2012年2月 1日 (水)

小暮太一著   いまこそアダム・スミスの話をしよう

小暮太一さんの

いまこそアダム・スミスの話をしよう
目指すべき幸福と道徳の経済学

最初は分厚い本に敬遠したのですが 読んでみると 字も若干大きくて
わかりやすく アダム・スミスを解説してくれる一冊です。

アダム・スミスの著書 「道徳感情論」「国富論」など 気づくと
タイトルからのイメージ想起が強烈で、新自由主義をみまがうばかりの
思想をイメージしたのですが

本来、アダム・スミスがどのように話しているかを丁寧にわかりやすく
解説してくれています。

おそらくアダム・スミスを、この本を参考に僕なりに解釈すれば

健全な思想で経済を回していこう!となるのかなあ などと思いました。

その経済を独立した学問にしてくれたのも アダム・スミスの大きな貢献でもあります。

2012年1月28日 (土)

たざわ湖スキー場のビジネスモデル変革

たざわ湖スキー場のビジネスモデル変革の取り組みを

『ビジネスモデルのグランドデザイン 顧客価値と利益の共創』
川上昌直・著

にて知りました。

たざわ湖スキー場

http://www.tazawako-ski.com/index.html

レストランの改善、また、途中で帰る際にあまったリフト券の
キャリーオーバー制度など

従来になかった工夫と取り入れること、またこれは本書を読んで感じたのですが
ある程度、できることは同時に行ったほうが効果が出やすいのではないか

出来ることからやっていくことが重要ですが、インパクトがあることも
また重要のように感じました

ちなみに、この本では、ビジネスモデルを細かく分析していて、様々な領域で
ぜひ考えてみたいと思いました。

■ビジネスモデルの定義
 顧客に満足をもたらしながら、利益を生むために調整された仕組み

■ビジネスモデルの3つのスキーム
 ①顧客価値創造
  ・顧客は誰か?
  ・何を欲するのか?
  ・どう表現するか?

 ②価値提供
  ・誰が補完するのか?
  ・何が強みか?
  ・どう構築する?

 ③利益創造の3スキーム
  ・誰から利益を?
  ・何で利益を?
  ・メカニズムは?

とても役立つ一冊と思います。

2012年1月26日 (木)

ニューアバニズム

三浦展さんの

郊外はこれからどうなる?
東京住宅地開発秘話

を読む。

自分自身が、なかなか西武文化から抜けきれずにいるなあと
改めて実感

この本の主題とは違うのだけど 三浦さんは パルコで マーケティング情報誌
『アクロス』の編集長をされていた方で そこにある意味君臨というか
時代を体現もされた方と思うのだけど

ぼーっと高校生をしていた自分にだって 何か静かに価値観のようなものが
迫り来て 別に東京の郊外に住んでいたわけでも 山の手に住んでいたわけでも
ないのですが

今だって あまり都会じゃない 品川の隅のほうに住んでますが 文化的な
きどりがほしいわけでもなく・・・

それでも 西武文化 から いつ抜けきれて 新しい文化が どんなふうに
つくられるのか、若い人の価値観は違うのだろうけど でも抜け切れてはいない
のではないか そんなことを 考えてしまいます

もしかしたら これからの 郊外のあり方に そのヒントがあるのかも
しれません

本書では 海外の事例として ニューアバニズム が紹介れています。

これは、ピーター・カルソープというひとの

The Next American Metropolis:Ecology,Community,and the American Dream

邦訳『次世代のアメリカの都市づくり』 にて提唱されているものだそうです。

※この本の まえがき がとても良いとのことです。

ピーター・カルソープ
アンドレス・デュアニー
エリザベス・プレイター・ザイバーグ らが提唱していて 後ろ2人で
DPZと呼ばれているそうです。

これらは、日本においては コンパクトシティへの続くようですが、
そうした外側ではなくて 内面を変化させていく部分に 何か次の時代への
ステップが隠されているように感じます。

2012年1月22日 (日)

陰の都 吉野光著

とても面白い小説です

美術の世界や 様々なものを包んで ある世界を深く丁寧に描き
その骨格の中で しっかりと人間模様を描いている小説です

奥行の取り方が素晴らしく 無駄のない描き方がすごいです

2012年1月21日 (土)

キャズムを埋める成長戦略

ジェフリー・ムーア といえば キャズム だけど
同氏の

エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略

を読む

ひとことではとても言い切れないけど
企業のおかれている状況を冷静に観測して
例えば、自分のおかれている状況を見極める

といったときに実際に応用してみると
意外とわかりやすいのかもしれないと思った

森のイスキア、鈴木昭男、ミナペルホネン・・・  わたしのはたらき 西村佳哲さんの取り組みから

生き方を貫くより、働き方に筋を通すと結果として
生き方が定まるのではないか

そんなことを

働き方研究家の 西村佳哲さんが 奈良県立図書情報館で2009年から3年間
開いてきた 自分の仕事を考える3日間 というフォーラムの内容をまとめられた本
(今回 読んだのは その 2011年の記録)を読んで、そのように思いました。

ここに紹介されている方の一部 とくに 見習いたいと思った方

■鈴木昭男 サウンド・アーティスト
 http://www.akiosuzuki.com/

■佐藤初女 森のイスキア
 http://www.geocities.jp/yuki_no_isukia/frame.html
 http://www.geocities.jp/yuki_no_isukia/mori2.html
 http://www.ntt-f.co.jp/fusion/no27/tokusyu/tokusyu.htm

■皆川明 ミナペルホネン
 http://www.mina-perhonen.jp/
 http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2003/01/post-42da.html

2012年1月19日 (木)

ゲゼル王物語 モンゴルの英雄譚 野中恵子著

モンゴルのことに興味を持っているので

ゲゼル王物語 モンゴルの英雄譚 野中恵子著 を読んだ

モンゴルやチベット、中央アジアでで広く親しまれている英雄の伝承のようで
読みながら どんどんと引き込まれていく 不思議な物語でした

神も人も獣もすべてが等しく会話する これは遊牧の民の価値観や生活様式が
うかがえる面かもしれません。そうした素朴さにあこがれているので 余計に
引き込まれたかもしれませんが、奇想天外な物語の展開そのものにも魅力は
あると思います。

勧善懲悪、人間の弱さや強さもよく描いていて、何度読んでも飽きない、
また何度読んでも異なる感じ方ができる物語です。

これこそが口伝で古くから伝わってきた英雄の生命のような魅力では
ないでしょうか。

また、著者の方の「あとがき」の文章を読んで、この物語への愛のようなものを
感じられて、そうした訳者の手を経て伝えられたことにうれしさを覚えました。

著者の 野中恵子さんにも 機会があったら ぜひお話をうかがってみたいです。

2012年1月15日 (日)

書行無常 藤原新也著

先日、電車の隣に座った人が おもむろに写真集を広げた
別にAKB48とかではなくて モノクロのスナップだ

写真集って 珍しいなと思ったのと 写真家は誰だろう
とすごく気になった

まあ 隣だから なんとなく目に入るし、写真集を
電車で観ようとする人、ちょうど書店で買ったのか
知り合いからもらったのか とにかく その持ち主は
どんな人だろうなどと思ったり

普通に 自分が 写真集を手にしたり、写真を観に行ったり
するのと違って

逆に様々な関心が沸き起こった

そんな顛末があったからか知らないが、

藤原新也さんの 「書行無常」 を読んだ

その土地に行って感じたことを書にして その作品と
その土地が撮影されているのだけど

中国で撮影されているものは なんとなく 無印良品の広告ポスター
のように感じられて

逆に そのほかの 宮崎の口蹄疫の傷跡や 東日本大震災の被災地など
はとても心に響く

最初は 書体の荒々しさから 拒否感もあったのだけど
写真のトーンの優しさ 一方で ゆるぎない冷静で覚悟のある画角、
写真の後につづられている解説文を読むと

真摯に被写体とその背後にある物語に向き合ってきたことがわかり
それらに直面して吐き出された言葉の重みにうならざるをえない

思えば 感じた言葉を書にしたためる
このブログも たまにそうしたことを書いているけど
そうした行為が写真を通じて 芸術の域で 1冊の本となっている
うらやましくも思った

2012年1月14日 (土)

目次だけ読んでも役に立つ本  小山昇著「経営の心得」

このブログの1,000記事目 ひょんなことから 株式会社武蔵野 小山昇さんの

「経営の心得 最高の社員を育てるリーダーの決断と行動」の紹介となりました。

この本は目次に書かれている見出し

例えば 

「会社の欠点を直すことに力を注ぐとバイタリティがなくなる。」と書かれていて

この一文から どういう意味か・・・と想像してみる 自分の会社に当てはめてみる
知人が経営する会社で考えてみる 自分が社長だったらどうか・・・などと

考えをめぐらせると よい学びと 気づきが 得られると思います。

一方、その作業を繰り返すと 小山さんが 非常に 経営の中で 「しくみ」を
作ること、自然と 「しくみ」が生まれる流れをつくることに意識を注いで
いらっしゃることがわかります

また、事象を プラスの面、マイナス面と双方をみて どちらを選ぶかと
見極めを行っていらっさしゃるように感じました

たまに読み返してみて そのたびに 問答してみようと思います。

吉澤ゆかさんの 1本線ノート術

吉澤ゆか さんの 1本線ノート術

とてもシンプルで すぐにできて いいなあと思いました。
ノートの真ん中に 縦線をひいて インプットとアウトプット 行動計画を
具体的に書いていく

経歴や冒頭のお話で 苦労の中から このノート術で成功をつかまれた
そのようにも思いました

ただ真似てみる というのもよいし、こうした姿勢を真似て自分の
ノート術をあみだしてもよい

また、何よりも行動にすばやく動く実行力の部分 これが肝心と
ちょっと自分に言い聞かせてみました。

Facebook の本

いまさらですが Facebook の本

熊坂仁美 著

Facebook を ビジネスに使う本

ふと思うと、ブログにツィッターにFacebook 徐々に入門本のたぐいも
いらないように 簡単に続けられるツールが 登場しているのでは
ないかと思った

そうはいっても やはり特性や コツ、秘訣はあるもの

本書で紹介されていた ファンページの運営で大切な3つのC

1、コンテンツ=ファンと何を共有するか
2、コミュニケーション=ファンとの会話
3、コンテスト=競争意識

ご参考まで

2012年1月12日 (木)

一般意志2.0 東浩紀著

東 浩紀 さんの 一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル を読んだ。

感想をどうと言えるほどの立場にはないけれど、もともとルソーの人間性
みたいなものは好きで 自分も似ているかも まあ これも簡単に言うと
語弊はあるけど でも 彼の気持ちは想像できるし その考えも
わかり それが いまの ネットの状況に表層しているという着目は
面白いと思った。

一般意志の表れは、ネットに限らず KY などで取沙汰された「空気」とも
言えるかもしれない

その「空気」のゆらぎの大きさを計測したり、そのゆらぎを作る素材としての
ネットの役割 は認めざるを得ないだろう

一方、この本を通じて、終始感じたことは 一般意志 が現在形としては
理解できるのだけど、そのことに息切れのようなものを感じた。

一般意志が 実行意志であり 反省であり 社会的な過失に対しての制裁の
役割を果たしたり、休息を産んだりと それらすべてを内包するのだろう
けど、

物理的にも 精神的にも 生じる疲れへの対処こそが これからの社会の
隠されたテーゼのように思った

2012年1月 1日 (日)

関 裕二さんの 東大寺の暗号

関 裕二さんの 東大寺の暗号

東大寺の暗号

ちょっと お正月なので 歴史ロマンでもということで
読んでみました

歴史上の人物が縦横無尽にでてくるので 苦手な分野では
あるのですが、東大寺創建にかかる 聖武天皇・光明皇后の想いを
著者が読み解きます

いつの時代にも政策には 様々な人間模様があるわけですが、
当時の人たちの思惑の中には 家とか血縁なども色濃く
まさに政争が繰り広げられていたわけですが、
そうした中、これを超越しようとする想いが東大寺には秘められて
いたようです。

