援していたことはあまり知られていません。
 美術品を見る目は持ち合わせていないと言いながらも、実際には、多年に
わたり絵画から工芸作品にいたるまで美術品を収集したり、公益社団法人
日本工芸会などの団体の役員を務めるなど、文化支援活動を続けていました。
 本展では、このような松下幸之助と伝統文化との関わりをご紹介します。
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 多くの人が松下幸之助の経営書を読んでいると思います。私はその中の
エピソードで、理容室に行った際の話がこれにつながるかと思いました。

 幸之助が節約のため、たまにしか床屋には行かないんだといった内容を
話したところ、隣にいた客から、あなたは企業の代表者であり顔なんだから、
努めて身ぎれいにしなくてはならいと指摘され、それから月に1度理容室に
訪れるようになった といった話です。

 このように、もともと美術には縁遠いと思えていたとしても、必要で
あったり、何か自分の中で認める必要があったものについては、進んで
接種されていったのが、松下幸之助の姿ではなかったでしょうか。

 それはとても素直なことゆえに、誰にでも真似ができたわけでは
なかったように思います。

 さて、その企画展の詳細は以下の通りです。

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展覧会名:開館10周年記念特別展 「幸之助と伝統工芸」
開会期日:2013年4月13日(土)~8月25日(日)
開館時間:午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時30分まで)
休館日 :毎週水曜日
入館料 :一般:700円 大学生:500円 中・高校生:200円 小学生以下:無料
        65歳以上の方で年齢のわかるもの提示:600円
        20名以上の団体:各100円引
     障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで:無料
会場  :パナソニック汐留ミュージアム
住所  :東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
公式サイト:http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/13/130413/
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経営とアート、実業と文化支援、様々なことを考えながら・・・
あるいは、純粋に作品を愛でる。

普段、工芸作品にはなじみが薄いので この機会に観てみたいと
考えています。

2013年3月30日 (土)

子どものための親子論 芹沢俊介・著

タイトルをみて はやとちり ではないけれども
教育書・育児書と思い本書を手にした

けれども 実際は 里親向けに書かれた 里親になっていく過程が
書かれた本だった

里親というのは、血縁のない親子関係をもつ 親の方となるが
本書に目を通している中で、里子となった子供が、まだ2歳、3歳というのに
里親に 「ママは本当のママ?」と聞いたりするといった記述から
子ども心って こんなに早くから物事を感知するんだということに驚いたり

里子が引き取られ、なじむまでに 里親を試す時期があることなど知り

これは血縁のある親子関係となんら変わらないのだと気づき
しっかりと読みました。

現代の社会は結婚もそうだけど、親子関係を作ることも難しいように
受け取られます。

でも 親子のなりかたも寛容でいいのではないかと思います。
子どもを手放さざるをえなくなった親の出現は少ないほうがいいように
思いますが、それでも子供には罪がありません。

里親として その子供の親になっていく
それは まったく普通の親子と同じ、またはそれ以上の絆によって
はぐくまれていくものである

そうこの本は教えてくれます


2013年3月17日 (日)

読み進められない本・・・

この2週間、3つの本に悩まされてきました。今回はアートを離れて
ビジネス書です。。。

読んでいて つかみどころがない本 がいちばん困るのですが、
実は読むたびに発見や気づきがあって 読み終えたという実感を
与えてくれないのです・・・

松浦弥太郎著「考え方のコツ」(朝日新聞出版)
ジョン・マエダ著「リーダーシップをデザインする」(東洋経済新報社)
ジェームズ・ハーキン著「ニッチ 新しい市場の生態系にどう適応するか」
(東洋経済新報社)

これらを読んで 一つ得た結論は、自分がどのように感じるかに
すべては帰着するのではないかということです。

それぞれに格言めいた言葉やエピソードはあります。それらを逐一
記憶したり、引用するのもいいのですが、それを超えて
「人間は自分が感じたことに基づいて行動する」という当然のことを
自覚しておくことが大切だと読みながら考えました。

そしてその感じたことからどのような行動を導くか、その行動の
クオリティが大切な命題となります。

「リーダーシップをデザインする」の訳者、友重山桃氏のあとがきが
このように考えるに至った導きをあたえてくれました。

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「リーダーは人々に、自分たちが見たくない「現実」までも
見ることを教える。その現実を踏まえて、自分自身が、あるいは
組織や社会が前に進むためにはどうすればいいのか、何を求めて
何を切り捨てるのか、これまでの価値観や優先順位、思考をどう
変えていけばいいかについて、メンバー全員の考える力が芽吹くのを
助ける。
 リーダーの成功を測るものは、どれだけの人がついてくるかではない。
リーダーの成功は、どれだけの人々が問題を解決できたか、また
どれだけの人々がクリエイティブに何かを生み出したかにかかっている。
-------------------------------------------------------------

2013年3月14日 (木)

ルーベンスのほっぺ    Bunkamuraザ・ミュージアム 「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア 展」より

Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の

「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア 展」

のイベントに行ってきました。

Rubens_1

■公式サイト
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/13_rubens/index.html

ご自身もルーベンスファンでいらしゃる チーフキュレーターの
宮澤政男さんと美術史を専攻してこられたTBSの小林悠アナウンサーの
トークショーも会場内で行われて、とても贅沢なイベントでした。

Rubens_2

お二人のお話をうかがっていると、いつものように自分のリズム
で観るのとは違って、先に様々な情報をインプットしてから
鑑賞することができるので、ルーベンスをとても身近に感じました。

宮澤氏ご自身のルーベンス体験の数々からは、ルーベンスに魅せ
られているゆえの興奮が伝わってきて ファンの心理はよくわかり
ますし、嬉しかったです。

また、実際の展示も、作品と鑑賞者の距離がとても近くて、さらに
ルーベンスの工房のしくみや、時代背景などが丁寧に解説されて
いて、ルーベンスの作品をただやみくもにみせるのとは違って
ルーベンス学校に来ているようなそうした印象を持ちました。

これは監修者の性格かもしれませんが、天才画家と称される
ルーベンスをその名前だけで企画展とするのではなくて
ちゃんと向き合っている姿勢が感じられて 私は好きです。

実際に作品を観てみると、本当に素晴らしいです。
この人物の表情はどのように生み出されるのか、何度も何度も
丁寧に一枚、一枚を観ていったのですが、もしやと感じたのは
あるとき ほっぺが浮き上がるようにふくらみを持って描かれている
ことを感じて、ルーベンスの秘密はこのほっぺにあるのでは
ないかと思いました。

Rubens_3
          【写真】ペーテル・パウル・ルーベンス 《聖ドミティッラ》

そういえば、女性のお化粧でも、古代から人は「ほおべに」を使って
いますし、一般の肖像画でも当然みられるので、ルーベンスに
限った話ではないのですが、それでも何かそこに秘密があるのでは
ないか・・・そんな探偵気分にも少し浸りながらバロックの名画を堪能する。
やはり贅沢です。

まぶたに残る残像は時間を経過しても消えずに、目を閉じると
今も浮かび上がってくるように感じます。

そして、そのまま目を閉じていると、浮かびあがってきた絵画の世界に
私自身が入り込んでしまったような気分にもさせてくれます。

Rubens_4

          【写真】ペーテル・パウル・ルーベンス(工房)《自画像》

日本国内にあるコレクションとは違い、その絵に会えるのは
一生のうちに何度あるかどうか。

そうした貴重な作品に出会えた余韻は いつまでも大切に
慈しんでいきたいと思います。

2013年3月10日 (日)

美術家たちの証言 東近美の『美の眼』から

一度読めなかった本を再読した。
それは 美術出版社刊 の

「美術家たちの証言
 東京国立近代美術館ニュース『現代の眼』選集」である。

『現代の眼』は東京国立近代美術館が刊行している定期刊行物
なのだけど、開館60周年を経過した美術館の定期刊行物から
編集された本書はさながら、近現代美術史の足跡をたどることが
できる美術史の参考書なのですが

それ故に、一度は読み続けることができなかったものの
改めて手にして、この数日でじっくりと読むことができました。

その中で個人的に印象が深かったのは 次の3点です。

まず、一つ目は 東山魁夷が名作の一つ「道」を描いた頃を
振り返る記述があり、作品のヒントとしては青森県八戸の
種差海岸(たねさしかいがん)なのですが、道を描くより
10年ほど前に種差海岸を訪れたときに住んでいたのが
「結婚もしないで大井町の幼稚園に間借りしていた頃」と
振り返っていらして、この大井町が東京であれば、現在、
私が住んでいる土地に近いな・・・と思い、さてここは
どこだろうと興味を持ちました。

大井町という地名は都内以外にもいくつもあるので
定かではありませんが、また書籍などで調べてみようと
思います。

そうした土地に興味を持ちながらその東山の回想を
読み込んでいくと、さらに作品に対する想いが
しっくりと書き刻まれていて、作品を思い出したり
ネットで調べた氏の年表(戦争体験や家族の死、結婚など)と
私自身のこれまでなどを振り返りつつ
考えをめぐらしました。

次に印象に残ったのは、駒井哲郎が恩地孝四郎について
書いた文章で、そこには師弟の付き合いがあったわけですが、
駒井氏の作品について、恩地氏が 詩を寄せたエピソードが
紹介されていて、師弟の付き合いの中で詩を交えるということが
とてもいいなあ~と思いました。

そして3番目ですが、栄久庵憲司氏が森正洋氏について書いた
文章の最後にあった記述です。栄久庵氏の評が彼の出自にも
影響はあると思いますが的確なのです。

「地蔵の優しさと慈悲が衆生を直接救う。地蔵は人を知っている。森は
人を知らねばならない。人を知ってはじめて「森美学」が生まれる。
それは肉体の外在化であった。人間との共生は肉体との共生でもある。
手で持ち、口にする。これほど人間に近い道具はほかにあるか。
地蔵ですら人のかたちを模した。理想的な人間のかたちの外在化、
肉体の延長上に森はかたちを結んだ。単純に整理されたかたちは
人を超えて人を感じさせた。「森美学」の基本は人に安心感をもたらす
ことだ。これを基盤に人を心配りよく迎えるかたち、迎賓の心とも
いうえきか。
 
 
 プロダクトデザインは人々が満足感を得て、はじめて自己充実感に
浸れる職業である。自らのみに生きるのではなく、他の中に自らを
発見して生きる、そんな職業である。森はそれを徹底しているところに
どこか殉教者を思わせる。人々の、人々による、人々のための民主主義。
民主主義は森の人生の定めかもしれない。敢えていえば「森美学」は
デモクラシーのかたち化といっていい。人を守り、心ゆくまで楽しんで
いただく。森は九州のひと隅でそんな思いのかたち化に生涯をかけている
一介の男、プロダクトデザイナー森正洋である。」


おそらく、また本書を手にするときは、違う感動があり感慨があるだろう。
そのとき、身近に出会った作品たちにも影響を受けているはずだ。

その作家の語り口から、その作品を思い出してもいい。とにかく
楽しみ方が膨らむ。とても貴重な一冊です。

2013年3月 3日 (日)

琳派から日本画へ ―和歌のこころ・絵のこころ― 山種美術館

琳派を観に行くと知人に伝えたところ、
琳派とはどんなものですか?と尋ねられ、答えに窮してしまった。

俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一といった名前や風神雷神図、
尾形光琳の手による燕子花図屏風や八ツ橋図屏風といった
イメージを思い出すことはできるのだけど

金ピカなやつ・・・と言うのでは言葉足らずのように思え
適切な表現がその時はうまく説明できませんでした。

そのお目当てにしていた美術展

山種美術館で催されている特別展
『琳派から日本画へ ―和歌のこころ・絵のこころ―』が
http://www.yamatane-museum.jp/exh/current.html

その解を私に与えてくれる美術展であったことが
大きな収穫となりました。

図録に添えられた英文のタイトルは

Spirit of the Rimpa School とあり Rimpa School自体が

○○派の意味ではあるのですが 私にとっては 琳派の授業を
受けたような美術展でした。

それは、そもそも和歌をしたためるために用いられた料紙の
装飾から発展していった過程を知り、さらに、100年単位の時間を
いくつも超えて作風が受け継がれていったことをよく示す
良質な作品群で構成されていたことが大きく寄与したのだと
思います。

一方で、こうした作風を流行やトレンド、ビジネスといった
美術とは異なる次元のものと置き換えて考えてみても、
同様のことが言えるのではないかと感じながら作品群を
拝見しました。

例えば何か流行が生じるのにはそのきっかけは小さな種子のような
出来事であることはよくあります。

同じように企業経営を行っていても、それぞれの事業体が
異なる個性を持つのは当然であり、後世にもその企業が
事業を継続していくには、展示されている作品のように
高い完成度が必要であることを思いました。

日本画は模写により学ぶ過程が多く、多くの型が受け継がれて
おり、退屈のように感じられることもあります。
ですが、良質な作品が持つ、無駄のない構成と宿している生命力
は本当にすごいです。

こうした美を感じる力を養えれば、現代の作品を観る上でも
無駄にはならないでしょう。

また、とても大切なことと思うのは、実は私たちもまた
琳派が作る時の流れの上にいるということではないでしょうか。

普段の美を探るとき、意識しているか、無意識かは別として
多くの日本人の感覚の中に琳派が根づいており、これを私たち
自身が後世に伝えることができる芸術概念ではないかと思います。

元来、和歌との結びつきから派生したものであればこそ
同様に気持ちを言葉に変える時に自然と思想概念として、
琳派に描かれるような世界をイメージしているのではないでしょうか。

もちろん、イメージを形にしていくのが芸術ですから
当然のこととは思うのですが、作家ではない人の心に沸き起こる
作品以前の想像やイメージの世界において、太い柱のように
琳派的なものは機能しているように考えます。

何か留まるをしらない散文になってしましたが 心にとめて
また様々な作品と出会っていきたいです。

ちなみに、琳派についてネットの検索では以下のように紹介されています。

-----------------------------------------------------------------------

【琳派】デジタル大辞泉
 江戸時代の絵画の一流派。俵屋宗達・本阿弥光悦を祖として尾形光琳が大成し、
 酒井抱一などに受け継がれた。鮮麗な色彩や金泥(きんでい)・銀泥を巧みに
 用いた装飾的な画風を特色とする。宗達光琳派。光琳派。

【琳派】ウィキペディア
 桃山時代後期に興り近代まで活躍した、同傾向の表現手法を用いる造形芸術上
 の流派、または美術家・工芸家らやその作品を指す名称である。本阿弥光悦と
 俵屋宗達が創始し、尾形光琳・乾山兄弟によって発展、酒井抱一・鈴木其一が
 江戸に定着させた。

 大和絵の伝統を基盤として、豊かな装飾性・デザイン性をもち、絵画を中心
 として書や工芸を統括する総合性、家系ではなく私淑による断続的な継承、
 などが特質として挙げられる。光琳が宗達を、抱一が光琳をそれぞれ傾倒し、
 その影響を受けている。狩野派や円山・四条派といった他の江戸時代の流派は、
 模写を通じて直接師から画技を学んだのに対し、琳派では時間や場所、身分が
 遠く離れた人々によって受け継がれたのは、他に類を見ない特色である。
 同じような主題や図様、独特の技法を意識的に選択・踏襲することで流派の
 アイデンティティを保持する一方で、絵師独自の発見と解釈が加わり再構成
 されることで、単なるコピーやエピゴーネンではない新たな芸術を生み出した。

 かつては尾形光琳・乾山とその作風を継承した酒井抱一らを一つのグループと
 みなし「光琳派」と呼んだり、その先駆者と考えられる俵屋宗達・本阿弥光悦
 らを含めて「宗達光琳派」と呼んでいた。現在は「琳派」という呼称が一般的
 である。
 
 背景に金銀箔を用いたり、大胆な構図、型紙のパターンを用いた繰り返し、
 たらしこみの技法などに特色が見られる。題材は花木・草花多いが、物語絵を
 中心とする人物画や鳥獣、山水、風月に若干の仏画を扱った作品もある。

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2013年2月17日 (日)

墓守娘

カウンセラーの信田さよ子さんの

さよなら、お母さん 墓守娘が決断する時

を読みました。

なるほど 親離れ・子離れ というけれど 母親と娘の関係も
難しいものなのかもしれません

もちろん、親子の葛藤や 心理的な衝突はどこの家族にもあると思う
そうしたものと どのように距離をとるか 解決をしていくか

もしなやんでいらっしゃる方がいるとしたら、この「墓守娘」の概念は
かなり 役立つのではないでしょうか

ただ どのくらいのボリュームでこうしたことが起きうるのか
私にはわからず、何とも言えないのですが、例えば 家内と娘の
関係で何かおきるのか もちろん 私と息子との将来においても
何か起きるのかもしれませんが そうした事案を冷静にみていく
姿勢を こうした著作から学べたらと思いました

2013年2月14日 (木)

現代アートの自分にとっての座標軸

ギャラリストの小山登美夫さんの新書「現代アートビジネス」
(2008年刊)を再読してみました。

活字の中のギャラリストやコレクターの方々のお名前や
アートフェアの名称が自分にとって、少しだけ身近になってきた
ことを嬉しく思いつつ、

最初に手にしたときからずいぶんと時間が経過していたことを
反省しました。

いつも皆さんからアドバイスをいただくのですが、まさしく
その通りで、行動が重要なのだと思いました。

けれど、その行動ができるようになるまでにも時間がかかって
しまったことを悔しいけれど認めつつ

どの領域においても、これからは時間のロスを起こさないように
挑んでいきたいです。

2013年2月11日 (月)

人的資源管理のその先に

先日、人的資源管理の著作を大量に読み込む必要があり
手当たり次第図書館で借りこんで ドタバタと読みました

その中で、不思議に感じた1冊がありました。

それは 亜細亜大学経営学部の教授をされている
小野公一さんの著書

「働く人々のwell-beingと人的資源管理」

こちらは どの項目においても 働く人のことの福利を意識して
そのための解決の糸口になるであろう指摘(ヒント)が書かれていました。

日頃、働いている立場からすると、さらりと統計結果や冷静な記述が
続く内容を読み解くよりも、自らの視線でこの1冊に貫かれている
well-being(安寧) をどう探求していくかとい課題と向き合うことが
できる点で面白かったです。

2013年2月 7日 (木)

美術展と美術館のオススメ本 2冊

ただのガイドブックではない、この2冊に共通するのは著者それぞれの
長年の職業人生から生み出されていて、かつ緻密な記憶や調査が
行き届いていて 敬服してしまうほどに手元においておきたい本だと
思いました。

平野公憲著 私の展覧会クロニクル1978-2009
これは朝日新聞で文化事業を担当されていた平野さんという方の
ご自身が手掛けられた企画展を通じて起きた出来事、準備の様子
などを克明に記録されているもので、裏側ってこんなふうに
なっているんだあ~と また自分自身が拝見したり、歴史的にも
転機になるような企画展を平野さんが担当されていることを知り
おお・・・と思ったり 飽きることなく読み進めることができました。

飯田郷介著 美味しい美術館 美術館雑学ノート
こちらは建築家として美術館の建設に携わられたことをきっかけに
各地に有名美術館の建築と歴史、またレストランなどを紹介されていて
なぜ原美術館の分館が群馬になるのか・・・といった個人的に
興味があったことの理由がわかったりして有用だったのですが
とにかく美術館の建築史を丹念に調べられていて脱帽してしまいます。
おそらくこれまで出会ってきた建築物の由来について書かれた本よりも
詳しいかと思います。しかも時代背景など社会的な側面もわかりやすく
書いてあります。

これら2冊を読んで、才能をうらやましく思いました。
お二人ともアーティストではないのだけど、際立つ才能をもって
アートの世界にも身をおかれていることを 見習っていきたいと
思いました。

2013年1月29日 (火)

Love × Peace = HERO  <アクションドローイング HERO>

先日、六本木のブルーシアターで公演されている
アクションドローイング HERO を子供とみてきました

■公式サイト
http://hero2013.jp/

韓国の4人にパフォーマーが ダンスしながらおなじみの
ヒーローを描いていく といった内容なのですが

一緒にいった子供たちを 実は横からみているのが
とても楽しかったです

なぜならば、眼を輝かせて見入っていて あ こんな表情が
あるんだなあと 親としては違う感動も味わうことが
できました。

もちろん、パフォーマンスもすごいのですが、観ながら感じたことは
このように 僕らは さまざまな ヒーローを記憶していて
その彼らが記憶に耐えうるのは それが映画の中であれ
歴史であれ 共通した何かがあったから ヒーローになりえたのでは
ないかということです

それは 愛と勇気 まるで アンパンマンの歌詞ではないけれども
あの歌詞はとても残酷だと思うのです、愛と勇気だけが友達なんて
なかなか言えることでは実はないと思ったりしますが・・・
それを子供が口ずさむ、嘘はないのだけれどそんな心持で
人生を歩むことは なかなか難しいと 大人は思うはずです

さて舞台に話を戻すと、ヒーローをコミカルなダンスをしながら
描きつつ、ときに とてもロマンチックな演出もあって
これは LOVE と PEACE を掛け合わせると HEROができあがる
のではないか そんなことを思いました。

それは ヒーローの絶対条件のように思うし、ときにおかしく
人を笑わせながら 真剣に演じる彼らをみていて
彼らのなかにも ヒーローが備わっていて 深く深く
みていくと、これはいろいろなことが学べる舞台なのだと
思いました。

せりふがあれば、そのせりふが空間を左右することもあるけれど
言葉を発しない限りは、その肉体でしか表現はできない。

それは言い換えれば、演じること以上に、素直に演じることが
求められるのではないかと思いました。

この舞台は 2月までやっているみたいです。
本当は春休みに、お子さんとご家族で観に行かれることを
おすすめしたいのですが、そうでなくても ぜひ週末に
足を運んだらいかがでしょうか。

また、バレンタインのデートに恋人どうしで観に行くのも
おすすめかと思います。

観客がステージにあがって一緒にパフォーマンスをしたり
くじびきで プレゼントが当たったり、にくいしかけも随所に
あります。

2013年1月27日 (日)

温泉のある銭湯

品川区や 大田区 には 銭湯だけど 温泉が出ているという
銭湯が以外とたくさんあります

これは とても便利で ありがたいことです

先日も 新馬場の 天神湯 にいってみたのですが なんか
大きなお風呂と 温泉 が 銭湯の料金で楽しめるので お得な
気分になりました。

そんなテイストを少し高級にしたのが

久住昌之著 ちゃっかり温泉 にて紹介されているお風呂かな
と思います。

品川からは 戸越銀座温泉 と 大田区からは 蒲田温泉

どちらも 僕からは遠いのだけど いつか行ってみようと思う

下町銭湯温泉 このジャンルなら僕にちょうどいいかも・・・

2013年1月19日 (土)

英語の名言

英語名言の備忘録

■ダライ・ラマ 14世
If you want others to be happy,practice compassion.
If you want to be happy,practice compassion.

他人の幸せを願うなら、思いやりなさい。
自分の幸せを願うなら、思いやりなさい。

■デール・カーネギー
1.Don't criticize, condemn, or Complain.
2.Give honest and sincere appreciation.
3.Arouse in the other person an eager want.
4.Never show others that you are not interested in
  what they have to say.