著者からの聖武天皇と光明皇后への親愛も伝わってきます。

近くに住んでいたら 本書を片手に それぞれの寺院を
じっくりみてみたいと思いました。

明けましておめでとうございます

あけまして おめでとうございます。

新年あけまして おめでとうございます。
今年も いろいろな出会いを このブログに書き留める
ことができればと思っております。

どうぞよろしくお願いいたします。

2011年12月30日 (金)

お札のおまつりの仕方

年末は、近所の神社に 神宮大麻と荒神様、氏神様のお札を授かりにいって
一緒に暦をもらってくるのが恒例行事になっています。

お札には白い紙がまいてあるのですが、こちらはやぶってよいそうです

【参考】http://ryu.uranaido.net/2008/05/07/post_151.html

お札と一緒に入っている おまつりの仕方 のような案内には
この基本の基本のことすぎてか、書いていなくて ネットにアドバイスが
あって助かりました。

実家にいたころは こうしたことも家族がやってくれていて
自分で考えることもなかったので

きっと もっと いろいろなこと これはお札にかぎりませんが
自分が見てこなかったことがたくさんあるんでしょうね・・・

幼稚園の図書館の蔵書票

版画展か個展か 何かにお邪魔した際に 何気なくいただいてきた
蔵書票のサンプル

もちろん どうぞ と言われたものといただてきたもの

あらためて よくみたら 幼稚園に開設された図書館の蔵書票でした

刷られた絵もとてもかわいくて その幼稚園に親しみをもち
サイトも見てみました

教育方針もしっかりと語られていて 地域の方や父兄と父兄OBにも
支えられていて

子供の場所をみんなが守り作っているという実感をもちました

この蔵書票が貼られた本を手にする子供たちは幸せだと思います

まだその価値はわからないかもしれないけど たとえば1冊の絵本が
持つ意思、これは 作者はそうだけど この本をこの図書館に置いた人の
意思は この蔵書票からも伝わってくるのですから

いつか機会があったら この幼稚園の図書館を見学したいなあと思いました。

カード型電卓・・・

大掃除ということで 横道にそれて紙の手帳を開いたら
カード型電卓がはさんでありました

ほとんどスマホで用が足りるので 出先であえて電卓を
使うことはなくなり、急に昭和のノスタルジーに浸ってます。

それでも アマゾンで値段を調べてみると
今でも1,000円くらいしてるし・・・
来年の所在について思案中です

とりあえず、メモパッドのポケットにしのばせておこうかな。

ポイコ終了してました

ポイントカードの類を整理していたら
リクルートのポイコ がでてきました

終了していたのは知っていたけど
持っていたことは気づきませんでした

そういえば お店で ポイントが使えるかと
聞いたら 支払いには使えないといわれて

端末とかネットワークとか 難しかったのだろう
と思いました

ああした ビジネスモデルが 実験であっても
着手できたのは さすが リクルートでした

関連記事

http://bg-mania.jp/2011/04/30005445.html

年賀状のこと

今ごろ。今どきですが・・・年賀状を書いてます

日頃 会っている人やFaceBookでつながっている人には
こうしたメッセージやメールだったり、電話だったり
様々な形で 祝意は伝えられるけど
...
昔しお世話になって、いつかまた会いたいけど会えずにいる
方々に感謝を込めて

もちろん 会ったからといってその感謝が消えるわけでも
なければ 年賀状を出さなくても感謝が消えるわけでもなく

それでも そのお一人、おひとりと過ごした時間の記憶を
たどり、その結果、今の自分があるなあとか

それに比してこの一年、どうだったろうとか

学校の恩師に対しては、息子もこんなふうに
良い先生にこれから出会えたらいいなあと願わずには
いられなかったり

字が下手すぎて その真意を伝えられるようなメッセージは
したためることは出来ないのですが

本1冊を読むよりも、やたらなセミナーに足を運ぶよりも
実は省みる貴重な時間であり、祈りの時間を
年賀状の作業を通じて得られているのかもしれません。

どうかみなさん よいお年をお迎えください!

2011年12月29日 (木)

お正月に読む論語 - 山口謠司著 迷いが晴れる論語の読み方-

もうすぐ お正月 このブログが年内に1000記事は難しいかもしれないけれど
まあ そのための読書ではなくて、ゆっくりとやっていこうと思う

さて、お正月というと 普段読めない本を読もう!と思ったりする
実際は そんなに自由な時間なんてないのに あれをしよう これをしようと
もちろん、もっと意思が強い人もいると思うのだけど 僕には無理で
それでもと言われたら 岩波文庫の論語でも傍らにおいておけたらと
思う

でも実際は、正月の何か華やかさに論語が似つかわしくて ページはめくれない
かもれしれない

そんなことを思いつつ 論語の入門書としても最適 かつこれだけ知っておけば
安心ともいえる 良書に出会った

大東文化大学准教授の 山口 謠司さんが書いた「迷いが晴れる論語の読み方」です。

迷いが晴れる論語の読み方

これを読みながら、ああよくつかわれるこのフレーズこんな意味だったのかとか
孔子の考え方のロジックや 孔子と弟子との関係性の中で、この場面で語られて
いたのか・・・と

そもそも 論語を読むうえでの基礎知識を自然と得られるように実感しました。

おすすめです。

2011年12月28日 (水)

内部被ばくの人体への影響

福島の原発の事故について、健康被害がどれくらいのあるのか
なかなか見えず、おびえてしまうのですが

放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響
チェルノブイリ原発事故 被曝の病理データ

ユーリ・I・バンダジェフスキー著
久保田 護 訳

によると、セシウム137 の体内被曝による臓器や生殖器への
影響はあるとの結論を示しています。

内部被曝したセシウムの体内からの除去方法についても記載して
いますが、まずは内部被ばくをしないように取り組むことが
大切との認識です。

興味がある方は ご一読ください。

2011年12月26日 (月)

学校の防災

数見隆生さんが 東日本大震災の被害にあった学校を取材した

子供の命は守られたのか -東日本大震災と学校防災の教訓

この本を読みながら 実際に 僕自身が被災地を訪れた記憶を
重ねながらページをめくった

現地で 通りすぎる 崩れた校舎をみても その被害の実際を
正しくしることは困難だけど こうした調査資料を読むと
何人が犠牲になり どのように避難がされた などわかり

少しだけど 冷静に事実を受け入れることの現実を思った

学校が 非常時にこそ 絶対的な存在であるように 普段からの
蓄えや 立地 などがとても大切と思った

これは 人口密集地ほど 重要な要素かもしれない

石巻では、被害を逃れた大学の敷地が その後、ボランティア
センターとして機能した例もあり

社会資本としての 学校 の 機能を見直すべきではないか
そのように考えました

2011年12月25日 (日)

装幀のなかの絵 有山達也著 (四月と十月文庫/港の人)

こうして ブログをやっていてよいことかどうか
わからないのだけど

ソーシャルメディアとは違って 何か自分の中の知識や教養を
紐づける作業の中間のツールとして存在しているように思う

それは、何か調べるということを 同じネット上でしているし
また、自分以外の誰かが見てくれるということで 多少の緊張感はあるし、
間違ったことをつらつらとはいかないから、これはこれでいい。

最近多いのは、その本と出会って、その本を出している出版社に
逆に興味がわくことが多い

有山達也さんの「装幀のなかの絵」を読んで 読んだあとにクウネルに
携わった人であるとか、坪内祐三の「1972」の装幀をやった人と
わかったのだけど

そのもの 四月と十月文庫 とは何か? 港の人とは何?
とその後、ネットでいろいろ調べることになった

そうしたら これは検索順位のたまものだけど
元毎日新聞の 牧太郎さんのブログにぶつかって、学生時代、毎日新聞の
スター記者という感じがあった人だったので
その後の経歴とかを拝見しながら、こうしてつながるのだ・・・と思った

もちろん、これらの人と知り合いではないのだけど
こうした知識も無駄にはならないだろう

■港の人
http://www.minatonohito.jp/

■牧太郎・二代目 日本魁新聞
http://www.maki-taro.net/index.cgi?e=549

さて、有山さんの本からは デザインに潜む 作り手の物語
何かそれが とても愛おしく感じた

いろいろな人が携わって、それは1冊の本だったり 何か単発のプロジェクト
かもしれないけど そうして人が集まり、その人たちのことを感じて
そして 別れと出会いの中に 新たな生命を探っていく

うらやましくもあるけど 気づけば 我々の身の回りのデザインは
そうした営みに支えられている

とくに最後にある 岡戸絹枝さんの寄稿から そのようなことを
感じた

とても良い本と思う できれば多くの人に触れて その人たちを幸せに
してくれたらと願わずにはいられない

ここで重要なのは 主語があくまでも 本であってほしいということだ
そのような主体性が 少ない言葉の中に詰まっている 

ゴッホ 契約の兄弟  新関公子 著   

ゴッホ 契約の兄弟
フィンセントとテオ・ファン・ゴッホ  新関公子著

(発行 ブリュッケ 発売 星雲社)

ゴッホと弟であり画商であり、彼を支えた弟テオの評伝。

とても ボリュームがある本なのだけど すらすらと読めてしまうのは

著者の 新関公子さんの力だと思うけれど、丹念に書簡などの史料に
当たられていて 労作であるし これを読めることの喜びは大きい

この本から読み取る ゴッホの人生というか性格は 画聖というものとは
ほど遠いのかもしれないけれど そうした人間性を嗅覚の部分でとらえることが
できるこの本の価値はとても高いと思う

また、弟テオの人生や性格もしかりで、これまでにない観点や考察が
新たに提示されている部分もあり、これは 画商の視点を常に著者が意識した
結果ではないか そのように感じた

著者の来歴には詳しくないのだけれど この本との出会いをきっかけに
ほかの作品も読みたいと思ったし、絵画を楽しむ際に、その絵を前にした
インスピレーションも大事だけど 一方で どんな人間が描いていたのか
どんなことを思って描いていたのかと 想像することも楽しそうだと
本書を読みながら思った

もうそろそろ ゴッホが死ぬ年齢と同じくらいになる。
彼のような才能は持ち合わせいないけど 彼の職業選択のあり方や父親との
関係や弟との関係、悩み方、その悩みへのうらたえや対処の方法など

なんとなく似ているというほど深刻ではなくても、なんとなく気持ちを
類推できるのではと思うくらいには身近なものに感じた。

なかなか作品と向き合うことは少ないかもしれないが、彼との対話を
深めていけたらと思った

本とネットで旅気分

吉岡幸雄さんの作品を拝見したのをきっかけに
別の本も読んでみました

吉岡さん文章がとても上手で、これはこれでずるい・・・と
思ったりするのですが、会場でトークを聞いた家内によると
お話も上手とのことで 優秀な方なのでしょうが
才を磨かれて 染 を守られてきた というところが
本当ではないか、そのように感じました

さて、手にした本は

色紀行 日本の美しい風景 吉岡幸雄 著  岡田克敏 写真
(清流出版社)

色紀行―日本の美しい風景

です。

この本では、原料となる素材を訪ねたり、和紙などの伝統工芸を
守る人々の姿が記されている

僕が興味を持ったのは内容と関連するリンク先
(リンク先が直接 本で紹介されているわけではありませんが・・・)