・相手を批評しない、非難しない、不平を言わない。
・相手に正直かつ真摯な評価を与える。
・相手のやる気を起こさせる。
・相手が言うことに興味がない素振りを見せない。

2013年1月18日 (金)

亀倉雄策 デザイン随想 離陸着陸

アーティストが文章で語りだすと デザイナーか建築家になるのではないか
そんなことをよく思う。

デザイナーや建築家の本を読むのは好きなので 抵抗感はないのだけど
誰かに感じさせる努力をしていればこそ、その背景や手法、哲学などを
どこかにとどめておきたいという思いがあるのかもしれない。

さて、美術出版社から出ている
亀倉雄策の 新装版デザイン随想 離陸着陸 を読んだ。

印象に残ったのは 氏がお若い時に、神田の古書店にあったある
本を見つけて、だいぶ高価だったようだけれども必要に感じられて
翌日、それを買い求め その本が氏と バウハウス との出会いと
なった。

高名なデザイナーならば当然、バウハウスを知っているといった
思い込みが私にはありましたが、だれでも最初に何かを知るのは
きっかけげがあります。教科書に載っていたということもあれば
偶然、引力にひきつけられてといったこともある。

強い影響を受けた臨場感が伝わってくる文章がとても印象的でした。


2013年1月17日 (木)

ライフネット、出口治明社長の本を読んで

ライフネット生命の 出口社長の本

「仕事は6勝4敗でいい -最強の会社員の行動原則50-」を
読んで

ここに書かれていることは どれもまっとうなことで、自分を持って
しっかりと歩んでこられた方なんだろうと思いました。

そうでなければ 専門書の執筆も実現してはいなかったのでは
ないでしょうか。

当然、今の私にも耳の痛いことがたくさん書かれていて
良薬は口に苦しといったところでしょうか。

2013年1月 4日 (金)

お正月雑感。

このお正月、自慢できるようなことは何もしていなくて
ややもすると家族と一緒にいる時間に流されしまったような
後悔も感じるのですが

だらしない父親をみせておいてもいいのではないか
そんなことを言い訳のようにおもいながらもいました

だいたい実家に戻れば戻ればで 何もすることは
なくなってしまって
孫にとってはいいかもしれないけれど
息子にとっては窮屈なような
そんな いつもとは違う家族のカタチもあり

これも、けして微妙な関係というものではなくて
親になったり、家庭を築いてみると両親の苦労もわかるし
とてもすごいことだと感嘆してみるものの
それ以上になすすべもなく

子供たちが バタバタと田舎の家じゅうをおいかけっこして
走りまわったり、畑に出て秘密基地を作るといったことを
否定せずに たっぷり遊んでいることに あまり文句を
言わずに これもぼーっとみている

そうした数日を過ごした というのが正直なところで
ちょっと焦りを感じるところもあったのですが
そんなふうに過ごしていました

そんな中で、ふと夜 縁側から 道を隔てて前の家の屋根を
みると トタン屋根の上に 霜がおりていました。

冬になれば よく見慣れた光景でしたし、何の変哲もない
景色なのですが、この変わらない光景を維持するのに
どれだけの苦労が人にはあって、来年、同じ光景を見るにも
多くの苦労や頑張りや努力の積み重ねがあるのだろうか
と思いました。

子供のころその景色をみても ああそうか寒そうだと
思うくらいでしたし、どちらかと言えば朝などはその霜の
白さの濃淡で寒さをさぐったりもしていました。
ですから、霜から寒さは感じても社会の不安など想起することなく
守られながら大きくなれたのだと思います。
これはとてもありがたいことです。

一方、同じ景色をみても、大人になってみるとそうは
いかない。不安や不満、心配といったものが多かれ少なかれ
人にはあって、それを克服したり、どうにか乗り越えたり、
負けちゃったけど、また頑張ろうとしてみたり
迷いもあれば、勝てたと思ったり、違う選択をしてみたりと
様々なものがあるのが普通ではないでしょうか。

そして、それはその霜がおりた屋根を昔と変わらずに守って
きたその隣家の方にもあるはずで、何も変わらないように
思えて、実は、人間にとっては大きな変化が常に起きている。
そうしたことをその月に照らされた霜から感じました。

このお正月、多くの方が郷里を訪れて、昔と変わらぬ光景を
ご覧になられたのではないでしょうか。
そのことに何か教訓めいた気づきを得てほしいなどとは
思わないのですが、多くの人にとってそうした慣れ親しんだ
光景が何か気持ちを良くしてくれるものならいいな~と
思いましたし、何か帰省というもののセンチメンタルな部分
にこうした感慨もあるのではないかと思いました。

ちなみに、子供時代の記憶などをもとに何かを紐解いていく
これは 柳田国男の研究手法に多くみられるようです。

年末にちょうど、石井正己さんの『いま、柳田国男を読む』
という本を読んで、これが年末最後の1冊だったのですが、
柳田の生家と出身地の関係を細かく記載されていて、
こんな気分になったのも、この本のせいかもしれません。

2012年12月31日 (月)

メトロポリタン美術館展

東京都美術館で開かれている メトロポリタン美術館展に
行ってきました。

■メトロポリタン美術館展 公式サイト
http://met2012.jp/

4日までということもあれば、年末で少しは空いている
のではと思って あわてて行ってきました

今回の展覧会では 大地、海、空 といったテーマが
設定され そのテーマにそった作品が展示されています。

僕が 第一印象で感じたのは やっぱり 自分は風景画が
好きだなあ~ということでした。

メトロポリタン美術館の豊富なコレクションがなしえる
技ではないかと思うのですが、とても奥深く風景画を
楽しませてくれるので 本当に飽きることなく 1枚1枚の
絵の中に収められた 光の温度とか 風向き、風のにおい
そうしたものを想像しながら拝見しました。

とくに 今回印象深かったのは

ジュール・ブルトンの「草取りをする人々」で
夕焼けを背に 数人の女性が腰をかがめて畑の草取りを
しているものなのですが、僕はこの夕日なかに
遠くの街の教会の鐘楼があるように見えました。

木々を描いたわずかな線描なのですが なんとなく
そんなことを感じて悦に浸っていました。

年末に至福の時間を得られたこと
本当にうれしかったです。

2012年12月23日 (日)

営業をマネジメントする 石井淳蔵著 岩波現代文庫

普段、営業の仕事をしているわけではないのですが
石井淳蔵さんの 『営業をマネジメントをする』を読んで
目からウロコ というか 普段、ビジネスモデルを考える反面
魂を入れていない部分があったのではないかと反省しました。

本書はとても読みやすく 自然とそのプロセスマネジメントの
重要性を説いてもくれていて 身近において 立ち返りたい
一冊と思いました

2012年12月16日 (日)

坂野徹著「フィールドワークの戦後史 宮本常一と九学会連合」

日本大学教授の 坂野徹さんの

『フィールドワークの戦後史 宮本常一と九学会連合』
(吉川弘文館)

九学会連合を最初、九州の学会の連合かと思ってしまったのですが
これは勘違いで

戦後、人類学・民俗学・考古学などの学会が 渋沢敬三
の呼びかけのもと
結集し、対馬や能登半島、奄美などを共同調査したことを
示しています。

この中で、戦後の政治的な思惑と学術調査の関わり、
アカディズムにおける中央と地方の確執

こうしたものをよく浮き彫りにしていて
戦後の民俗学の姿を教えてくれます

また、この中で、宮本常一や 渋沢敬三が 常に
地方の住民のことを意識し、その生活改善のために
心を砕き、実際に行動をされた姿は とても勉強になりました。

思考をする人間の一人として 忘れてはいけないこと
のように思います。

2012年12月14日 (金)

ツェッペリン飛行船と黙想 上林曉著  全集未収録の125編

上林暁(かんばやし あかつき)の 雑記や随筆、全集に未収録の
作品が収められた

『ツェッペリン飛行船と黙想』上林 曉 著 (幻戯書房)を
読んでいる。

昔の文体でまた活字にも旧字が使われてい ところどころを読む
といった感じなのですが、逆にその行間を のぞき穴から昔の
物語を読んでいるような雰囲気と 実際の語り方がとても
親しみやすくて いいなあ~と思いました。

どことなく 都市と農村が入り交じり 優しい眼差しで しかも
気取らずにみている

もしや 自分の文体とも似ているかもしれない、そうしたことも
思ったのだけれど、それは、その文体に憧れを感じたといった
ほうが適切かもしれません。

はずかしながら 作家の名前を知らなかったので、引きこまれた
後に、wikipedia で調べてみると

「尾崎一雄と並び戦後期を代表する私小説(心境小説)の作家」

とありました。また郷里の高知県の現・黒潮町には文学館も
あるそうです。

■上林暁文学館
http://akatsuki.town.kuroshio.lg.jp/akatsuki/index.html

のめり込んで読むには少し怖くて、けれど体感せざるには
いられない。なるほど私小説とはこういうものなのでしょうか。

2012年12月 9日 (日)

松浦弥太郎さんの 暮らしコンセプト

暮らしの手帖 の 現編集長をされている

松浦弥太郎さんの

『暮らしのなかの 工夫と発見ノート
 あたらしい あたりまえ』

松浦さんの生き方、暮らし方が 短い文章で
つづられています。

おそらく、松浦さんも それを押しつけたり
何かするということは 好きではないと思うので
本もおすすめするという書き方はしませんが

どんな方の暮らし方や生き方であっても
それは尊重したいし、そうだよねと思える点は
あると思います

僕自身、この中につづられている文章のなかで

「必要以上に人と会わない」という一文があって

至言かと思いました。

別役実著 『ことばの創りかた 現代演劇ひろい文』

別役実著 『ことばの創りかた 現代演劇ひろい文』

おもしろかったです
言葉が セリフ として 舞台の上で発せられるとき
どんなふうに変化して 演劇的になっていくのか

そんなことを考えるのも面白いと思いました

私たちは 重力のあるところに暮らしている
言葉も 発せられた後は ただただ天空を舞うのでは
なくて やはり 地に落ちるのだと思う

その過程に受けての我々がいる

どんなことが 舞台から発せられるのか
その降り注ぎ方はどんなか そんなことを
イメージして 舞台をみてみたい

2012年12月 8日 (土)

ブリヂストン美術館ナイト

Bridgestonemuseum

先日、ブリヂストン美術館のイベントに行ってきました。
その名前も「ブリヂストン美術館ナイト」

ちなみに、ブリヂストン美術館では、現在
『気ままにアートめぐり─印象派、エコール・ド・パリと20世紀美術』が
12月24日(月)まで開催されています。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/exhibitions/

イベントで、学芸員さんのお話しや、アート鑑賞の世界で著名な
ブロガーの皆さんのお話をうかがったり、作品を鑑賞したり、
写メを撮ったり、楽しい時間をすごさせていただきました。

ブロガーの方々の博識と知的好奇心や探究心からの質問に、
学芸員の方が的確な解説を行ってくださっている様子を
まじまじとみると

ただただぼんやり観ているだけではだめだな~と思いつつも
鑑賞を通じて、もしあんな風な会話を繰り広げられるように
なったら どれほど楽しいかしら と思いました。

また、ブリヂストン美術館の資料やホームページを拝見すると
ファミリー向けプログラムや講座などのパプリックプログラムが
とても充実していて驚きました。

豊富で良質なコレクションを誇る ブリジストン美術館
これからも、様々な鑑賞空間を提供してくれることを
楽しみにしています。

2012年12月 2日 (日)

モンゴル語の文法の本

なかなか 文法が わかりやすく示されている本だと思います。

山越康裕著 詳しくわかるモンゴル語文法


なかなか 入門書では物足りず、逆に学習を断念してしまうことも
ありますが、このくらい網羅されていると 作文なども勉強もできやすく
言葉を操ることが楽しくなるのではないでしょうか。

私的なメモ

忘れないように備忘録

『ダメになる会社』高橋伸夫著

組織の同質化について

参考文献:
米国の社会学者ディマージオ=パウエル
論文「鉄の檻再訪」

佐和隆光著『経済学とはなにだろうか』

ジョルジュ・ルオー I LOVE CIRCUS 展

パナソニック汐留ミュージアムでやっている

ジョルジュ・ルオー I LOVE CIRCUS 展 を家族で
観てきました!

■このブログでの紹介ページ
http://hibiteki.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/10-8231.html

最初、ルオーというと 光と影 がどのように描きだされて
いるのかといったことに 興味を持っていたのですが

実際、拝見すると 僕は サーカスのわくわく感ばかりが
伝わってきてしまい 逆に戸惑ってしまったのですが

これもいいのではと思って わくわくしながら展示を
拝見しました。

また会場の構成や工夫がたくさんされていてその効果も
わくわく感をもたらしてくれたのかもしれませんが

ルオー独特のタッチで それほど派手でもなく静かな
作品であるのにもかかわらず、絵の具のなかに
サーカスの興奮がぎっしりと塗り重ねられているような
そんな印象を持ちました。

観ることができて 本当によかったです。

2012年11月27日 (火)

銀座ミツバチプロジェクト

銀座ミツバチ奮闘記 高安和夫著

以前、銀座ミツバチプロジェクトのお話を 紙パルプ会館の
田中淳夫さんのお話を聞いたことがあって 興味は持っていたのですが
「銀座食学塾」に始まる顛末を 詳しくしることができました。

また、高安さんの 住宅販売の会社員勤めから 様々なことを
お考えになられて 新しい職業を選ばれていった姿もとても
参考になりました。

様々なソーシャルベンチャーがあったり、NPOの取り組みが
ありますが、銀座の土地柄というわけではないですが
落ち着きある取り組みをされたきたことがとても勉強になります。

 

2012年11月25日 (日)

陽明学への招待

大著である

大橋健二著『新生の気学』団藤重光「主体性理論」の探求

団藤重光と言えば、刑法の大家であるけれども
このことと 気学 が上手く結びつかず、興味を持って
本書を手にした

読み進めると、団藤の思想の根底に生い立ちの影響から
陽明学があることがわかった。

読みこなすには時間がかかる上に、朱子学との対比や
西田哲学との比較、ニーチェや三島由紀夫、丸山眞男など
登場人物が豊富で 

まずはそれぞれの思想を熟知する必要もでてきたので
小休止

まずは 陽明学から 少し学んでみようと思った

それは、団藤が生きた時代と その少し先の現代の
混迷が、王陽明 の思想が活かされやすい時代であると
感じさせてくれたからですが

ちょうど 様々なビジネステクニックに触れながら
背骨もほしいと思っていたときだったので
いいタイミングのようにも思いました

この周辺がお詳しい方がいらしましたら
ぜひ、お手ほどきをお願いいたします

追伸:それにしても 著者の 大橋健二氏がすごすぎます。
    機会があれば お目にかかれたらいいなと思いますし
    それまでに知識をつけておかなければ・・・

もう悩まない!「引き寄せの法則」 ボブ・ドイル著

もう悩まない!「引き寄せの法則」

を読んでみた

世の中には 信念と自信のかたまり という人もいるけれど
優柔不断な自分としては 何かいいことでも起きないかなと
他力本願的に 読んでみた

何を本気で望むか それを疑わないことのもたらしてくれる
福利・・・

様々であるけれど、悩んでいる自分もいいな~と思ってみる
のだけれど、振り返ってみると、自分が何か躊躇していると
その躊躇に見合う障害も降りかかってきていたように
感じる

その障害が自分を育てて、やっと何か事をなすに足りる
自分に育ててくれているなら 最初から何も疑いを持たずに
突き進んだほうが、成していくには早いかもしれない

さあ どう進むか この本ではそのように迷ったとき
偉大な先人は、より情熱を傾けられるほうの道を選択した
とあった。

いつかのために、忘れないでおこうと思う

2012年11月24日 (土)

物 物  猪熊弦一郎の玉手箱

いつだったか 猪熊弦一郎の インタビューを観た
丸亀市にある 氏 の美術館で そこにおかれた作品で
遊ぶ子供たちについての コメントだった

芸術と子供の教育のような・・・

もうその氏はいないけれど その美術館ではきっと
その想いが今も息づいているのではないか

そんなことを 猪熊弦一郎があつめた品々であり
これも その美術館の収蔵品である を写真にとり
紹介してくれている本 『物 物』を眺めながら
思い出した

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
http://www.mimoca.org/ja/

この本は眺めているだけで楽しい
写真家の ホンマタカシ と
スタイリストの 岡尾美代子さんのコメントも
また 楽しいし

玉手箱から何か出てくるかなと期待する心もあれば
自分のおもちゃ箱から これだよ と見せる心もあるし
そのどちらも やはり 人間は味わいたいのだと思う

こうした品々を前に 誰かと ぼそっと語れたら
いいなあと思った

この本の底本は 猪熊自身の手なる『画家のおもちゃ箱』が
ある

絶版のようだけど いつか機会があればみてみたい

もし、いま 自分の日常で このように きっかけを
かたれる物があったら ちょっぴりストックしておいても
いいかもしれませんね

そういえば デスクに モンゴル旅行のお土産にいただいた
CHINGGIS と書かれた ウォッカの ミニボトルがある
こういうのでもいいのかな。


転職に悩むときの必読書 石山恒貴著 キャリア採用のプロたちが教える後悔しない転職 7つの法則

転職に悩んだ時に おすすめの1冊をみつけました。

石山恒貴著 
キャリア採用のプロたちが教える後悔しない転職 7つの法則

最近、企業の人事担当者の方とお話をすることがあるのですが、
その考えや想い、もっている専門性を考えると人材会社のカウンセリングも
必要ですが、一度、人事担当者からの視点で転職を考えることは
ムダでないように思います。

その人のキャリアを考えることも重要ですが、実際に入社してから
どうであるか・・・そうしたことをとらえるのはとても大切だと思います。

各章で語られているポイントも本当に親身に書かれているので
参考になります。

転職に迷われている方にはぜひ読んでいただきたい一冊です。




2012年11月15日 (木)

感性で世界を歩いた人 ヨネ・ノグチ

ヨネ・ノグチという詩人をご存知だろうか?
本名は 野口米次郎。
1875年(明治8年)に 愛知県海部郡津島町(現・津島市)に生まれている。

私は、今回、星野文子さんの著書でこの名前を知りました。

『ヨネ・ノグチ 夢をおいかけた国際詩人』彩流社

ヨネ・ノグチとは イサム・ノグチの父親で、1893年に17歳で単身アメリカに
渡り、様々な苦労を経て 日本人で初めて英詩人となった人物。

wikiでも詳しく書かれていますが、この人の海外放浪の人生はすごいと
思いました。

様々な仕事を転々としながら 英語を学び、詩人 ウァーキン・ミラーとの
出会いの中から詩人としての道を歩み出します。

その後、イギリスにもわたり、文壇でも成功しますし、才能に恵まれた方で
あったようです。

その後の、イサム・ノグチの母親になるレオニーとの出会い、
また、もう一人、婚約をしていた外国人女性がいてみたりと・・・

ハチャメチャのような生き方にもみえますが、日清・日露、そして
太平洋戦争と時代に翻弄された部分もありますが、その業績はすごいです。

これからグローバルで活躍したい人にとっても、一つの座標のような
ものが、ヨネ・ノグチの生き方にはあるかもしれまん

2012年11月 8日 (木)

美術にぶるっ!展  東京国立近代美術館 にて -60周年記念特別展-

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竹橋にある東京国立近代美術館の

60周年記念特別展「美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年」
の特別鑑賞会に行ってきました。この時は撮影も許可され、こうしてブログが
書けます。

■公式ページ
http://buru60.jp/

展示内容は、ぶるっ!どころではなくて、好きな絵が多く展示されていて、
絵の前まで駆け寄っていきたくなるくらいの微笑ましい興奮を何度も何度も
味わいました。

それと大好きな 横山大観の 生々流転 もじっくり鑑賞することができて
嬉しかったです。向き合ってみると、自身の心の持ちようを見られているようで
緊張もするのですが、感じたことを見逃さないように必死に拝見しました。

館内は、ちょうど所蔵品ギャラリーのリニューアルもされて、例えば 写真が
展示されているコーナーには 窓のある壁でしきられていて、通路側から
その窓を通じて展示スペースをみると、街のギャラリーを通り沿いから
眺めているような印象をもったり、

皇居側にある休憩スペースも、「眺めのよい部屋」として改装され
なにか一つの作品であるような雰囲気を感じました。

美術館自体は建築家の谷口吉郎氏の作品ですが、その中で鑑賞したり、
作品について端末を使って調べたりする我々も大きな懐の中にいて、作品の
一部として活動しているのではないか、そうした感覚を持ちました。

おそらく、東京国立近代美術館がもつ開館60年という歴史と、
機会あるごとにこの場所に通ってき多くの人の体験が積み重なって、
そうした包容力のようなものを醸し出しているのではないでしょうか。

私が、今回 気に入ったのは 速水御舟の「丘の並木」です。
残念ながら撮影禁止の作品なのでご紹介できませんが、木立が4本ほど
描かれていて、はじめ観たときは軸としては絵の収まりがいいようには
感じられなくて、なぜ、ごれを題材にしたのだろうかと怪訝に思った
のですが、観ているうちに不思議な魅力を感じて、ずっと観ていたいと
思うようになりました。

絵画との出会いは不思議です。
こちらの展覧会は、来年1月14日までやっていますので、ぜひ、
好きな1枚と再会するもよし、新たなお気に入りを探すのもよし、
足を運んでいただければと思います。

ちなみに、12月1日(土)は、開館記念日で無料となっていますので
この日、ご都合のつく方はぜひ!

■開催概要
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名称:東京国立近代美術館 60周年記念特別展
   美術にぶるっ! ベストセレクション 日本近代美術の100年

会期:平成24年10月16日(火)~平成25年1月14日(月・祝)
   午前10時~午後5時 (入館は閉館の30分前まで)
   *金曜日は午後8時まで開館
      *休館日:毎週月曜日(祝日又は振替休日にあたる場合は開館し、
        翌日休館)と、年末年始(12月28日~1月1日)。
        ただし、12月25日は開館。

会場:東京国立近代美術館(〒102-8322 千代田区北の丸公園3-1)
   〔交通〕東京メトロ東西線竹橋駅から徒歩3分

公式ページ
http://buru60.jp/
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2012年11月 7日 (水)

グレン・グールド

週末の夜、昼間子どもと遊び、その時間にしか映画を観ることが
できずに行った映画館でやっていたのが

グレン・グールドのドキュメンタリーだった。

それまでは、恥ずかしい話だけど クラッシクは聴くもの
演奏者まではついていけずにいて(今でも)

それでも、あまりにも個性がはっきりしているし、素人の耳でも
それはわかるから、なるほどこうやってクラッシクは聴くと
面白いと思ったし

その映画の映像美もあわせて この人のをもっと聴きたいと思って
CDを探したりもした

そんな、こんなで グレン・グールドの にわかファンには
なっていて、

朝日新書に出ていた 中川右介(なかがわ ゆうすけ)さんの

『グレン・グールド 孤高のコンサート・ピアニスト』 を手にした。

この本がずるいのは グレン・グールドとあわせて、同時代の
ジェームズ・ディーン や エルヴィス・プレスリー の生い立ちや
スターになっていく物語も 一緒に語られていて

この三人がどのような生い立ちから 階段をどのように昇って
いったかを 当時の社会背景も交えながら紹介されているので

単にピアニストの人生というよりは 音楽史でもあるし
クラシック業界史的な部分があって、ワクワク感が止まることがない
ところだ

そして、さらに脳裏に焼き付いている映画の映像が 活字になって
出現しているように感じられて その光景を思い出しては
またニヤニヤしてしまう

ゴルトベルク変奏曲を 聴きながら家路につこうと思う

2012年11月 4日 (日)