■豊後竹田の紫草
http://www.pref.oita.jp/10400/guide-o/genkitaketa_j.htm

農事組合法人紫草の里営農組合
http://taketa-murasaki.com/

■丹後上世屋の 藤織り 井之本 泰さん

丹後藤織り保存会
http://sugi.kyt-net.ne.jp/po/

■奈良墨 古梅園
http://5074cef6f72dfe4d.lolipop.jp/

■京都黒谷の和紙
http://www.tesukiwashi.jp/p/kurotani1.htm

冬の一日、本とネットで旅気分というところでしょうか・・・

2011年12月24日 (土)

今時点でのデザイン考

原研哉さんの

「日本のデザイン-美意識がつくる未来-」(岩波新書)を

眺める。

熟読ができないのは、平行して読んでいる ゴッホの自伝とは違って
情報を記号として読めばよいので、繰り返し読んでも 印象が
どうしても 眺める・・・という表現になってしまうのだ。

さて、この本をその眺めると、どうやらデザインについての
日本的なものの寿命がそろそろ終わったのではないかと
感じた。そんなことが書いてあるわけではなくて、ただの僕の
印象なのだけど

最近のデザインは、文字をモチーフにしたり、白い背景に何か
おいてみると、それがセンスよく見えたりする雰囲気があった
けれど、それらの日本的な余韻や余白の美が 世界でこれから
どう通用するのかと考えたとき もっと われわれは さまざまな
デザインに触れていいのではないかと思った

ここで言うデザインというのは、美術館に収蔵されるようなもの
ではなくて、普通の店先にみられる商業デザインのようなもので
よくて、それらをもっともっと摂取して、じゃあ次はこんなものはどう?
と示していけたら楽しいのではないかと思う。

そもそも それは 海外にて行われる 日本のデザイン展だったり
ベネチアでの催しなのかもしれないのだけど、日本の中にいると
つい、自分の好みだけの判断になってつまらないのではないか。
そのように改めて感じた。

おとなしくではなくて ジャンクフードをむさぼるように
様々なデザインに触れてみたい。そのように思った。

染織家 吉岡幸雄の仕事展

日本橋高島屋で開かれている 染織家 吉岡幸雄さんの

2011年吉岡幸雄の仕事展 をみてきました
http://www.sachio-yoshioka.com/

吉岡さんの活動というのは テレビや雑誌で知っていはいたけど
実際の作品をみたりするのは 初めてで

その原料と染め具合いを観て、様々な色の名前があっても
どれも優しい仕上がりになっていて
古代の色彩を思いました

いろいろ原料をそろえたりすることが困難ではあると思うのですが
こうして色彩が再現されていることはうれしいことです

2011年12月23日 (金)

アロマテラピー

はじめて 真面目に 1本のアロマオイルを買ったのは
不相応なファッションビルに入って どうしても買い物を
しなくてはいけなくなって 慌てて買った ユーカリの精油だ

なぜ買い物をしなくてはならなくなったかの仔細は また
いつかだけれど 家内が 数本の精油を取り寄せて
いろいろ作っているのは知っていたし、

その数滴を ティッシュペーパーに落として 部屋に置くとか
いろいろしてみたので その後、フリマで オイルウォーマー
を自分でも買ってみたり

それなりに アロマテラピーに興味をもって
改めてと

「アロマテラピー 使いきり・組み合わせ事典」(羽鳥冬子著・マイナビ)

をみてみると これは奥が深いというか 知識が追いつかないと
及び腰になった

けれど 事典は事典、必要な時に 必要な精油の名前を
覚えて お店にいっても あとは店員さんに聞いたりして
どうにかなるかもしれないと思った

おそらく 都市生活者にとって アロマは必須の教養科目かも
しれない

空気のにおいから季節も感じずらくなるなかで、自らを
コントロールする そのときは自然の力に寄り添うことも必要
なのだと思う

教会の美しさ

ちょうど クリスマスでもあるので
手元にあった 女優の KIKIさんの 『美しい教会を旅して』を手にした

著者自身が ミッションスクールの出身ということをこの本から知った
のだけど とても 真面目に 奄美大島や五島列島、沖縄の 風土の中に
ある教会を取材をしていて 共感をもったし その場にいって
この季節だけ 敬虔な信徒になってもみたいと感じた

それは 宗旨ゆえの恭順ではなくて、何かその土地の人に触れてみたい
そんな勝手な旅人のような心持ではあるのだけど
それでも少しは祈りの時を持てるのではないか そんなことを想像した

2011年12月22日 (木)

アートの流動性

東京都現代美術館のチーフキューレターをしている
長谷川祐子さんの

「なぜ?」から始める現代アート(NHK出版新書)を読んで

現代アートの所在のなさのようなものを感じて
逆に 漂流や流動性に 現代アートの本当の価値があるのでは
ないかと思いました

普段、キューレターが 自ら企画した展示について説明を聞くのと
違って 現在アート全体を論じていらっしゃるのでとも面白いです。

なかなか アートの概念を活字にできることって すごいと
何度も読み返しているのですが、

著者の長谷川祐子さんの眼識の鋭さをとても感じました

たとえば こんな文章の中にそれを僕は印象を持ちました。

-----------------------------------------------------
アートは、時を超えて生き残る「通時性」と、共有する
現在(いま)をときめかせる、いまをともに生きるという
「共時性」の2つの力をあわせもっている。
-----------------------------------------------------
アートと私たちの生を考えるにあたって、身体と知性が
一体となっているという考え方、つまり、メルロ=ポンティが
いうところの「身体知」が重要なキーワードであると
考えている。
-----------------------------------------------------

おすすめです。

2011年12月21日 (水)

さいごの色街 飛田  井上理津子 著

ブログでどう紹介していいのか・・・

飛田(とびた)と聞いて わかる方もいれば、そうでない方もいると
思うのですが

よくぞ本にしたなと感心せずにはいられない

フリーライターの井上理津子さんが書いた 「さいごの色街 飛田」筑摩書房

これはすごいです。よくぞ出版に踏み切られたとも思いますが、
逆にこのくらい 赤裸々に書いておかないと身すら守れないのかもしれません。

戦争ルポとかそういったジャンルではないけど、静かに ずっしり でも案外
そこに暮らす人にとっては何気ない日常でありながら 普段は語られない
世界を 時間をかけて取材して しっかりと描いています。

なかなか僕自身は接点を持たない世界なので好奇心から読んではしまいますが、
眼を閉じることなく現実をとらえていて、しかもわからなかったり、想像を
するしかない部分はそのように正直に書いているし、テーマとは反対に
とても新鮮なルポとも読めました。

それにしても、性を扱う街での、人間の 生 のすごみのようなものだったり、
やるせなさのようなものを 幾重にも感じます。

それはその街にどのように関わるかによっても違ってくるのだけど、
女性が夜の世界の女性の物語を発掘していくなかで、男性にも女性にも
客観的な位置から淡々と事実を表現をされていて 労作だったと思います。

2011年12月18日 (日)

頭と心と体 - うつに向き合う前に-

昨日、久しぶりに 高野山の東京別院の阿字観実修会に行ってきた。
なかなか土曜日の朝というのは身動きとれないし、時間を許してくれた
家族には感謝しなくてはいけないのだけど

その実修のあとで、指導されている先生のお話を聞く時間があって
そこで 人は肩から歩くようになると横柄になったり慢心だったりと
してくるので 肩は気をつけたほうがいいですよ・・・といった
お話があった

心が先か 頭がさきか 体のこうどうが先か それはわからないけど
それぞれが きっかけであり、結果であるように思えて
普段、何気なくおもっている自分というものを 頭と心と体に分類して
みると何やら物事がわかってくるのではないかと思った

ちょうど、ダライラマ・ラマ14世の

「空の智慧、科学のこころ」では 般若心経のことが解説されていて
空とは何か・・・といったテーマが扱われていて これを読み進めると
もう少し何か考えられるのでは・・・と思いつつ

また、

「それは「うつ」ではない-どんな悲しみも「うつ」にされてしまう理由」
アラン・V・ホーウィッツ/ジェローム・C・ウェイクフィールド著

では、

アメリカ精神医学会(APA)が発行する精神疾患の診断・統計マニュアル 第4版
について、様々な角度からその疑義が精査されていて

冒頭にあった
アーサー・ミラーの「セールスマンの死」の主人公 ウィリー・ローマンの
見解について 初演当初は社会問題だったものが 再演されたときは精神病扱い
とみなされたという挿話があって 一つの同じ事柄でも社会変化の中で うつ病へと
昇華していくことは確かにありえると思った

そう考えると、よほど現代人は 自分のメンタルを守るための知識を
持ち合わせていなくてはいけないのではないだろうか

たとえば、いまの日本でとりあえず うつ病の診断書があれば 投薬や休職など
フォローの体制はあるだろうが、それですべてが解決するわけでもない
一時的な逃避行にしては良く出来すぎていて 言い方は悪いが、逆に人を
追い込んでしまうようなことはないだろうか

こう考えた時に、人間の頭と心と体がそれぞれ別で しかも関連を持っている
とすると何か工夫ができるとおもう

心が病んでいる とおもって 心だけを治癒しようとするのではなくて
体のことを考えてみるとかすると 結果的に良好なことになるといったことが
現実に感じられたらいい。

2011年12月17日 (土)

梨の花咲く花の町で/森内俊雄 著

はじめて 森内俊雄の短編をはじめて読んだ

「梨の花咲く花の町で」

とても面白かった。こんな風にどうやったら書けるのだろう・・・
作品の中に 著者の人生がとてもにじみ出ている

何かその作品の中にはいって 自分自身も物語の中に迷い込みたい
ようなそんな衝動にもかられた

そして描かれる情感にわくわくして これはうまい表現は
できないのだけど、好きなファンにはたまらないことと思った

本に収められている最後の短編「梨の花咲く町で」は
徳山の眉山がでてきて、以前、仕事で徳山に訪れた際に市内から眉山を
眺めて 何かその見守られているような雰囲気があって
その時のことを思い出して なぜか少し涙がでた

山でも城下町もそうかもしれないけれど
背中に何かを感じて暮らすという経験を持っている人と
そうでない人の違いが何かあるのではないか
そのように思う

眉山をみて感じたのは 雄大で優しい そんな印象だったけど
そんな雰囲気をこの短編から感じた

2011年12月16日 (金)

ニッポンのワザドットコム

美しい けれども 手に取りやすい 江戸小紋の本があった

職人という生き方 江戸小紋

この本を通じて、ニッポンのワザドットコム というサイトを知りました。
その運営会社は ブレインカフェ という広告会社

■ニッポンのワザドットコム
http://www.nipponnowaza.com/

なかかな 目の付け所が良くて、してやられたというか おいしい・・・と
思ったりもしました。

創業者の方のブログも読んでみると また 面白くて
どんな方かは知らないのですが、勉強して頑張っていて すごいなあと
感心もしたし 関心も持ちました

http://hibikorekoujitsublog.blog101.fc2.com/

そして、最初に取り上げた本が 後からうなづけたのですが
とても職人さん目線でつくられていて 日ごろ、御用達(笑)の「とんぼの本」
とは違うと感じました

そして それは逆に消費者にも新鮮で より日本の伝統工芸や 美 を身近な
ものにしてくれるのではないか そのようにも思いました

これからも 応援していきたい そのように思いました

忠誠心、このやっかいな美徳  エリック・フェルテン著

忠誠心、このやっかいな美徳

エリック・フェルテン著

この本を読んでの感想は、

人は物語の中で生きるか、はたまたそんな物語の人物ではなくて
人間として生きるか その選択をするときがあるのではないか

後者を正確にいうと 他人の物語を読む読者となるという表現が
適切かもしれません

この本に結論はおそらくなくて、矛盾や偶然、愚直に忠誠を誓う人や
そうではない人、はたまたその忠誠を利用する人など
身近な物語や 歴史の中からそれらを浮き彫りにしており