信田さよ子さんの『家族の悩みにおこたえしましょう』

臨床心理士の 信田さよ子(のぶた さよこ)さんの本は
なるべく読むようにしています

それは カウンセラーとして 嘘を言っていないように思うし
例えば 男性でも 女性でも その性差をもとに決めつけたような
発言もなく

事実を客観的に、そして人間の本性とは言わないけれど
こういうときは、だいたいこうなるもの・・・といった部分を
とても丁寧に語られていて理解できるので

カウンセリングの門をたたいて、混乱するよりも まず
何か困っている方がいらしたら 信田さんの本をどれでも
よいので 読むといいのかな と思います。

もちろん、カウンセリングなどの助けは 必要と思えたときに
行動した方がいいと思うし、追い詰められている人には
その自分自身の感覚しかないと思うので他人がどうこうとは
言えないのですが

それでも、もし今、精神的には健康だと思える人がいたら
やはり その時こそ 読んでおくといいと思います。

人は熱気味なことは経験としてわかるし、会社を休むとか
病院にいくとか、薬を買うとか それなりに建設的な
対応ができるのに

心の問題となると 多くの方が そのようには建設的に
踏み出せないし、また建設的な方法というものが 以外とない
とも感じます。

精神修養で論語を読むとか 信仰を持つとか
こうした鍛錬も必要なのですが、これは武器を手にすることで
あって、

何も武器を持たずに攻め込まれてしまった状況が 心の病では
ないかと考えています。

そのように、丸腰になってなおも心を犯されるときに
どう生き抜くかということについて 備えておくことは誰に
とっても必要なことのように思います。

今回、信田さよ子さんの『家族の悩みにおこたえしましょう』を
読みました。

これは、想定される相談に答える形で記載されていますが、
そこの回答内容は、ただ答えるだけでなく、理論やこれまでの
研究事例などの要素もちりばめられていて とても参考になります。

ここの部分は自分の心理的な状態にも当てはまるな・・・といった
部分が、相談内容としては直接関係なくとも随所にあります。

その意味では、読書を通じて心の屈伸運動をしているような体験です。
おすすめの一冊です。

2012年10月30日 (火)

人生に戯曲を

一冊の戯曲を読み終えて

きっと戯曲であれば なんでもよかったのだと思った

本物の人生とは全く違った無責任な物語を
それでも劇作家は必死にリアルティを込めて描ききる

人生に戯曲を
逃避行するにはとっておきの道具

※一冊のモノローグタイプの戯曲
 内容はなんとなく暗くて4人の人物が「死」にまつわる
 制度の関わりの延長線上にいて・・・といったものでした。

 川村毅『4four』論創社 

2012年10月25日 (木)

モンテッソーリ教育と近代建築、鳳凰閣(旧清明文庫)

モンテッソーリ教育の本を読みながら ネットで検索していたら
学研の出損で作られた公益法人が講師の養成を行っていることを
知りました。

■公益財団法人 才能開発教育研究財団
 日本モンテッソーリ教育綜合研究所

 http://sainou.or.jp/montessori/

この団体がたまたま 大田区で 家から近いのにびっくりしながら
以前、児童向けの教室などに使っていた施設が 鳳凰閣という
近代建築物であることを知りました。

■詳しいことが紹介されているブログ
 
【土橋陽子の design life with kids! -こどもと楽しむインテリア】
http://dobako.exblog.jp/tags/%E9%B3%B3%E5%87%B0%E9%96%A3/

鳳凰閣は 清明文庫と言われ、大田区のホームページによると
勝海舟ともゆかりがある建物のようです。

■大田区のページ
http://otaku.edo-jidai.com/107.htm

■日本大学理工学部の調査
http://www.cst.nihon-u.ac.jp/research/gakujutu/55/pdf/I-4.pdf

これらによると、昭和29年に所有者が学研に変わったとのことでした。
そして、東日本大震災の後、耐震性の問題から取り壊しが検討され、
歴史的な価値から大田区に売却。保存が決まったようです。

一つのことを調べてみたら、身近な街の文化財を発見できて
なんだか幸せな気分になりました。

そして何か昔の建築物が そのたてられた意図に似て
子ども場所になっていたことも なんだかよかったです
いまは使われなくなっているのは 残念ですが 保存されることは
やはり よかったと思うし、新たな役割に期待もしてみたいです。

いまは外見しかみれないそうですが、一度、みにいってみたいなあ~

2012年10月21日 (日)

動く美術館 ~没後70年 竹内栖鳳―京都画壇の画家たち~

Sange_3
本来、日本画というと 静 のイメージがあるのですが
昨晩、お邪魔した 山種美術館の

山種美術館
http://www.yamatane-museum.jp/exh/current.html

『没後70年 竹内栖鳳―京都画壇の画家たち』展のブロガーイベントは

静 と 動 が入り混じった 面白い空間でした

本来、日本画を鑑賞していると、動きのない絵のなかから無限の動きを
感じたりするのですから、静と動を固定してとらえる必要はないのですが、
それでもやはり、作品を自由に撮影して ブログやfacebook に掲載して
いいですよ と美術館から言われると

アートが好きなものにはたまらず、何がたまらないのか・・・ といえば
おそらく、撮影しようとするときに、自分が試されているような
どこを気に入ったのか とか ここが好き!とかそうした自己対話が
うまれて そのことが普段の鑑賞とは違った醍醐味を与えてくれるから
ではないかと思いました。

また、ほかの方がこの視点からご覧になられているのか・・・と
感じてみたり、思わず 「いいですよね」 と声をかけてみたくなったり
あまりご迷惑もいけないかと遠慮もしましたが(笑)

そして、その後、会場にお越しの方と語らいの機会を持たせていただいた
のですが、本当は記事をアップするための時間も 愛好家どうしで
話し出すと・・・これは主催者には申し訳ないのですが、会話になって
しまいます。

普段、感じたことを誰かれとも話すことなく家路につく方も多いと
思うのですが、本当は誰でも観た感想をだれかに話したくて
仕方ないのではと思いました。

まさしく、それは美術館が動きだすことで得られた機会であり
これからは 鑑賞者である我々が 動き出す時かもしれません。

美術館が作品との対話だけではなくて、作品や空間を通じて
良質な人と人とのつがりを感じられる場として変容していくことは
とても大切なことではないでしょうか。

そしてなによりも、小さなギャラリーや現代アートのイベントではなくて
これが日本画の世界で しかも伝統のある美術館でおきていることに
大きな意味があるように思いました。

割合と女性の方が多く、当然かもしれませんが、そうした世相もわかり
楽しかったですし、

山種美術館のそもそものアート空間とこれを活かしたイベント
とても素晴らしかったです。

私の気に入った一枚・・・
たくさんあったのですが、散華の一部分を撮りました。
ちょうど、法要で使われる散華を少しだけ集めていて、もしその散華に
まさしくこの絵が描かれていたら・・・と思いました。

竹内栖鳳 の作品は その一つ一つから 言葉が生まれてくるように
感じます。

本当に幸せな時間をありがとうございました。

追伸・・・応挙の虎図にも出会えてよかったです
     描くことを怖がるな!と諭されているように感じて
     なんでもやってみなくちゃ と励まされている気分に
     なりました。



2012年10月19日 (金)

その一食が 一生を左右する

不規則な生活を過ごしている私が紹介するのもへんですが
一家に一冊、栄養士の 笠井奈津子さんの

『甘い物は脳に悪い すぐに成果が出る食の新常識』

これを読むと、もう少ししっかり食事をしよう!と思いますし
とても大切なことだと思います。

2012年10月18日 (木)

メールは二度読まない

メールは二度読まない。 これは 小松俊明さんの

『誰も教えてくれない 一流になれる時間術』の中で

メールの効率のよい扱い方を教えてくれている言葉。

この本、よくある時間術の本の中では秀逸だと思います。

おそらく、時代や組織の流れに逆らわずに進んでいくことを
念頭に書かれていて

多くの読者が 普通の組織人であるとすれば とても役立つと
思います

そして あえて流れに逆らいたい人生を選ぶときには
周囲の人の時間の使い方から その意思を教えてくれる
一冊もあります

書かれていることすべてではなくても
どれか いくつかを 鉄則にできたらいいと思います。

2012年10月14日 (日)

毒になるテクノロジー

なるべく ソーシャルメディア等のテクノロジーがもたらす
弊害についての本は読むようにしています

毒になるテクノロジー

ラリー・D・ローゼン
ナンシー・A・チーバ
L・マーク・キャリアー

この中で特に 私が気になったのは、SNSを利用しているときの
心理面の影響と 様々なデジタル機器を利用して行われる
マルチタスクの影響です。

【マルチタスクのデメリット】

 1.集中しにくい
 2.決断力が弱い
 3.物事が深く考えられない
 4.過度な情報へのアクセス
 5.インターネット中毒
 6.睡眠障害
 7・カフェインの過剰摂取

迫りくる危機、すでに冒されているかもしれませんが
やはり留意が必要ですね・・・

ニーチェの言葉

久しぶりに ニーチェの言葉 に触れた。それもそのはずで、手にした
本のタイトルが、『ニーチェの言葉 Ⅱ』 なのだから。


この中で自分が気に入ったもの。おそらくは正直にいま必要としている
であろう言葉をしるしておく。

時代背景も考慮しなくてはならないだろうけど、それでもやはり折に
ふれてみておくと いいなあと思った。

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 強いのは、常に仕事に打ち込んでいる人だ。
 彼はどんなことが起きてもだじろかない。慌てない。ぶれない。
うらたえない。不安にならない。心配しない。
 仕事によって心と人格が鍛錬され、彼は世間を遥かに超えた
者になっているからだ。

『悦ばしき知識』

 人生のことを考えてもよいが、それは休暇のときにすることだ。
 ふだんは仕事に専念しよう。自分がやならなければならないことに
全力を尽くそう。解決すべき問題に取り組もう。それがこの現実を
しっかりと行きつことだから。

『生成の無垢』「ニーチェ自身に関して」

 若者よ、そこそこの勝利が約束された人生を欲しがるな。安定が
保証された身分を欲しがるな。若者よ、絶えず、絶えず、挑戦し
続けよ。
 百度もトライを重ねる人生を自分の人生とせよ。その挑戦の
中では、失敗が多いだろ。成功は少ないだろう。それでもめげずに
トライせよ。
 失敗と成功の繰り返しに満ちた挑戦の人生こそ、きみが生きて
いるということの証明だ。
 だから、すべてさらけだしてあがき、挑戦の日々を送れ。
 ひるまずにトライし続けたきみの人生は、他の人々を強く
勇気づけるのだから。

『生成の無垢』「道徳哲学」

 耐えがたい苦しさを通じてのみ、人は自分の能力を高める
ことができる。苦悩することによって、最高の生に達する道が
通じる。岩壁を這いながら山の頂を目指す者のように。

『生成の無垢』「道徳哲学」

 人生にはつらいことが起きる。悲劇も起きる。しかし、
苦しいからといって、自分は運が悪いのだとは思わないで
ほしい。むしろ、苦しみを与えてくる人生を尊敬するように
なってほしいのだ。
 いったいどこの軍の大将が、吹けば飛ぶような弱い一人の
敵兵にわざわざ強い兵をそろえた一個師団を差し向けようか。
 だから、苦難は人生からの贈り物だと思ってほしい。苦しみ
によってこの精神が、この心が、生きようとするこの力が、
ますます鍛えあげられるのだとほくそえんでほしい。

『偶像の黄昏』「或る反時代的人間の遊撃』

 自分の運命をつくるのは魔物ではない。
 その行為をしたかしなかったか、最後までなしたか途中で
放棄したか、守ったか、守らなかったか、受け入れたか逃げたか、
捨てたか拾ったか、とにかく自分の行為が出来事を生じさせ、
そこから自分の次の運命が複雑に形づくられていく。
 だから、次から自分に起こってくる出来事は、すべて自分に
ふさわしい運命になっている。そのときにどのようにふるまう
かが、また次の運命的な出来事をつくる。

『哲学者の書』「意志の自由と運命」

 誰かが自分とはまったく別の仕方で生き、別なふうに
感じていることを喜ぶことが愛というものだろ。
 愛は二人のちがいに架ける目に見えない橋だからだ。
 そしてまた、自分の中にある正反対のものに架ける
橋は自愛だ。
 これが、「人を愛すること」だ。

『人間的、あまりに人間的』「さまざまな意見と箴言」

 どういう目標であろうとも、きみの目標は、きみ自身を
超え出たところに置かなければならない。しかも、過去の
人間たちと連なる道の遥かなる果てに。

『生成の無垢』「ツァラトゥストラによせて」

 欠点や弱点というものは実は自分だけの最良の教師なのだ。

『生成の無垢』「心理学的な諸考察」

 書物にどんな価値があるというのだ。
 一冊の本は、ある意味で棺桶と同じではないか。中に
横たわっているのは、過去だらけだ。書物の獲得というのは
過去だけだ。
 ところが、どうだ。過去を閉じ込めただけのこの棺桶の
中に永遠がまだ生きている。
 ここには、海を渡る風が吹いている。砲弾を発射する轟音が
空気を切り裂き、怪物がかんらかんらと嗤っている。

詩「たのしい知識」


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2012年10月12日 (金)

コミュニティデザインへのささやかな注文

山崎 亮 さんの

『コミュニティデザインの時代~自分たちで「まち」をつくる~』
(中公新書) を読みながら

ささやかな 注文を思った

これは 著者にではないし、ある意味、自分になのだけど

当たり前にある地域社会が ビジネスや特定のコンサルタントの
職業の場ではなくて

普通に暮らしている人たちどうしで 切磋琢磨して 少しケンカ
でもしながら 等身大の解を導いてもらいたいと思う

おおよそ 人は かっこいいことを求めるのだけど
かっこいいことの中には おそらく継続できる成功はなくて
とてもとても地道の中に答えは隠れているし

それは 懸命に、そして賢明に生活をしている人の中にしか
解は生まれないと思っている

地域づくりや 街づくり、会社の経営でも 広告手法でも
なんでもそうだけれど 成功事例や だれだれを知っている
といった会話はよくあるが

私たち自身がどうであるか のほうがよほど大切で
どのように生きているか、その生身の感触でしか信頼は
生まれないし、

向き合うことの苦しさを知ることで 人は謙虚にもなれる
のだと思う

コミュニティデザイン そうしたものが当たり前である時代を
ぜひ、普通に暮らす人の手で実現していってほしい

2012年10月10日 (水)

ガルブレイスを読んだつもりになってみる・・・

よく 何かお話を聞いたり、読んだりすると 

「アメリカの経済学者 ガルブレイスによりますと・・・」 といった
引用が語られることが多く

まるで、ドラッカーはこう言っているという場面と似ていないわけでも
ないのですが、それはさておき

ガルブレイスとは?ということで 岩波現代文庫に収められている

中村達也著『ガルブレイスを読む』を手にしました。

主著作から引用されている言葉にはとても共感を覚えるものが
多くあったのですが、それ以上に 中村氏の 経済学史の解説が
とてもわかりやすく、ガルブレイスの批判的精神と相まって、
なるほど 経済学者たちは ある時代の一点をこのように評したのか
という部分がわかり、面白かったです。

もちろん、もっと読み込む必要もあるのですが、経済の上に住んでいる
我々にとって、私たちのあり方を 経済学の視点でとらえることは
無駄ではないように思いました。

それは矛盾を認めたり、さらなる疑問を持つことになるのでしょうが
客観視して 時代を乗り越えていく その胆力を養うのには
経済学は いい学問ではないかと思います。

一方、大学の定員自体では、大方の方が大学に通うことができる時代と
聞いていますが、高校生のころにこうした学問的魅力のはじめを味わう
ことができれば、その後の学生生活も職業人生も大きく違うのではないか
そのようにも感じました。

おすすめの一冊です。

2012年10月 7日 (日)

仕事を死事にしないために 

ビジネスにおいて プロセスというと 様々な意味を抱いて
しまうように思う

人財教育コンサルタントの 村山昇さんの

プロセスにこそ価値がある を読んで この本の内容をもとに

どのような書名にしたらいいのか そんなことを失礼ながら
考えてみた

おそらく 仕事のはかり方 といったタイトルかもしれない。

日常の仕事を測定するのも重要だが、将来の展望にそって
計画することも大切だし ときに 意図を加えることもあるだろう
それらをまとめると「はかる」ということにならないだろうか

そして その「はかる」ことと 働く人のモチベーションの
相関を 生きる価値に照らして導いていくことが
働く人にとっては欠かせないし、そのことを教えてもらったように
思う。

器用に仕事をこなせればこなせるほど、見失いがちでは
あるのだけど そうしたサバイル感が大切ということは
書中の一文からも読み取れるかもしれない。

「自信とは不思議なもので、特に「やっていることへの自信」は、
苦境や不遇の状態に身を沈めているときにこそ育まれることが
多い。なぜなら、人は苦しい状況にあるほど、価値や意味を真剣
に求めようとするからです。言い方を換えれば、自ら信ずる
ものは苦難によって篩(ふるい)にかけられる、ということ
でしょうか。」

自分自身の仕事やこれからのビジネス、社会への貢献
少し恵まれた環境にあってみえていなかった部分があるかも
しれません。少し厳しく研ぎ澄ましていきたいです。


追伸・・・
この本も業務プロセスの改善を考えていて手にしたのですが、
結果的に 仕事とのかかわり方を考えさせてくれるきっかけに
なりました。

つながり力

書名をみて ソーシャルメディアのこれからを知る手がかりに
なると思って 手にした本だったのですが、

結果が出せる人になる「つながり」力
ジョン.C・マクスウェル著

実は違っていて、人間関係やスピーチなどの中で 人とのつながりを
深める方法について示しており、逆にとても勉強になりました。

私たちは 様々な人との つながりの中で、仕事をしたり、普段の
暮らしを過ごしています。

その中で、人とのつながりの強弱について意識しなかったり、
置かれている立場で異なったりするはずなのだけど
いつも同じ立ち位置でいたりすることは無理があって

相手のことを考えながら伝える、または助力するなどして
その方と関係性を構築していくことは とても重要と思いました。

また、そうしたことを意識することで 毎日の仕事も暮らしぶりも
大きな変化が起きそうに思いました。

自分自身、足りない部分かと思ったので、書かれていることを
丁寧に実践していきたいです。

読みやすく、事例も多く、おすすめの一冊です。

2012年10月 4日 (木)

ソーシャルメディアと言葉

斎藤環さんの『被災した時間』-3.11が問いかけているもの

を読みながら ふと考えると あの震災の時、それは今も
まだ現在進行形なのだけど 少し離れたところで暮らしていると
だんだん忘れてしまいそうになる自分がいて

あの震災以降に 言葉 について 多く語られたりしたことが
何か途方もなく彼方の議論であったように思えてしまう

一方で、多くの言葉が ソーシャルメディアを介して
彷徨っている

それらは ある思惑であったり、意図が表出されたものも
あれば そうでないもの たまたまたの科学変化を
もたらす途上にあるものもあれば そうでないものも

その言葉から生身の人間の体臭を感じたり、嗅ぎ分けたり
しながら 気づけばどんどんと その言葉にかろうじて
秘められていたであろう リアルティは失われていく

自分のためだけに 密かな言葉を産みたい

2012年10月 1日 (月)

瞑想のお話 ウィリアム・レーネン氏のCD

瞑想のお話

ウィリアム・レーネンさんの

幸せとチャンスが実現する
10分間瞑想CDブック  の CDを聞いてみました

なかなか瞑想する習慣がないので ただ流しながら いろいろなことを
しているのですが 

そこで言われていることが、普段、友人に相談してアドバイスを
もらったりすることと同じことを言っていて

もちろん、瞑想のイメージすることなどを友人が言うわけではない
のですが、当たり前のことを 静かに考えるのが瞑想なのかもしれない
そんなことを思いました

この本で、はじめて ウィリアム・レーネン氏を知ったのですが
ダイヤモンド社から出ているので それなりに有名な方なのだろうと
思います

2012年9月30日 (日)

アイデアハンター

アイディアハンター この本の良いところは
アイディアを育むためのノウハウが記されていることです。

そしてそれは何か特殊なことをするのでなくて 当たり前のこと
と言う印象を持ちました。

1、興味
2、間口の広さ
3、トレーニングする
4、しなやかさを保つ

けれども 読み込んでいくと その極意のような秘訣はあって

IDEOやピクサーの事例など とても詳しく書かれていて役立ちます。

何よりも、発想や創造力を鍛えよう!というのではなくて
事実や気づきなどのアイデアを 育てたり 選別したりしていく
中でのノウハウが書かれています。

また、他社との会話を重視している点も共感できました。

凡庸な私が ただアイデアを持つだけでなくて、それを実現していく
部分がないといけないし、その力もまた アイデアによって
創出されるのだと思います。

アイデアを人生の味方につける、そうしたことを努力していきたいです。

リーダーの本当の仕事は何か

リーダーの本当の仕事は何か

この本の著者は キャンベルスープの立て直しを行った
前社長兼CEOの ダグラス・コナン氏だ。

この本に書かれていることは どれも正しいと思うし見習いたいと思うが
それが難しくても 語られているすべては 次の文章に集約されている
のではないかと思う

「リーダーシップ関連の文献は、人格形成に大きな役割を果たす試練に
 たくさんの紙幅を割いている。だが、あなたの評判を決定づけるのは、
 数え切れないほどの何気ない日常的な瞬間である。それらにうまく
 対応するには、まずは「どうすれば力になれますか?」という
 シンプルな問いから始めよう。

2012年9月29日 (土)

挑む力 世界一を獲った富士通の流儀

日本の企業に就職することが 例えば大きな企業であっても
下記の本が指名しているように、どこかにチャレンジ精神がしっかりと
受け継がれていることを実感できたらいいだろな~と思いました。

そしてこれからは世界一から世界唯一へ といった
イノベーションも時に必要になるのだと思います。

企業の果たす役割はとても大きいと感じます。

2012年9月25日 (火)

ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス展 が 10月から 汐留で

ルオーは好きで そうそう 吉井画廊の本も読みました!