エリック・フェルテン は ウォール・ストリート・ジャーナル紙の
コラムニストなのですが、名コラムの集合体のように読みました。

しかしそこで、じゃあ 自分がどうすれば・・・という解は得られなくて
冒頭ののような印象を持ったのです

たとえば、ある本を読んで 著者は真面目に書いているので
とても高い忠誠心なわけですが、読者が熱心な読者であるか、そうではなくて
いい加減な読者である といったことと 似ているかと思いました。

忠誠心 を 別の言葉で表現すると、それは、その人が生きる上で
重要としている“心根”のようなものと感じます。

その心根が どこに向いているのか、そうしたことを振り返ってみるのも
ときに大切ではないでしょうか。

2011年12月10日 (土)

ミシマ社  計画と無計画のあいだ「自由が丘のほがらかな出版社」の話

いつか 自分の出版社を持ちたいというか 本を創る現場を持ちたい
まだ 作家の気分は味わえないから つい一歩手前の作り手側へ
寄り道できたら・・・ではないが

この前の 藤原書店のサイトをみても いま読み終わった

「 計画と無計画のあいだ 「自由が丘のほがらかな出版社」の話 」
ミシマ社 三島邦弘 著

の ミシマ社のサイトをみても そのように思う

書店を究極のフリーミアムなビジネスと誰かが言っていたけど
そう思うと 出版社 は究極の 場のビジネスにつながるのでは
ないか そのように感じる

提供するものは 活字 なのだけど 昨今は その活字をタネに
人があつまるイベントも多いし、それは 読んでだき人の
知の交流であり、新たな何かが生まれる期待感だったり

本が好きなので それ故に 見誤っているかもしれないけど
出版社には いろいろな 可能性がつまっていて

それは 優秀な編集者の皆さんが 支えていて

そういう所から ほど遠いところで ブログでつぶやく身としては
何かそんな雑感がいろいろあって

どうやったら 自分で何ができるのだろう・・・と思案している

さて 冒頭の本、なかなか面白いです
本づくり や 会社づくり 経営の視点からも参考になるし
人との出会いの大切さと活かし方、生き方、感性といったものも
吸収できると思う 

たまゆら(アニメ) のこと

昨日 TVK をたまたま みていたら
アニメで たまゆら というのを やっていました。

たまゆら
http://www.tamayura.info/

広島県 竹原市 を舞台にした女子高校生たちの物語なのだけど

良くできているなあと思いました

それぞれの女子高生のキャラクター設定や声優さんの使い方などもうまくて盛り上がる感じが、すごくします というき きっと盛り上がってるんですよね たぶん・・・。

さらに 普段 たまゆら なんて使わないし、宮崎の温泉とかで
あったかなあ・・・とおもってみたり 言葉の意味も知りたくて
ネットで調べてみました

たまゆら (玉響) ・・・ ①「ほんのしばらくの間」「一瞬」、あるいは「かすか」を意味する古語。
              ②『日葡辞書』には「草などに露の置く様」
              ③写真に写り込む小さな水滴のような光球。オーブ現象。

このアニメでは ③ で使われているようですが、作品を観ると①でも②でもいいように
思いました。

さらに、ネットでしらべてみると 舞台になった 竹原市での盛り上がりも
すごいみたいで 市のホームページでも紹介されています

http://www.city.takehara.lg.jp/sangyou/kankou/kankou/tamayuramenu.html

ちょうど 第二の尾道であり らきすた の広島版なのかなと 思いつつ

一方で、情感を伝えるメディアが映画やテレビドラマからアニメに
確実というか着実に移行してきたことを感じました。

もちろん アニメの世界では 宮崎作品のように 金字塔のごとく
すごいものがあるのですが、昔のメルヘンやあえて国籍をなくしてしまう
ようなものだけではなくて、日常の生活に情感を描くことも アニメーションは
得意なのだと思いました。

wiki で調べてみると はじまりの街 として 横須賀市の汐入あたりも
関係するとのこと こちらは近いので 今度 足を運んでみようかと思いました

どんな仕事にも含まれる基本の視点

インバスケット・トレーニング 鳥原隆志・著 に
みつけた 仕事の進め方で役立ちそうな視点

□問題点の把握を行っているか、しかも本質的な問題点を把握しているか
□原因を追及する行動が含まれているか
□対策を出すための仮設を立てているか
□仮説を裏付けるための情報収集を行っているか
□対策を複数立てて検討しているか
□一人で進めるのではなく、関係者と協議をして進めているか
□意思決定を避けていないか
□指示事項の確認を行う
□再発防止策を検討しているか

日常のドタバタで 意識しているといいなあ~と思うこと事柄が
網羅されていました。

逆に 職業や職種にこだわらず、仕事をすることの中にある
普遍的な要素を学んだようにも思います。

ちなみに、この本は 優先順位 をどうつけていくか という判断を
するためのトレーニングについて書かれています

2011年12月 9日 (金)

粕谷一希 <座談>書物への愛    読書好きにはたまらない・・・

藤原書店から出ている

粕谷一希 の <座談>書物への愛

これはとても至福な一冊です。

対談は豪華メンバーで 目次は以下の通り

はしがき
I  批評と学問  高橋英夫(評論家)
II  歴史とジャーナリズム  宮一穂(元『中央公論』編集長)
III 批評とは義憤である  新保祐司(文芸批評家)
IV  比較という思想――西洋・非西洋・日本  平川弘(比較文学者)
V  書物への愛  清水徹(フランス文学者)
VI  雑誌の創造力  森まゆみ(作家、地域雑誌『谷中・根津・千駄木』編集人)
VII 作家が歴史を書くということ  塩野七生(作家)
附  老雄ショーン氏、編集の真髄を語る  ウィリアム・ショーン(元『ニューヨーカー』編集長)

普段は ぱらぱら・・・という本もあるけど こちらはじっくり
読みました

そして 出てくる 作家の名前や人間模様、作品についての批評や
そもそも批評することについて だったり もう本好きには 至れりつくせりの
内容で

さらに、最近接した、松岡映丘や グレン・グールドのことが話題になってたりと

様々な 知の巨人 たちの 知と自らの日々の生活の発見が うっすらと
体系的な構造で結びついてくることが感じられると とてもうれしい気分に
なりました

こんなブログしか書けない身ですが、いつか一冊の本や雑誌を作ってみたい
そんなことも感じました

藤原書店も そうした部分が起点となっているのではないか
そう感じました 書店のページをみていたら アルバイトの募集があって
こういうの いいな~とか思ったりもしました

別に編集とかができるとかではなくて 出版社の空気に触れてみたいという
本好きな者の欲求ですが

本に対する想い それを改めて思い出させてくれる
そうした 魅力が詰まっている本です

2011年12月 7日 (水)

京都に行きたい・・・

京都に久しく行っていない・・・というより
仕事もほとんど東京で 旅行とかもしていないので
あーあー という感じなのだけど

たまに手にする 新潮社のとんぼの本に

これがなかなか おもしろい
ちなみに 井上章一氏は建築史家で 国際日本文化研究センター教授。

気づくと 寺社仏閣を除く 街を歩いて出会う京都のほとんどが
洋館であったのではないか と思わせるほど 網羅していて
旅行ガイドブックともいえる内容に仕上がっている

ちょっと 逆説的だけど 旅行ガイドより ある意味詳しくて
その洋館が建てられたころの 設計に携わった人や 施主などの
想いなどを推測している記述は 歴史背景の説明などもあり
その空気さえも伝わってくるようで

京都に行きたくなるばかり・・・
とはいえ、たとえば年越しを京都でなんていうことは
難しいので

せめて、武田五一の手なる 1928ビルの 地下にある
「カフェアンデパンダン」の銀座のお店にでもいって音楽でも
聴いてこようかと思って 久しぶりに ネットで調べると
どうやら閉店しているようで 残念

まあ 銀座店は 洋館 とはぜんぜん関係がなかったのですが
なかなか 上手くいかないものだと思いつつ

京都に行ける算段を考え中です・・・

【見たい洋館リスト】

京都国立博物館 1895年 片山東熊 設計
http://www.kyohaku.go.jp/jp/index_top.html

さらさ西陣
http://sarasan2.exblog.jp/

船岡温泉 1923年 河原林千之助 設計
  
喫茶 静香 1919年
http://www.kyokitsu.net/cafe/cafe.cgi?cafe=sizuka

東華菜館 1926年 ヴォーリズ
http://www.tohkasaikan.com/

1928ビル 1928年 武田五一
http://artcomplex.net/ac1928/index.html

2011年12月 4日 (日)

イッセー尾形さんの一人芝居

イッセー尾形さんの一人芝居の舞台 はじめて観てきました!

舞台をご覧になられている方はわりと年配の方が多いなあという
印象を持ちましたが、若い方もいて ファンの幅広さを感じます
幕が開く前も 閉まったあとも スタッフの方と観客との関係も
とてもアットホームな感じがして
イッセー尾形さんの舞台独特の雰囲気かもしれませんが
なんかいいなあ~と思いました

個人的には住んでた田舎があまりにも田舎すぎて
何かコンサートでも地元有志が実行委員会を組織しては
東京から誰かを呼んでくるという感じだったでの
この雰囲気は懐かしく、また好きなテイストです・・・。

さて、ウィキペディアに掲載されていたイッセー尾形さんのプロフィールによると、
幼少時代を福岡・小倉、長崎と過ごされていて、ちょうど仕事で半年くらい小倉に
いたことが僕自身があるので、何か親しみのようなものを持ちました

そして作品や一人芝居の性質も、どこか地方から東京に来た者の眼であったり
「大阪のお笑い」に対抗して「九州の演劇」というわけではないのですが
都市の観察者のような視点があるし、またそれゆえに地方でも都市でも、
また都市の近郊でも、とにかく“住む人”に優しい眼差しを感じました。

その優しい眼差しから、物事の主張ではなくて、笑いを紡いでいく。
笑いの手法で観て手に気づかせていくこと。それはとても難しい作業では
ないでしょうか。

舞台は喜劇であり、その演技を笑いながら、ときにこれは自分だなあ~と
思わせる、その巧みな演技に、どれだけの鍛錬があってのことか想像も
つきません。

たとえば、歌を歌われる場面があるのですが、その歌を聴いて自然と
その情景がイメージできてしまったときに、演技力は歌唱力にも宿る・・・
と思いました。

そうした才能の輝きが、もっともっと一人の役者さんを見続けたい、
見届けたいと思わずにはいられなくするのでしょう。

一人芝居の良さというのは、そうしたファンの想いを裏切らずに、
役者さんを舞台で一人占めにいしつつ、アイドルのおっかけでは終わらない
妙のようなものがあるのではないでしょうか。

その妙は、もちろん舞台そのものの魅力であり、イッセー尾形さんの舞台では
さらに、客席で笑う人たちどうしの競演というか、落語などに似ているかも
しれませんが、一緒に笑ってる楽しさや、笑いの性質がつねに良質なものである
という安心感のようなものであるように感じました。

僕自身は素直に自分が面白い!と思う時に笑ったのですが、隣の席や近くの人の
笑うタイミングや笑い方、そうしたものも観察してみるのも楽しかったです。
そしてどの笑いも嫌なものに聞こえない、そのことは、とてもすごいことです。

舞台と向き合って上質の笑いを得られることくらい幸せなことはありません。
また、拝見したいと思うし、季節がら寄席でも行きたいな~と思ってみたり、
はたまた、もっと僕自身人、他人を笑わせることに少し一生懸命になってみようかな
と思いました。

ひとつの舞台との出会いがその人の人生を変えることがあるように、
今日の舞台にも何かたくさんの示唆があったように思います。

願わくば、じわりじわり、ゆっくりでいいのでその余韻を味わっていきたいです。

2011年12月 3日 (土)

石井幹子さんの本

照明デザイナーの石井幹子さんのことは 活躍されてからのことしか
知らないのだけど

「LOVE THE LIGHT,LOVE THE LIFE 時空を超える光を創る」
石井幹子 著

で その来歴や 照明デザイナーへの一歩一歩を知ることができました。

建築やデザインという現場にいない人にも
読んでみると
世界でがんばろうという勇気がわいてくるような
そうした一冊かと思いました

アートに向き合うということ

NHKの日曜美術館は よくみる番組だ。
どうしても そうなるし 番組もよくできている。

そして 司会をされる方がちがうと 雰囲気が変わって

この違いも面白と思う

いまは 千住さんだけど 以前、姜 尚中さんが 司会を務めていて

なぜ 政治学の人がと思ったり、真髄をつくコメントが
ゲストの人より 的を得ていたりして 絵を見る以上にそうしたと
ところに面白みを感じていたのだけど

その真髄の真髄を 集英社新書 で出ている

「あなたは誰?私はここにいる」姜 尚中 著 にて

味わうことができます。

そして、美術を 芸術を 作品と どのように対峙するか

それは 誰にとっても自由なことで その自由さや 楽しみを
教えてくれてもいます

おそらく そんな生易しいものではなくて そうした作品を鏡にして
自らの人生との格闘を行う そんな行為のようにも感じていて

アートは ある種のリトマス紙ではないかと思いました。

2011年11月26日 (土)

暇と退屈の倫理学 國分功一郎著 (朝日出版社)

暇と退屈の倫理学 國分功一郎著 (朝日出版社)

國分功一郎は 1974年生まれで 現在、高崎経済大学経済学部准教授。

難しいタイトルの本を読みだして、読破はできそうにないのだけど
退屈学 というジャンルがあって、それを哲学者や思想家が様々な見解を
構成していることを知りびっくりした。

こうして真面目に論じてみると 生の本質、社会の本質がわかるように
思った。

一般の読者にとって、では自分の退屈をどう考えるか・・・

そのときに メンタルな部分だけをみるのではなくて 社会構造の
変化の歴史、本書であれば 狩猟から農耕、そうした前提情報が十分に
あって、それらを蓄えておくと 幅のある思考ができるし
短絡的にもならずにいいのではないだろうか。

短絡的がいいか、そうでないほうがいいかも きっと議論ができてしまう
のだろう。

そうして一つ一つを考えていくことが 学問だし、その姿勢はどのような
状況にあっても人を陥れはしないのではないだろうか。

お客に言えない利益の法則 小川孔輔 著

法政大学大学院教授 小川孔輔さんの

「お客に言えない利益の法則」(青春出版社) とても面白いです。

日ごろ 生活でお世話になっている・・・汗 牛丼や回転寿司、ラーメンのチェーン店
スーパーやスーツの量販店、ミネラルウォーターなど さまざまなお店や商品の
利益構造がわかりやすく解説されています。

日ごろ、わかってるつもりだったり、なんとなくわかっていても、実際に
ビジネスの現場で、異なる業種の利益率はこんなものだろうか・・・などと
推測するための資料は 意外と手に入らないものなので 話のタネ以上に
役立つのではないかと思いました。

一方、そこから商品の価値、消費者が何をそのサービスから買っているのか
と考えると 時間だったり、雰囲気だったりと その商品の実際の提供価値の
超えたところに求められる価値があり、それをうまく演出しているビジネスが、やはり
急成長していると思いました。

松岡映丘展の感想

先日、練馬区立美術館で開かれている松岡映丘展に行ってきました。
すでに会期が終わってるので、その様子は次のブログが詳しいです。

弐代目・青い日記帳
http://bluediary2.jugem.jp/?eid=2648

私は興味から民俗学の本などをよむのですが、
会場で 松岡映丘 は 柳田の弟であることを知りました。

やまと絵 には古典などへの造詣が必要と思うのですが
絵筆を握る前にこの部分の蓄積が相当あることがうかがえて
うなずけました。

絵をみての感想は、とても映丘の絵はコミカルであると
思いました。それはとても表現が豊かで、絵の構造も
まさに絵画的でその構成が巧みなのです。

一方、有職故実の部分や武具などは徹底して細密に
描かれている。

さらに、会場で映丘本人が甲冑をみにつけている写真などを
みると、絵以上に 本人がコミカルとは言わないまでも
独特の個性をお持ちではなかったか・・・とも感じました。

もちろん、明治・大正の方なので 今以上に甲冑などは
身近であったとも思うので 特別なことではなかったのかも
しれませんが、

対象をとらえる眼と 絵画にしたてていく眼、
その2つがとても鋭くて、かつ優しい そうしたところに
古典を志向する姿勢、もう一つの眼が介在していたように
推測します。

やまと絵で扱われる題材は、古典や史実などであり、
それらは文字通り物語とともにあり、
常に語るべきもの、語られてきたものを描くわけで
伝えるという部分がより自然と研ぎ澄まされていったのでは
ないかと感じるのです。

いつまでもいつまでも観ていたい、そう思わせてくれる
展示会でした。

2011年11月23日 (水)

ザ・パワー からまなぶ いやな気分からの脱し方

ロンダ・バーン著 ザ・パワー を読む

シークレットもそうだけど お気楽というか 信じるものは
救われるというか・・・

でも シンプルすぎて 嘘もないと思う

ザ・パワー では 愛の力 をとくに教えてくれてるのだけど
その本の中で 一つ 不愉快なことや よくない気分の状態から
自分を脱してくれる考え方について ともて面白い記述をみつけました

それは、悪い感情を飛び乗った野生の馬とみなして、自分がその騎乗の人
であれ 他人がそうであっても、ただ馬にのってるだけ 馬を乗り換えれば
いいと考えればらくだというものです

以下、メモ
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悪い感情があることは 仕方のないこと
悪い感情を持った時に、それを良くないことだと思うと、悪感情に
更にパワーを加えてしまう。自分が放つ否定的な感情も増えていく。
大切なのは悪い感情に支配されないようにすること。
抜け出すためには元気を出す!

人生は楽しくなるようにできている。
人生をあまりにも真剣に考えすぎると深刻なものがやってくる。
悪い感情を自分が乗る野生の馬にたとえると、悪い感情は
本当の自分ではないのだから、馬から降りればいい。。。

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なるほどと思いました。

2011年11月22日 (火)

日本人にしかできない「気づかい」の習慣  上田比呂志著

上田比呂志さんの

日本人にしかできない「気づかい」の習慣

上田さんは老舗料亭に育ち、三越、またディズニーでの経験を積まれて、
いまはコーチングなどを手掛けられている方です。

おそらく ご自身の幼少からの経験などを客観的にとらえて本にする
それは若すぎてはできなくて とても優しい語り口で 読みやすく
ためにもなる本なのですが、実際は大変なご苦労があった末の一冊
かと 読んで思いました。

そして、そうした本だからか、気づかいを学ぼうという場合に
読むのもいいのですが、どちらかといえば、日ごろ気を遣いすぎて
疲れる人に 勇気を与えてくれるような一冊とも感じました。

平易な文章であり、また静かに経験を語られ、引用されている
文章も とてもセンスが良いです。おすすめです。

以下少し 僕自身のために
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誰も損をしないようにするにはどうすればいいのか?
みんなが楽しめるにはどうすればいいか?
そう考えていくと、気づかいはもっと気軽なものに変わります。

------------------------------------------------------------
修行というのは精神的な成長をさせてくれます。
自分を律し、修行していくことで精神的な余裕が養われ、
人間としてひと回り大きくなる。
だから、日本人は我慢の文化を受け継いできたと思うのです。
自己中心的になれば、気づかいはできません。
相手を思いやる気持ちというのは、精神的な余裕がなければ生まれません。
気持ちの余裕が、周りを広く見渡す視野、物事を深く考えるセンス、
慮るセンスを養ってくれるのです。

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友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹を決めて、
自分をつらぬいていけば、ほんとうの意味でみんなに喜ばれる人間に
なれる 岡本太郎『自分の中に毒を持て』

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三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理で末決まる。
江戸の知恵
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2011年11月16日 (水)

畠山直哉展

東京都写真美術館で開かれてる

ナチュラル・ストーリーズ
畠山直哉展 を観に行った。

大きなスケールで自然のありのままの姿をとらえた作品で
構成された展覧会だったのだけど

個人的な感想としては、自然の写真にて 作家のメッセージを
感じるのは難しいと思いました

その自然と観手の対話はうまれるのですが、撮影者の介在を
どのようにとらえるか悩みました。

けれど それがまた一方でいいところのように思います。
いろいろな写真に出会って
自分の腕も磨きたいです。

2011年11月10日 (木)

宝塚の魅力

宝塚の魅力 そう男性が書くと話を聞いてくれる人は
それほどいないかもしれないけど・・・

それほど順風とは言えない人生をこれでも歩いてきた
知ってる人からは そう思われないかもしれないけど
それでも いろいろな苦労をしてきたと思うのですが

そうした眼からみて ほかのどの舞台よりも
主役の脇にいる皆さんの所作や演技が素晴らしくて
そこにとても心を動かされたり

この人はと思う方が しばらくすると トップスターへの
道を歩みだしたりと どこか矛盾するけど
手抜きのない舞台と感じるからだと思います

もちろん ほかの舞台も大好きですが、宝塚については
大好きというと誤解を受けるかもしれませんが 同じ
好きでも ちょっと雰囲気が違うなあと思います

さて、そんな宝塚ですが、時代によって
その楽しみ方や いろいろな制度が違ったりと
その魅力にも変遷があったということを

中本千晶さんの
『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか
 観客を魅了する「男役」はこうして創られる』を読んで

知りました。

そして、いつの時代の宝塚が 一番 自分によかったのかな
などと思いましたが、おそらく先ほどんのような
普遍的な部分に魅力を感じているのだろうと思います。

これに関連して 歌劇団の理事長をつとめた 引田一郎氏の
言葉です。

「みんなが主役になりたいと思うのは無理もありませんが、
実は芝居というものには、脇役が非常に大切なのです。
主役はもともと生かされるように書かれてあるもので、
主役らしい華やかな持ち味とか風格があれば、それだけでも
一応つとめることができます。しかし、その主役をよりよく
生かすためには、うまい脇役が揃っていることが必要です。
(中略)ただし、主役になる人は、生まれながらに主役の
条件を備えていることも必要です。脇役をやって上手な人が、
必ずしも主役になれないということも、同時に皆さんは
心得ておかねばなりません・・・」
(葦原邦子著『若草の歌』より)

人生においては誰もが主人公ではありますが
その演じ分けもこれからの課題かと思いした。

2011年11月 8日 (火)

法然と親鸞

この前、このブログで親鸞について本を読んだ感想を書いたのですが

http://hibiteki.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-4ac7.html

必然というか 当然というか 親鸞の師匠である 法然にも興味を持ちました。

おなじ新潮社の トンボの本、こちらのシリーズは 芸術新潮とかの
特集をまとめたものなので クオリティは高くて 安価という 良い面を
持っています。

仏教入門 法然の「ゆるし」 (とんぼの本)
梅原 猛

こちらを読むと、個人的には 法然のほうが好きだなあ・・・と
感想を持ちました。

おおらかさのようなものが全体に感じられる一方、大きな変革をもたらした
パワーや真摯さ、執着のなさといったものが、もし自分が同じ道を歩むとしたら
どうであろうか、そんなことを考えさせられました。

それ故に 本のタイトルに 「ゆるし」というキーワードがあるのかも
しれません。

また、梅原猛さんの寄稿に、法然の思想に強い私淑を感じました。

ところで、よく 求道と言いますが、この「求」は「救」ではないか
そのように思います。

どうやって救うか、これは宗教家だけではなくて、市井の人々にとっても
大切な課題のように思います。

法然や親鸞の生き方を学ぶとき、その教義などを理解するよりも何よりも
今 自分が 何を救おうとしているのか、そのために何をしているのか
と自問し、また行動をしていくことが 必要ではないかと思いました。