汐留のパナソニック汐留ミュージアム にも作品が収集されていますが、
大規模な企画展があることを知ったのでご紹介です。


展覧会名:「ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス」展
開会期日:2012年10月6日(土)~2012年12月16日(日)
開館時間:午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時30分まで)
休館日 :毎週水曜日
会場  : パナソニック汐留ミュージアム
公式サイト: http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/12/121006/


なぜルオーが好きなのか 改めて考えてみると 鑑賞しながら
いろいろなことを考えて それがとても等身大受け止めることができる
からかなあ~と思います。それを鏡と一言でいってしまうのは
もったいないようにも感じるのですが・・・

今回の企画展では、サーカスのシリーズの初期作品も展示されるとのことで
何か新しい発見があったらいいな~と思います。

Chirashi

2012年9月23日 (日)

柳宗理の追悼から

デザインという言葉はとても魔法のようなもので
僕自身よく使うことがある

社会をデザインするとか ビジネスをデザインするとか

でも この デザインも 人間の手になるものだから
そこには人間関係があって 父と息子とか その周囲とか

そのことをよく示しているのが 柳宗理 ではないか

そのように 柳宗理の 追悼特集の 本を読んで
思いました。

この本の冒頭に 柳宗理の 「デザイ考」が掲載されて
いるのですが、とても勉強になって、これはどの分野でも
言えるのではないかと思いました。

2012年9月21日 (金)

社会人として大学院でMBAを学びながらの雑感、想い

いまちょうど半年 専門職大学院でMBAを学んでの感想です。

社会人になってから 年齢にもよりますが 大学院にいくことは
やはりリスクのほうが大きいのではないかと思います。

それでも多くの方が学ぶし、リスクに気づくからこそ必死に
ならざるをえない そのように思います。

同じ必死させで学部を過ごしていれば、今頃、教壇に立てたかも
しれない そのようなことを思ったりもします

きっとそれには才能や才覚といった類のものも必要で、
私自身がどうかとは思いますが、少なくとも学問に我慢しなかった
ことは事実です。

結局、その時にしておいたほうがよかったことを先送りにしてきた
結果、今頃、学ぶことになったことをいつも戒めています。

これからの人生で何も取りこぼしたくない、そう思うし、悔し涙で
心はいっぱいです

でもその涙が ときにうれし涙になるような出来事が大学院にきて
たくさんありました

結局、私が最後に行こうときめたのは、これからの1年を
自分の力だけでエンジョイできるかどうか と自問してみて
残念ながら自分の力では弱くでできない、

もしこの一年を学びの世界に身をおけば何か起きるかもしれない
そんなふうに期待したからでした。

でも、そこまでには、様々な夢や希望をもって、机と向き合うような
時間をこれまでたくさん強いてきて やっと観念できたというのも
正直なところです。

ずいぶん不器用にもがいてきたと思いますし、そのもがきは
未だかわりません。

サラリーマンにとって、1年はとても大きな差を生みときがあります。
そしてそれは、直接、家族にだって影響を及ぼすことがあります。

けれ故に、とても怖かったし、この代償をいかに挽回するか
いつもいつも考えています。

願わくば、少しでも社会のお役に立てるように、身を粉に
できるようにと祈りながら

さて、こんなことを書き出すきっかけとなったのは

早稲田ビジネススクールから出ている

『ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門』にの最後のほうに
おさめられていた 法木秀雄さんの経営者の育成に関する文章を
読んで 感じ入ったからですが

より近い境遇にて感じる事柄も多くあるのではないでしょうか。
(早稲田で学んでいるわけではありませんが・・・)

この本は、東日本大震災支援のためのチャリティ講演会の内容を
まとめられたもので、とてもわかりやすく、新しい領域につても言及
されていてMBAの入門書としても最適に感じました。

よき企業人の育成が主題のように感じましたが、企業も大きな
国の屋台骨であり、人材の育成はとても大切です。

一方、企業に背を向けるわけではないけれど、半ば独立した立場で
学ぶ企業人もいて、この立場とは妙にやっかいで、でもその自由さを
良い意味で活かすしかないと思い込んでいます。

最後は、捨てる神あれば 拾う神あり のような出来事に身を任せる
しかないかもしれませんが、そう思ってあまるほどの自信を得られるように
引き続き学んでいきたいと思います。

もし同じような気持ちの方がいらしたら ぜひ仲良くなりましょう。

【参考図書】
ビジネスマンの基礎知識としてのMBA入門
早稲田大学ビジネススクール著

2012年9月17日 (月)

なぎら健壱さんの 『町の忘れもの』

なぎら健壱さんの 『町の忘れもの』

東京新聞に連載されたものを まとめたものだけど
読んでいて楽しい

街歩きをしていて 多少 これはと ウンチク が語れたとしても
実際の体験がないものはやはり上手に説明できないし
ここは先達にゆずるべし

そう思わずにはいられない一冊

アートとは何か

アートとはなんだろ・・・ そんなことがずっと気になって

タイトルだけで選んだ

『でも、これがアートなの? 芸術理論入門』
シンシア・フリーランド著 藤原えりみ訳

を傍らにこの夏を過ごしたのですが、ついぞ読み込めないまま
秋になろうとしています

人間は面白くて 例えば スポーツとは何か
(もちろん、これも定義を語ればあるのでしょうが。。。)

そうしたことは定義せずに、サッカーに興じたり、ゴルフを
観戦したりするのだと思いますが

アートと呼ばれる世界に足を踏み入れる時に 違和感がない人も
いると思いますが、大方の人は さて・・・となるのではないかと
思います

そして一番いけないのは、違和感なくその世界に入るのに
あとから定義を求めてしまうような行為で

これはある程度観たり、聴いたりしているのだから
何かそこには意味があるだろうなどと考えていくと
そこには迷宮しかないのかもしれません

結局、この芸術論を読破するという試みは完全に崩壊したのですが

それでも 芸術とはこういうものかもしれない
と感じたのは

森美術館で開かれている「アラブ・エクスプレス展」の会場を
巡りながら、その作品と解説のボードを読んで

この解説がとても 作品のことをよく書き表していて
書かれている作家の意図と 本当の作家の思いや意図、苦悩などの
本音の部分とに どのくらいのかい離があるだろうか、
またはないだろうか と考えていた時に

作家の思考プロセスと表現能力それらに思いを巡らすことで
もう一人の自分や または もう一人の他人の存在に気づくことが
アートなのではないか そんなことを考えました

無論、答えのないモノ ということが前提なのですが
あえて なぜ 自分がそうしたものに触れようかと言えば
今は そうなるのかもしれない・・・と思いました

2012年9月14日 (金)

鶴見俊輔の本をよみながら

いま、鶴見俊輔を読んでいるのですが、この一節が目に留まりました

「今回の事故は民主党政権に先立つ、長期間にわたる自民党政権が用意し、
 実現したものである。そのことさえも一時的に忘れて、テレビ、新聞は
 現政権批判に熱中する」

これは東日本大震災と原発事故についてですが

私たちは冷静に学ぶ必要があるのではないでしょうか。

例えば 民主党政権になってから 贈収賄のような事件が起きたでしょうか。

自民党政権の時は 多かれ少なかれ 日常茶飯事だったのではないでしょうか。

小沢氏の裁判云々は そもそも過去のもので 民主党政権とは関係が
薄いように思います。

私たちは マニュフェスト以前に そうした政治の在り方を選んだのでは
ないでしょうか。

特出したカリスマ性のあるリーダーを選択し、振り回され、疲れ
それよりも まずは ゆっくりと調整してくれるようなリーダーを
選んだのだと思います。

地方自治の世界を見ると良いと思います。
様々な目立つ首長がいましたが、みな目立つことをして、その後がいい加減
ではないかと思います。

自治体は首長のおもちゃでも レジャーランドでもありません。

その地域で 必死に暮らす人々を真心をもって救うのが本来の役割です
首長の夢や国政への興味から行うものではありません。

そうした意欲も必要ですが、それは、普通の市民が 普通に政治を行う
という状況の中から特出したものでなくてはならず

そうした社会も実現できない国民どうしで美人投票をしても
あまり意味はないのではないでしょうか

鶴見俊輔の本をよみながら、ある時代、思想を追い求める人々がいたという
ことに気づきました。

今もあると思うのですが、あまりにも経済的な指標の中で、浅い議論が
多いようにも思います。

私はどれだけ成功するかも大切ですが、一方で 普通に暮らすことが
どれだけ大変かということを思います。

普通に次の世代に ファミリーツリーをつなげていくかがどれだけ
大変なことかと思います。

人の一生はあまりにも短いです。その中で何を遺すのか、それがどのような
ものであっても、最後は生命に行き着くのだと思います。

それ故に、どのような境遇にあっても無償で社会に貢献していく時間が
人には必要なように思います。

事業を起こしての社会貢献はその人が生きるためであって
それだけで世間は納得はしません。

貧しい中であっても 利にならないことを しっかりする
そのことが その人を輝かせるのだと思います

私自身、何がどこまでできているのかわかりませんが
必死に事業を追い求めている時だからこそ それを忘れたくはないと思います

実際にボランティアもしていますが、その責任も大きいのですが、
それでも、まだまだ思想を深められてはいません。

もっともっと学んで、誰かに寄り添えるような そんな修養を積んでいきたいです。

2012年9月11日 (火)

いまごろですが、クラウド・・・

クラウドのことを真面目に知ろうと思って いろいろと本を探してみました。
そこで みつけたのが、

元富士通で 現在、大阪成蹊大学の 加藤英雄教授の書いた

決定版 クラウドコンピューティング サーバは雲のかなた (共立出版)です。

大手事業者の提供するサービスや、クラウドの公共分野での活用などの
事例も豊富で役立ちそうです。

2012年9月 9日 (日)

マインドマップに疲れたら・・・

マインドマップに疲れたらフィッシュボーンがいいのでは
そんなことを 

考えがまとまる!フィッシュボーン実戦ノート術
駒井伸俊 著

を読んで思いました。

発想をするということではマインドマップかもしれませんが
物事の相関をみていくときには 軸が一つあって これを
使い分けていくこということが重要な気がします。

もちろん、本ではフィッシュボーンを使ったアイディア発想法
も紹介されていますので、これも有用だと思います。


ちなみに マインドマップのビジネス用テキストはこちらですね
久しぶりに読み返していますが、マインドマップを書いているうちに
忘れてしまっていたこともあって 勉強になりました

2012年9月 7日 (金)

一流の人に学ぶ自分の磨き方

スティーブ・シーボルド の 一流の人に学ぶ自分の磨き方

この本では 一流の人はこうで、二流の人はこうだと・・・ そうした
対比がたくさんあって

それぞれを読むと 自分はどうだろう、この部分は一流、でもこの部分は
どうみても二流、いや三流以下かもと 反省も多い

そのすべてを本の通りとみなくても バイブルを読んでいるような感覚で
手にするとよいのかもしれない

2012年9月 5日 (水)

市民がつくった電力会社

田口理穂さんの

市民がつくった電力会社
ドイツ シェーナウの草の根エネルギー革命

ドイツ人の考えることってすごいと思いました。

日本でも地域ファンドを組成して風力発電が行われている例が
ありますが

出来ればこれからの電力くらい市民の力で賄いたいと思わずには
いられません

例えば反原発のデモに参加しながら、みんなで100円ずつを
積み立てても、その基金をもとに何かできそうです。

2012年9月 2日 (日)

枝廣淳子さんの視点

たまたま 読んでいる2冊の本が 環境ジャーナリスト 枝廣淳子さんに
かかわるものでした。

1冊目は ご自身の アラン・アトキソンさんとの共著

「GDP追及型成長から幸せ創造へ」 で

もう1冊が、夏休みに子供とどこにいくかと図書館から借りてきた

「TOKYO研究所紀行」でした。

「TOKYO研究所紀行」は その名前のとおり、大学や国の研究機関や
企業などの研究所を紹介している1冊で そこにコラムとして枝廣さんの
コラムが収められていました。

そのコラムで、ドネラ・メドウズさんの『成長の限界、人類の選択』にて
書かれている 「世界を望ましい方向に変えていくために私たちに必要な
5つのこと」が紹介されています。

■「世界を望ましい方向に変えていくために私たちに必要な5つのこと」

1)ビジョンを描く
2)ネットワークを作る
3)真実を語る
4)学ぶこと
5)愛すること

また、もう1冊の「GDP追及型成長から幸せ創造へ」では

最近の日本での価値観の変化を次のように指摘している。

■三脱の動き
 1)暮らしの脱所有化
 2)幸せの脱物質化
 3)人生の脱貨幣化

この2つの本のわずかな記載しか 引用はしませんが、
それでも現代人の生き方を示してくれているように思います。

ただし、これは流行を作ることでも、それを追いかけることでも
なくて、どうした世界に自らが暮らしたいかの問いかけでも
あります。

ぜひ、じっくりと多くの方と考えていけたらと思います。

2012年8月29日 (水)