それに翻って、現代の寺院が何をしているのか、よくこのブログで
取り上げるお坊さんたちは どちらかと言えばアクティブなのですが
そうでない場合も多くあるように思います。

そうしたまなざしを 己にも また 既存の宗教にも向けていくことが
とても大切なのではないでしょうか。

追伸・・・

ネットで 救道 と検索したら 親鸞を中心にする仏教のサイトがみつかりました。とてもいいなあとおもったので ご紹介します。

夢相庵 http://www.plinst.jp/musouan/index.html

2011年11月 6日 (日)

リーダーは会議で姿を消せ! 沖本るり子著

おすすめ 会議本
上手なプレゼンや 会議で提案を通す
そうした声の大きさよりは

会議が有益に メンバーが有機的に動き出す
きっかけとなる会議をどのように進めていくか
とても勉強になります。

奇跡の災害ボランティア 石巻モデル  中原一歩著

震災後、石巻には足を何度か運びました。
ボランティアという形でもなく、被災した近しい人の
お手伝い程度でしたが、地元の目、地元の声
それらは立場や あの日からおかれた境遇にもよって
様々ありますが、

それでも やはり 見かけるボランティアの皆さんには
感心しました

そうした 石巻のボランティアの運営がよくなされていた
ことを

中原一歩著
奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」にて知りました。

ボランティアの実績を持つ団体の担当者と
地域のなかで青年会議所のリーダーをしてきた人材
ボランティアセンターを受け入れた石巻専修大学や
自治体・社協・自衛隊

それぞれがよい連携をするに至った過程
また、ボランティアセンターが大学施設にあったことで
維持された規律など 内実もよく書かれています。

ボランティア団体の方の言葉に

「これはNGOなどの団体の欠点でもあるのですが、
 誰かに『仕切られる』のを極端に嫌うのです。
 それは、災害支援という共通の目的があっても、
 その団体の設立の主旨や経緯が違う以上、仕方が
 ないことなのです」

とあるのですが、まさに真実で、この気持ちを理解することが
ボランティアを受け入れる側にも理解する必要があると
思いました。

なお、本書では企業派遣のボランティアについても
ブリジストンやIBM、モンベルなどが紹介されています。
企業のCSR担当の方には参考になるのでご一読を
お勧めします。

企業の姿勢もまちまちですが、担当者としてどう考え
行動するか その思いを共有することは大切だと思います。

親鸞のこと

法然や親鸞には あまり縁がなくて
これが菩提寺の宗派が浄土宗や浄土真宗であれば違ったのですが
そうでもなく

たまに芝の増上寺を訪れると念仏をささげる姿があって
念仏のお寺だったのだと思うこともあったのですが

親鸞や蓮如がブームなときがあっても
それでも自分自身でその教義や思想、彼らの人生について
知ろうとはしませんでした

だから 新潮社の とんぼの本 の 仏教入門シリーズの中の1冊に

『親鸞の「迷い」』梅原猛・釈徹宗 があったときに

親鸞の迷いというけど、お坊さんが迷うのだろうか
何について迷ったのか ということが タイトルへの疑問として
湧いて、読むことにしました。

親鸞の人生、それは多くの方がご存じのとおりで、
エリートコースを歩んだわけではないし、僧として公式に妻を持ったりと
穏やかな人生を歩むよりは、波乱万丈であったと言えるのではないかと
思います。

迷いと改めて言われると、何かすごいことのように思うのですが、
そうした誰にでもある普通の人生の中にある迷いと同じレベルであった
としても、

その解決方法を必死に模索し、その上、さらにそれを常に自問する
取り組みもまた、迷いであったかもしれないと感じました。

常に湧きおこる迷い故に、いつでもまっすぐに、その道を歩むことが
できたのではないでしょうか。

冷静に思うと、教義がシンプルだったせいで、逆に門徒の中に
いろいろな解釈が生まれて混乱したり、妻帯したために、跡目相続の
ようなものが付きまとったりと、結果、自身の選択が引き起こした
混乱もあるように思いますが、そうした姿は現代人にも似ているように思いました。

親鸞をイメージすることは、現代人にとって身近な道しるべを
得ること同義のように感じます。

2011年11月 3日 (木)

ラジオ深夜便的効果

夜の時間、聖書を朗読しているCDを ぼーっと部屋で
聞いてみました。

たぶん これは 聖書以外でも 朗読の上手い方の音読で
あれば、論語でも、詩でも なんでもいいと思うのですが

とても気分が落ち着きました。

ラジオ深夜便的効果・・・かもしれませんが 笑

2011年10月31日 (月)

シュトルムの短編を読んでみて

1800年代にドイツで活躍した シュトルムの短編小説を読む

ネットで調べると 時期によって その作風は変わるらしいのだが
今回は後期に書かれた

「聖ユルゲンにて」
「後見人カルステン」
「ハンス・キルヒとハインツ・キルヒ」

あらすじや感想は書きませんが、法律家として過ごした経験や知識、
また市民階級からみた社会に対する考え方、温厚さや実直さ。
正直に生きることを尊ぶ姿。といったもtaのが感じられて、
個人的には親しみを持った。

たまたま手にしたというだけなのだけど、同じ作家のものを
また探して読んでみたいと思った。たぶん、好きな作家の一人になることだろう。

2011年10月30日 (日)

ピアニスト グレン・グールド の ドキュメント映画のお話

もう 「お若い方はあまり知らないのよね・・・」と
初老に差しかかりそうなご婦人二人組みが映画館の
エレベーターでおりながら話しているのが聞こえてきた。

ピアニストの グレン・グールド のドキュメンタリー映画を
観て帰りのこと。

グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独
http://www.uplink.co.jp/gould/

確かに、ぼくも初めて名前を聞いて、たまたま映画をと
都合のいい場所と時間で上映されていたのがこの作品だったのだけど

観ていろいろなことを考えさせられました。
彼の考えや音楽への姿勢、人間関係、それらは天才ゆえにいびつな
部分はあったかもしれませんが、人間誰もがもっている性質であって
それにどのように対峙するか、または逃避するか、はたまた破滅か
生き延びるか、などなど

どの道を選んでも進むしかない そんなことを感じました。

おそらく、グレン・グルードにとっては、その源が音楽であったのだと
思います。

そもそも、音楽が何かを否定するということはないのではないでしょう。
それを聴くか聴かないか、演奏するかしないかは人間に委ねられていて
音楽に罪はなく、音楽はただそこにあるだけなのです。

その音楽に精力を傾けるということは、とてもシンプルな行為であり、
境遇が困難なものになればなるほど、人はシンプルな行為しか行えない
のではないでしょうか。

そんなことを帰り道に 思いました。

東京雑貨

気持ちのいい秋の一日

森井ユカさんの 東京雑貨パトロールをめくりながら

あそこにも、ここにも行きたい、買いたい、欲しい と思ってしまう。

実際は、部屋中をみまわして このガラクタを何かできないのかと
思うのに、やっぱり 雑貨店は魅惑だ。

■いきたいお店をリストアップ

文化屋雑貨店
http://www.bunkaya.co.jp/

タミヤ プラモデルファクトリー
http://www.tamiya-plamodelfactory.com/index.html

国立科学博物館ミュージアムショップ
http://www.kahaku.go.jp/

切手の博物館
http://yushu.or.jp/museum/

芸術の陰謀 消費社会と現代アート  ジャン・ボードリヤール

フランスの現代思想家で2007年に亡くなった
ジャン・ボードリヤールの

「芸術の陰謀 消費社会と現代アート」を読む。

あと何度か読み込まなくてはとおもうけど
物事の本質をしっかりみつめための思考の訓練にちょうど
いいと思った。

あまり度がすぎると 煙たがられるし、嫌味なものだけど

それでも、これは人というよりはその仕組みや機構など
ここでは“芸術”なのだけど、何か大きな力にたいして
人間の目が注視するという取り組みは欠かせないのだと
思った。

そんな目をもったときと 持たないときで 何がちがうか
何も異なる結果ではないのであれば、何も見ずに流れに
身をおけばいいとなるが

そこを抗するのも 人間であり 思想だと思う。

「思想から発想する」これは僕が個人的に使っている
言葉だけど、そうであり続けたいと改めて思った。

2011年10月29日 (土)

読破できないけど 課題だと思うこと 

読破できない2冊

でもこうして書いておくと いつかはと思えたり
何かしらの意識づけが自分自身にできるのではないかと思う

報酬主義をこえて
アルフィ・コーン著

終わりなき危機君はグローバリゼーションの真実を見たか
水野和夫著

リーダーシップ6つの試練
ディーン・ウィリアムズ

ぼーっとながめたり、経済については諦めもあったり、
リーダーシップは読むより実践とか 様々なことを考えたりしてみて
いまある実感は

おそらく、個人がどれだけ他人のために一生懸命になれるかが
すべての解決の糸口ではないかと考えている。

例えば仏教でいうところの菩薩行では 誰もなっとくしないだろうが

報酬制度に限界があったり、リーダーシップにおいてフォロワーの
役割が実は重要であったり、経済が期待をあたえるよりは失望の中に
いることを思うと、そうした静かなテーゼがみえてくるように思う。

けれど、自分が簡単に考えるに至らない別の答えもどうにかして得たいという欲求にかられてもいる・・・。

願いごとをかなえるお願いのしかた・・・

この前 手にした 上原愛加さんの 乙女の願いがなんでもかなうという
「ふんわりまろやか基準」このコンセプトを 少し真面目にしてみると

サンマーク出版からでている

ピエール・フランク著
「宇宙に上手にお願いする法」と似ているようです。

こちらの中に、お願いは「~したい」ではなくて、すでにある状態を
思い浮かべるといいというのがありました。

よく、恋に恋するという表現がありますが、そこから一歩すすむと
恋愛を冷静に考えられるように

すでにあること、そのことに満足するとからはじめてみると
何事も建設的に対処することができて、結果、願いも実現するのかも
しれませんね。

アウンサンスーチーさんの姿に学ぶ本来の「絆」について考える。

世の中には皮肉なことがたくさんあります。

子供の時代より世界をつまなくみることができた人間が
その後、自宅に軟禁され、一番知っているはずの自由や民主主義を
謳歌できずに、ただひたすら民主化を求める側となる。

その国の成り立ちや政体が、ある人の人生を大きく翻弄することは
なくならないことだけど、その時に何が支えとなるか
何が道を示してくれるかと考えた時に それは家族との出会いや
だれか大切な人との出会いではないかと アウンサンスーチーさんの本

絆こそ、希望の道しるべ を読んで思いました。

これはインタビューを掲載しているので、読みやすく何度も読んでみて
当然、仏教の考えも含まれてはいるのですが、両親者や配偶者、子供たちと
時間を超越して、心の中でいくどとなく対話され、あの軟禁を乗り越えられて
いったことがわかります。

いまの時代、つぶやけば 誰かが聞いてくれたり、それを“絆”として
マーケティングのキーワードとして取り上げられる状況です。

そのことの是非は問いませんし、私自身、そのようなことを仕事でも
プライベートでも考えていて、欠かせない要素として思います。

例えば テレビで お笑い芸人の交友録のようなものを笑って聞いている
我々はたぶんさびしい存在ではないでしょうか。何か漫才や芸を観ている
わけではなくて、昨日の居酒屋での出来事が話題となる時代です。

落語にもその要素はありますが、あくまでも “まくら”であったことが
いまや1時間のテレビ番組なのです。

でもそこにはさも楽しい芸人どうしの絆があって それを視聴者はうらやましくも思ってる。

そのように考えたと、私たちが胸をはって、自信をもって、その孤独に
耐えうるような絆が何であるかを、見つめなおす必要もでてきたのでは
ないかと思いました。

もちろん、どのような記憶にでも執着して 生き延びることはできます。
しかし、そこにより大きな困難が押し寄せた時に、人間らしく、朗らかに
歩むときに欠かせないもの。それは何でしょうか。

できることならば、私自身が家族にとってそうした存在であり
家族にとってもそうした存在でいられるよう 努力したいと思います。

民主化を求めるために欠かせなかった絆が
実際の民主主義の中では失われる危険性をはらんでいる。

そうした 悲しい摂理ともいえる皮肉に 立ち向かわせてくれる力の源、
それを 絆 と呼ぶのかもしれません。

とんかつ定食とエル書房

この前、誰かと話していて

とんかつを食べるときは、キャベツからがいいんだって・・・
と聞いて

そうなんだあ・・・それなら久しぶりに足がとおのいていた
とんかつ屋さんにもいけるかも!と思ったのですが、決心がつぬうちに
どうやらその情報の元となっている本をみつけ そのタイトルずばり

とんかつ定食はキャベツから食え!
三谷芳広著

l

この本、表紙にもとんかつの写真が掲載されているので
とんかつの美味しい食べ方を紹介している本かと
おもいきや

野菜からの健康を考える薬剤師の 三谷さんが
ダイエットの上でかかせないビタミンを野菜から摂ることの
ミソを色々と教えてくれる本でした。

また、ビジネス書ではないのですが、随所に、様々な仕事をへて
家業の薬局に入り、また野菜を広めていくために
起業していく そうした努力の過程を知ることが出来て
何か力がわいてくる本でした。

こうした活力を野菜が与えてくれるなら
ダイエットとか関係なしに、美味しく野菜を食べよう
と思わせます。

そして、地方にてこうした元気なビジネスが農業や医療に近い
世界から創造されていることには大きな刺激を受けます。

また、この本を出しているのは エル書房といって
面白い出版社かもしれないと 末尾に書かれた
メッセージをみて思いました。

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【エル書房のブック・ポリシー】

この本の著者は、プロの作家さんではありません。
私たちが選んだ、業界のプロです。
エル書房は、たくさんの情報の中に埋もれてしまっている
本当に価値ある情報だけを本にして
あなたに伝えるために立ち上がった出版社です。

“これは!”と思ったプロの確かな情報が、
わかりやすく、あなたにちゃんと伝わるように、
誠心誠意をこめて言葉を紡ぎました。

著者と二人三脚でつくったこの本には、
自身の経験と知識と情熱で「あなたの人生をもっと良くしたい」
という“強い想い”が込められています。

ひとつの道を極めた著者が発した、魂からの言葉たちで、
あなたが励まされたり、ためになったり、涙がでできたり・・・。

そんなふうに、この一冊が
すこしでもあなたのお役にたつことができたらうれしいです。

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エル書房 http://www.lshobou.com/index.html

花森安治的にも、岩波茂雄的なものも想起しましたが
このブログでもそうですが、本がたくさんあって そして
たくさんが読まれています。

それでも明日が変わらないのなら、それはとてもつまらない
ことです。

ですが、そこには限界もあります。本一冊で変わる人生もあれば
本一冊ではどうにも変えられない世界もある。

けれども、プロダクトとしての一冊の本に込められた思いは
著者からも 編集者からも また出版社からも
受け取ることが 読者には許されていることを ポリシーを読んで実感しました。

これからも 良い本に出会いたい
そして いつか それを どのような形でが 届けられる
自分になってみたいと思いました。

上原愛加さんを知ってますか? ふんわりまろやか基準・・・

およそ男子が手にする本ではなかったのですが
手当たりしだい手にすると・・・誰だこのきれいな人は
みたいな感じで手にして なんとこれは! みたなことが
おきます

エッセイストの上原愛加さん の

100%奇跡がおこる
乙女の魔法のつかいかた。
すべては絶対うまくいく!

女性の心理を知る上では 役立つかもしれないのですが
これは 女性の中にも 賛否両論あるようで

ネットでも 女子大生のブログみたいなとこでは
あんまり良くいわれてなかったり・・・ いろいろあって
面白いのですが

要は、どんな状況でも ポジティブに受け取って
ほほえんでると 幸せはやってくる

あるいは 自分の気持ちのいい方を選択して
ストレスレスにするとよい といったことを

「ふんわりやわらか基準」として勧めていて

意外と理にかなっていると思ってみたり
はたまた 乙女 として考え方とかが じっくりわかってみたりして

興味深かったです

ちなみに、本自体が読者から寄せられた報告などを
多様していて マーケティング的にも勉強になります

そして何よりもびっくりなのが 本にでてくる写真のモデルさんが
どうやら 著者本人らしく・・・スゴイ!と

まったく別のところに感動してしまう本なのですが、
これもやはり乙女を引き付けるには、教祖的な存在感を
演出する必要もあるのかもしれないと ずるく考えてみました。

2011年10月23日 (日)

減速思考 リチャード・ワトソン著 (なかなか面白いです。)

コンサルタントの リチャード・ワトソンが書いた

「減速思考 デジタル時代を賢く生き抜く知恵」

当然のことと言えば、当然ではないか。
時代はいつもくり返すので、ある成熟の次には減退、そして成熟と
そのサイクルを いまから未来を予測すれば 減速となるのだと思う。

しかし、そのことを人間の脳の構造や、来るべき未来を提示したうえで、
しっかりと描いていることがすごい。

個人的には いつもこんなことを思っている。
ある未来を主張し、そのための手段を提示するとき、

その主張に邪心のような嘘がないか。
単純にそこまでしかわかっていなくてそう言っているのか、
もっとその先を見越して作為的、かつ一時的にそのことを主張しているのか
愚かな前者でも 賢すぎる後者 どちらがいいか 悪いかは時と場合によるが
あからさまにわかりやすい時を あさはか と言うのではないかと

だから、自分がどこか山の頂点にいるような心持での判断はしたくないし、
そうした慢心がもたらす危機を恐れている。

だから、その本質を見極めるのに読書は役立つし、何よりも自省が欠かせない。

さて、以下の言葉にも多くの人がうなずくことができるのではないだろうか?

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【モノや環境によって、深い思考を促す10のヒント より】

4、オフィスの壁を取りのぞき、近接性を作り出し、オープン・プラン式の
  オフィスを作ってみても、社員同士の偶然の遭遇や散らかった机ほど
  には、アイデアを生み出す役にたたないことが多い。

5、在宅勤務は効率的で、オフィスや紙や空間は減らせるかもしれないが、
  同時に孤立を深め、アイデアを生み出すために必要な偶然の出会いを
  減らしてしまうかもしれない。

7、ちょっとした出会いや偶発的な出来事は、深い思考に役立つが、
  ひとつの方向に注意を払いすぎるなら、別の方向からやってくるものを
  見逃してしまうかもしれない。

8、家での会話は、庭、ポーチ、テーブルのどこであろうと、深い思考を
  促す。しかし、家庭内でのテクノロジーの使用頻度の増加によって、
  会話の機会は減じている。

9、テクノロジーに乗っ取られかねない状態であるにしても、家庭でも
  職場でもない「第三の場所」は日常から脱出する機会を与えてくれる。

【未来の知性はどのようなものになるのか10の予言 より】

6、スローフード運動と平行して、スロー思考運動が生まれ、ゆっくり
  読むことや書くこと、紙を基本とした昔ながらのコミュニケーションが
  尊重されるだろう。サイバー攻撃に備え、また、重要な情報をスクリーン
  上で急いで読むときに生じる失敗のために、戦略上重要な書類を紙に
  戻す企業もあらわれるだろう。

8、知性のプライバシーは、とくにバーチャルな世界で生き、働く人たちにとって、
  大きな問題になるだろう。

9、近い将来、時間や空間は贅沢品になるだろう。その結果、通信手段から切断
  されたリゾートの開発や、オフィスや図書館、ホテル、飛行機、カフェなど
  思考のための静かな部屋や空間が発展するだろう。

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ちょっとしたつながりの消費社会論 現代日本にんの絆 亀岡誠著

現代日本人の絆 亀岡誠著

最近のビジネスでは 何であれ 顧客とどうつながるかを
考えさせられることが多いはずだ

それを ありきたりの言葉で解釈すれば プロダクトアウト的か
マーケットイン的かの違いで

この本で語られている「ちょっとしたつながり」は
マーケットの主人公たちの主観であって、感覚的なものだろう

だからこそ その感覚に 深い理解と強調、コミットメントを
行えた企業のみが生き残ることができる または 同義語として
新しいビジネスを起こすことができると言えるのかもしれない。

なお、これまでは そのつながり感を演出するツールを作る
企業が優勢であったように感じる。

一方で それを活かしたり、支えたりする分野のビジネスも
まだまだ 発展の余地があるのではないかと感じている。

2011年10月20日 (木)

放射能の中でいきること

日常を生活するためには、その瞬間、瞬間に 何かを忘れる必要がある
残念ながら それが 放射能のことだ という状況がなんとも
つらいのだけど

その辛さを チェルノブイリの事故後から 現地の人々と分かち合って
こられたのが

NPO法人「チェルノブイリへのかけはし」代表の 野呂美加さんだ。

このNPOは、ベラルーシの放射能汚染地域に住む子供たちを 日本に
1ヶ月間招待し、転地療養させる「保養里親運動」をされています。

さて、野呂さんの著書 放射能の中で生きる、母たちへ

を読むと、放射能が子供たちに与える影響がよくわかります。

そのほかにも 学ぶことは様々あると思います。

2011年10月17日 (月)

ダライ・ラマ 夜明けの言葉

ダライ・ラマ14世 の本は読むようにしている。

ダライ・ラマ 心の自伝
http://hibiteki.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f483.html

そして 今回 「夜明けの言葉」を手にしました。

これは、講演やインタビューのなかから 言葉を選んだもので
数行のメッセージをテーマごとに編集されています

さらに チベットやブータンの写真が入っていて
いつかは言ってみたい または 語られる言葉の姿のようなものを
想像させてくれます

日本で過ごすと、強い日差しや砂ほこりにまみえるということは
あまりありません

ですが、チベットやブータンのくらしの中では、自然のことで
その厳しさは人の肌にも しわ をより深く強く刻むように思います

その しわ を受け入れることがはたして私にできるか そのような
ことを思いました

一方で、そうは言えども年を重ねる中で しわ は出てきます。
やはりまた、 それをどう私は受け入れるのか と思いました。

よき顔であること それは どのような信仰を持とうとも共に
欠かせない 大切なことではないでしょうか。

さて、そのような中で 本書で 繰り返し語られていること
それは 怒りに 忍耐と慈悲で接して 怒りを消していく
そのときに よく思考して善悪の判断をすること

また、次の世代を考えて よく生きること
生と死の意味などについてです。

輪廻も考え方によっては 霊的なものとしてではなく
客観的なものとして とらえることができます。

現在の連続に将来があるならば 今をよくすることが
将来をよくすることにつながる

逆に 今が悪い状況であれば その原因は過去から続く
どこかに原因があるのかもしれない

そしたら何をしようか
そこには限界もあるかもしれないが、自分の内面には
限界はないだろう・・・と

とてもシンプルなことなんだなあと 改めて思いました。

2011年10月16日 (日)