第3の案 にみつけた言葉 「奉仕」

スティーブン・R・コヴィーの 第3の案 に

書かれていた言葉

-----------------------------------------------------

二次的成功―金や社会的地位―を性急に追い求めると、
一時的成功―私たちが奉仕する人々の愛・信頼・感謝―がもたらす
はるかに深い満足をまったく得られない大きなリスクを冒すことになる。

私たちが地球上にいるのは他社に奉仕するためだと、私は思ってる。
神が私たちに期待しているのは、神に代わって他の同じ人間を手助け
することではないだろうか。

私たちは助けを求めるだれかの祈りに応えられるかもしれないのだ。
神から授かった良心によって、神の子らを物質的にも精神的にも祝福
することができるのだ。

私は、幸福を長く続けさせる鍵は奉仕であると思う。奉仕こそ人生の
真の成功を測る基準なのである。

まるで機械のように、このような成功をほとんど感じることなく、
死によってスイッチが切られるまで、張りあいもなくつならない
日々を過ごす人もいる。機械の単調な日々を避け、ずっと遊んで
暮らす人もいる。

しかし、第3の案の人生を選ぶ人もいる。彼らは、他者の幸福のために
より高い、より良い貢献をしようと、生きている限り努力する。

これこそが、人生において「なすべきこと」なのである。

-----------------------------------------------------

第3の案自体は、例えば、発想法や人付き合いといった学びの中からも
これに類似するアドバイスはあったと思います。だから改めて読む必要は
ないと思いましたが、この言葉には共感しました。

でも、いま様々なことを考えてみて、安定した暮らしがあって
やっと奉仕も行動に移せるのが実情かと思います。せめて落ち着きがある
暮らしの中にいられるうちに、多くの奉仕を実践していきたいと
思いました。

2012年8月27日 (月)

ノマドライフ

本田直之さんの ノマドライフ

ここに書かれいている おすすめな生き方 は、ハイコンセプトで
言うところの、クリエイティブクラス な生き方かと思う

何よりもすごいのは、こうした英語で言うところの遊牧民(nomado)の
言葉を発掘してきたところ。

そして、真面目に語ってくれていると思うのはトレンドを追うのではなくて
しっかりと準備をすることをすすめてくれていること。

【ノマド、6つのフェーズ】

フェーズ1 ベース構築期
フェーズ2 方向性の模索期
フェーズ3 未来につながる実績を残す時期
フェーズ4 転換期
フェーズ5 実践期
フェーズ6 シェアの時期

アカデミーヒルズでの講演の様子
http://www.academyhills.com/note/opinion/12061807NomadStyle.html

2012年8月19日 (日)

東京都美術館 おすすめ情報

リニューアルオープンした 東京都美術館で

「東京都美術館ものがたり」展 やってます。

無料で かつ 面白いと思います。

なかなか行くことができないのですが、本邦初

日美滴的ツアー といったら 誰か来てくれる人
いるのでしょうか・・・

■会期:2012年7月15日(日)~ 9月30日(日)
■会場:ギャラリーC
■休室日:毎週月曜日、7月17日(火)、9月18日(火)(ただし、7月16日(月)、9月17日(月)は開室)
■開室時間:午前9時30分から午後5時30分まで(入室は午後5時まで)
■夜間開室:9月21日(金)、28日(金)を除く毎週金曜日は午前9時30分から午後8時まで(入室は午後7時30分まで)
■観覧料:無料

http://www.tobikan.jp/museum/2012/tobi-story2012.html

2012年8月11日 (土)

原田正純さんのこと

ボランティアをしている団体で 長年お世話になっていた方がお亡くなりになり
訃報の準備などをしていて

おそらくその方の関係で、よく会合があると私学会館を利用していて
いつもその前を通ると、その方を思い出していたのだけど
お元気そうだったのに突然だなと思った

そうした事務作業の文案調べもあって、ネットで「訃報」を調べてみると
水俣病の研究と患者の方の救済にあたられていた 原田正純さんがお亡くなりに
なられていたことを知った。

http://www.asahi.com/national/update/0614/SEB201206140006.html

授業のあと、先輩と飲んだ帰りか 遅く帰宅したまま テレビをつけると
たまたま 水俣病の番組があって その主人公が 原田さんだった

それまで何も知らなかった私は、こんな人がいるのか・・・と
そのまま見入っていたし、自分の課題意識と懸命に闘わせて
さらには 原田さんの生き方にも考えをめぐらしてといった作業を
繰り返していたので テレビから流れてきた 原田さんの語り口や声の特徴を
いまでも覚えていて

気づけば あの番組が追悼番組であったことを今知りました。

その後、ネットで検索してみると そのお人柄がいくつもの控えめな
エピソードから語られていて 学ぶことが多くありました。

これらのことは忘れないようにしよう、そう思います。

以下 ひとりごとです・・・

----------------------------------------
人は知らず知らずに今日を生きている。
そのことの評価を後に欲するのか、欲しないのかは
わからない。でも、たぶん欲するのだと思う。
それなら今日をどう生きるのか
----------------------------------------

2012年8月 9日 (木)

子どもが眠ったあとに・・・

ヒルティの 『眠れぬ夜のために』ではないが

『子どもが眠ったあとの1分間だけ読む本』 海原純子・著

この本はどちらかと言えば母親向けの読み物なのだけど
父親が読んでもいいのではないかなと思った

それは 母親の心の葛藤や疲れ、焦りなど様々を
知ることができるし、おそらくそれは日常の暮らしの中で
肌で感じながら どうすることもできないようなまま
通り過ぎてしまうものが多いのだけど

それらと向き合うことの必要性を諭してくれるように感じた

いつの時代であっても、人間がラクに暮らすことができた
時代はないだろう

だから現代は・・・とは言わないが 現代の生きにくさの
すべてが どこか 子育てに凝縮はされていないだろうか

子供を得ようが 得まいが、結婚しようが、しまいが
それは構わない

ただ、なんとなく身近に子どもとくらしてみると
じつは 子供は「線引き」のようなもので 大人をそれなりに
まっすぐ導いてくれる存在ではないかと思う

例えば 学校があるから 親も寝坊はしない・・・なんてことや
休みの日に公園えといざなってくれる存在かもしれない

2012年8月 6日 (月)

モンゴルを知るための65章

金岡秀郎さんの モンゴルを知るための65章 の改版が出ていました。

読んでみると 歴史から現代の政治経済まで 丁寧に わかりやすく
書かれていて、モンゴルを知るにはよい本と思いました。

まだ しっかりと読めていないのですが、ちゃんと読書したいと
思います。

2012年7月25日 (水)

新型うつ と戦おう

社会が病気を作るとき そしてそれにおかされると
抜け出すのが精一杯で、そうした社会を変える力まで出ないかもしれない

でも本当はそうした苦しみを感じた方に 次の社会を作ってもらいたいと
思っています

そして、その時にもう一度、自分の弱さをみつめて克服してという
作業を繰り返すことで 心の安寧も得られるのではないでしょうか

ここでの 弱さ とは 弱い人を特定するものではなくて
誰にでもある 弱さ をみつめるということでしかないのですが・・・

さて、見波利幸著『「新型うつ」な人々』 を読むと

誰にでも 新型うつ がなりやすいことがわかりますし
ストレス耐性をいかに身につけるかも アドバイスがあって
とても参考になります

自分を救うために 他人を傷つけるよりも
みずからが苦しみを得る時のことを考えて 知見を増やすし
備えることがなにより大切ではないでしょうか

読書メモ
------------------------------------------------------

人の3つの状態

1)自分で目標を設定し、それに向かって今自分がどこを
  歩んでいるのかが明確に意識できる人

2)明確なものは見えていなくても自分の将来に対する明るい
  期待感を持っている人

3)上記の1)2)を何一つ持っていない人

このうち 3) の方が メンタルの不調を得やすい。
目標を持つことは「自分はどういう人間なのか」ということが
わかっていないと考えることはできない。

自分自身を振り返って そこからみつけていく。

------------------------------------------------------

2012年7月23日 (月)

ダライ・ラマ14世 傷ついた日本人へ

ダライ・ラマ14世の 『傷ついた日本人へ』

東日本大震災の被災地と高野山を訪れた際の講演などを
記録したものです

この中で、因果のルールと、カルマの影響、これは輪廻を前提と
しているのですが、そうした部分に興味を持ちました

因果の法則
1)因がないところに果は生じない
2)不変からは果は生じない
3)因には果を生み出す素質がある

カルマ

「煩悩が強く、悪い行いを続けた人であれば、その悪いカルマがより
卑しく苦しい来世を呼び寄せます。逆に煩悩をなくそうと努め、
正しい資質を身につけた人は、よりよい生をうけることとなる。
(中略)
過去に悪い行いをしたら、新たによい行いをすること。そうすれば、
悪いカルマを、新しいカルマで減じることができ、よい縁起を
増やすことにもなります。」

なかなか 良くいきることは大変ですが がんばりたいです

2012年7月19日 (木)

見城徹/藤田晋 『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』の超読後感

見城徹/藤田晋 著

『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』

流行りもののような本のなかに わざとメモをノートに
残さないようにしておこうと思った言葉をみつけました

きっと すぐに忘れてしまうかもしれないし
心の底に残り続けるかもしれない

けれども それを 覚えていたり 実践できたり
あるいは気づかなくても それを自ら具現できていたら
それでいいかもしれないとも思った言葉でした

きっと素質はあるかもしれない だけど
磨き忘れているような フルマラソンの給水ポイントで
そこを通り過ぎるか はたまたしっかりとドリンクを
手にできるのか

自分自身が途上にいる そのことをじんわりと思いました

この本の中で 見城徹氏が 吉本隆明の詩を引用していて
一方で文学とはすごいし、文学や教養や人を強くしている
ことも示していると思いました。

そして何よりも覚悟が必要なのですが、その覚悟を
研ぎ澄ませていったのも また 文学や教養ではなかった
でしょうか。

またそのこから、本当に文学や教養を語るにも
研ぎ澄ませた日々が必要であるといった逆説も
成り立つように思います。

吉本隆明の名前をみると、テレビでみた 舞台の上に
おかれたベッドにいて講演を行う氏の姿を思い出します

またその言葉を背に戦う人がいたこともこの本から
知りました。

知性のうねりのなかに、自らのビジネスを立てていきたい
そのように思いました。

2012年7月16日 (月)

社会のなかに潜む毒物

「社会のなかに潜む毒物」

身の回りの 薬や 容器などに潜んでいる毒物のお話しです。

なかには アメリカの死刑執行で使われる毒物が品薄になっている
といった お話しまで

とてもしっかり丁寧に書かれていて 好感のもてる本でした

2012年7月15日 (日)

みたままつり 行ってきました

Facebook上で 友人の多くが みたままつりに行ってたので
なかには ちょうちんの 献灯もされていたり・・・
すごい!

ということで 近くに用があったので夜行ってみました。

とてもきれいである一方、遺族会からの献灯などをみると
遺族の方も高齢化されているのだろうな・・・とか

さまざまなことを思いました

夜なので 若い人で 結構にぎわってもいましたし
どこか戦争を感じさせる雰囲気も当然あるわけですが

ふと思うと、どのような形であっても、戦中の様子を広く
市民に伝える場所として 機能している施設が、
あまりなくて、広島や長崎の原爆についての施設や
沖縄の施設を除くと

とくに東日本エリアにおいては、靖国神社のような
存在しか見当たらないのではないか

昭和館やさまざまな施設があることはわかるのですが、
ふと通りがかりに、そのことを知らしめてくれるような
存在として思うと そう思うのです。

なかなか難しい問題ではあるのですが、もしかしたら
これからは 英霊の場所 だけではなくて
事実を語る場所としての役割も果たしていく可能性が
あるのではないでしょうか。

みたままつりは 失われた命を慈しむおまつりのように
思います。その事実と向き合うことも私たちのつとめで
あるように感じます。

«鈴木秀子さんの本から 死と向き合うこと

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