仕事の鬼と謙虚な知恵者

日頃、問題点を前にどう解決するかということを仕事にしています。
できれば、問題から脱出して、課題に取り組んでいるといえるように
なりたいのですが・・・

その道のプロフェッショナルというわけではありませんが、
どんな業種や職種でも 同じようなことが仕事の中心になっていると
言えるのではないでしょうか。

さて、飯久保廣嗣さんの 「解決学 15の道具」の中に
身につまされるお話がありました。

それは仕事の鬼が失敗を招きやすい傾向にあることと、知恵を持っている
人がとても謙虚であると二者を対比している部分です。

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仕事の鬼の傾向として、他人に厳しく意見を述べる裏返しとして、
えてして人から意見されると頭ごなしに否定したり、攻撃的に
反論します。(中略)いずにれしろ周囲は、好き嫌いは別にして、
その人にたいして意見しなくなります。(中略)結果、自分だけの
アイデアでしか考えられなくなった「仕事の鬼」は、複数思考の
分析が難しくなり、ついつい「ひとりよがり」の思考にはまって
本質は見極められなくなり、間違った意思決定をする危険が高まる
のです。

---------------------------------------------------------------
本当の知恵者であれば、多様な視点から出された複数の意見を
吟味し、最適解を見つけ出すことが合理的だとわかっています。
ですから、いろいろな人に気さくにアイデアを求め、当初自分が
抱いていた意見と違っていても、それがベターだと思えばなんの
ためらいもなく採用できるのです。自分が絶対ではない、と知って
いるのです。
他人が自分にたいして否定的な意見をしても、それがピントはずれ
で無礼、相手を侮辱した物言いでないかぎり感情的になることなく、
ある程度は冷静に受け入れようとします。さらに自分自身で、一度
答えが見つけたとしても「他に、よい答えはないのか」と、思考を
さらに深めて複数の選択肢を探し正しく分析するのです。こうした
プロセスが知恵者の頭の中ではくり返されています。論理的な人は
謙虚です。

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自分がどちらであろうかと、それが時と場合といった相対的なもので
どちらにもなっているのではないか、そんなことを思いながら、
問題に対峙するときに、とても大切なことが示されていると思いました。

一番大切 と言わなかったのは、そのほかにもいくつもの要素があり
(この本でも当然語られています)それらを駆使する活動と思うからです。

そのほかにも、問題となりやすいリーダーの指示の例などとても勉強に
なります。

①優先順位の間違い
②対策への短絡
③他人の頭で考える
④場当たりの議論

この飯久保さんの本は、たんにノウハウが書かれているのではなくて
上記のように、実際の職場で働く人がその立場に応じて考えたり、迷ったり、
経験したりする姿そのものが示されていて、嘘は少ないと感じました。
その分、腰を落ち着けないと読みこなせなかったのですが、これからも
しばらくお世話になって、問題を解決していく上で勉強させていただきたいと
思いました。

2011年10月15日 (土)

花森安治のこと  暮らしの手帖以前

ブログネタ: ブログ、どのくらい更新してる?参加数

このブログをご覧いただくと それなりに更新をしている
のでは・・・と思います

毎日とは言わないまでも、それなりに更新して 記事もたくさんに
なると 意外とたくさんの方にご覧いただいていて驚くことも
あります。

さて、「暮らしの手帖」はなんとなくなじみがある雑誌で
編集長であった 花森安治にはあこがれのようなものを漠然と
思っていました。

結婚の祝いにと、ある方が「暮らしの手帖」の定期購読を
プレゼントしてくださって、1年くらいだったでしょうか
男ながら 読んでいました。

それから意識して 何かあると手にとるようにしています。

その編集長であった 花森安治の戦時中を中心にまとめられた評伝

花森安治の青春 馬場マコト著

出版・広告 の戦中史とも言えるほど丁寧に書きこまれていて
花森の精神の萌芽から その開花までがよくわかります

また 花森の強運のようなものに、ただただ感心します。

できれば、その豊かな才能の原点をもっともっと知りたくも
ありました。

また、花森にそもそも編集の協力を求めた暮らしの手帖社の
現オーナー、大橋鎮子さんの半生もとても興味深くありました。

何よりも、いま私が住んでいる近所の小学校に通われていたことを
知ってびっくりもしました。

書きたいこともたくさんあるのですが、もう少しこの本を読みこんで
花森安治の 軍隊経験、翼賛会時代、戦後 と 一人の人間が向き合った
姿をまじまじとみつめていこうと思ってます。、

2011年10月11日 (火)

ホンマタカシ たのしい写真

ブログネタ: 今読んでいる本は何?参加数

仕事で嫌なこととまでは言わないでも
気になっている案件とか 1週間 考えを巡らしていたりすることを
どのように消すことができるのか

これが金曜日の夜のテーマで そのまま連休の半ばくらいまでは
思っていた

そんなときに 何か抜け出すヒントはくれないかと読み続けていたのが

ホンマタカシ たのしい写真
よいこの写真教室

当然、子供向きではなくて、写真の古典的な作品から 現在アート
までを 結構 どんなふうに撮ったらこうなるよ といった観点から紐とく

こう撮れるようになると こういうこともしたくなるよね・・・
といった写真界の必然をレクチャーしてくれるような1冊で

ちょうど 写美で行われている 畠山直哉展をみるときにも役立つぞ
と思いつつ、

さらに運動会もあって 写真を パシャパシャ撮っているうちに
なんか 吹っ切れたような・・・ アート系の本をむさぼって
それなりに 意識を切り替えることができたようなことを実感して

そういえば 校庭でフィルムカメラを持っているお父さんがいて
お話しさせていただき、写真談義もいいなあと実感したりもして

写真もちゃんと勉強したいなあと思ったり
でも 後から定義されるような作品を撮りたくもなく、
目的もないままに 写真を趣味にするのも嫌で

プロでも アマでも 写真の世界は奥が深すぎてついていけないと
くじけるし

ただ そんなこんなを振り返って 写真鑑賞にも写真の撮影にも
どちらにもふさわしい形で うまく編集されているのが
この本だと思って あわてて ブログでご紹介

2011年10月10日 (月)

ミニシアターを作りたい。。。 ミニシアター巡礼 代島治彦著

ブログネタ: 今読んでいる本は何?参加数

ミニシアター巡礼 代島治彦著

先ほど、定年後の生き方みたいな本を読んでいろいろ
考えたのだけど 一方で、何も構わずにやってみたいと思ったら
ミニシアターでも作りたいなあと

代島治彦さんの ミニシアター巡礼 を読んで思った

代島さんというと、BOX東中野の経営者だった人でその後のことは
よく知らないのだけど、改めてこの本を手にして映画っていいなあと思った

ちゃんと 現在の ミニシアター に至る 歴史もインタビューの中には
隠れていて、参考になった。

ミニシアター前夜としての、草月アートセンター、岩波ホールなどなど・・・。

紹介されている劇場は次のとおり

桜坂劇場(那覇市)
http://www.sakura-zaka.com/

シアターキノ(札幌市)
http://theaterkino.net/

名古屋シネマテーク(名古屋市)
http://cineaste.jp/

新潟・市民映画館シネ・ウィンドウ(新潟市)
http://www.wingz.co.jp/cinewind/

進富座(伊勢市)
http://www.h5.dion.ne.jp/~shintomi/

シネモンド(金沢市)
http://www.cine-monde.com/

シネ・ヌーヴォ(大阪市)
http://www.cinenouveau.com/

RCS(京都市)

シネマ5(大分市)
http://www.cinema5.gr.jp/

シネマテークたかさき(高崎市)
http://takasaki-cc.jp/

シネマ・クレール(岡山市)
http://www.cinemaclair.co.jp/

ユーロスペース(渋谷区)
http://www.eurospace.co.jp/

東京や大都市のミニシアターはちがうかもしれないが、
地方にあるミニシアター(地方とはいえだいたい県庁所在地)は
ローカル、その地域の文化を意識しながらも、一方で 世界中に
潜んでいる映画を発掘していることが とても面白いとおもった

映画の魅力は いろいろあるのだろうけど どこか世界中にいる
他人のことを知りたい、理解したい、また分かち合いたいといった
喉の渇きのようなものが 詰まってはいないだろうかと感じた。

そして映画はインテリぽいけど、大衆のものなのだと思う。
シネマ5の田井肇さんの インテリの集まる湯布院から、
本当に普通の町の映画館への転身には 何かそうしたものを
感じた。(勝手な想像ですが・・・)

それと、紹介されているミニシアターのサイトをみていたら
映画主義という ポータルサイトを発見! ぜひご覧ください。

http://www.eigakanshugi.com/

まだまだ、この本の魅力、映画の魅力、ミニシアターの魅力
語りつくせないのだけど

どこかに、シアターもできる アートスペース を勝手に作って
いいよ と言ってくれるような場所があったらいいなあと
夢想しました。

定年とその周辺の生き方

ブログネタ: 今読んでいる本は何?参加数

「定年サバイバル時代」の働き方ルール
田中和彦著

世の中には いろいろな会社があるはず、
でも、もし定年とその周辺の生き方についてみなが
同じ認識だったり、環境だったりしたら、どこかそれは
もったいないように思う。

じゃあ 自分は?となると また難しいのだけど

おそらく 根本は 働くことが 社会を作ることに
結びつかない場合の 悪い循環が そこにあると思う

老後のためだけではないのだけど、当たり前に市民として
生活するということを行っていると 実は、定年に焦点を
しぼった取り組みは あまり必要ないと思う

一方、いつまでたっても 目立ちたかったり、ビジネスの
中に身を置きたい、何かしていることがすごい!みたいな
感覚で定年を迎えると それは本書に書かれているように
いろいろな努力をしておいたほうがよいだろう

例えば、子供がいて 父母会やPTAといった活動にふれると
それは社会参加のきっかけになる

いまは、少子化で、そのパワーがNPOなどに流れている
のだけど、わが子を育てるくらいの覚悟と苦労をもって
そこに参画されれば それはそれでいいだろうし

ただ中途半端にながされると、募金あつめだけに使われて
ある種のマーケティングの餌食になって終わってしまう

よく世の中をみてほしい。NPOやソーシャルベンチャーを
立ち上げた若い人たちが、落ち着きだすとしっかりと家庭人にも
なっているし、それを世の中に知らしめている。

それは、世間が、最後はそうした人なみのことで
人を判断することを賢い彼らは知っている。
もちろん、それだけではないのだけど自己ブランディングの
思惑がないかといえばそれは、否定はできないのではない
だろう。

だから定年サバイバルを語る本書の中でも
勇気をもって 家族 や 家庭 を普通に語ってほしかったと
思った。

幸い、いま定年を迎えられている方々は、一般的な家庭を
築かれてきた世代ではないだろうか。

がんばり方はあるけれど、その世代が、家族や家庭の価値を
もういちど社会に教えてくれることが、何よりも求められて
いるのではないだろうか。

旧来どおりに産業の価値に生きるのではなくて、
自分自身、そして社会の価値を生む出す人生を本当の意味で
謳歌していただきたい。

そのように僕はおもう。

2011年10月 9日 (日)

マーケティングの限界と開拓、無料ビジネス

マトリックス・マーケティング(野口智雄著)と
無料ビジネスの時代(吉本佳生著)の2冊

現在のビジネスにとても良いアドバイスを提示してくれる
本と思った。

マトリックス・マーケティングは、コトラーの解く
ラテラルマーケティングをより発想軸で展開したもので

最近の疲弊したビジネスの世界に 発想を基本とする
マーケティングの可能性を指示してくれたように感じた。

一方、無料ビジネスは、誰もが向き合わなくてはならない
課題であり、実際にうまくいくかよりも、どのようなもので
あるかを理解することが求められていて

入門書としてよくできている印象を持った。

無料ビジネスの成功の秘訣を探るとき、無料ありきで
スタートしないで、もう一度、マーケティングの基本に
立ち返り、マトリックス・マーケティングのような手法で
冷静かつ幅広い視点から構築する意識をもつと

あらゆる可能性がそこにあることがわかるのではないだろうか。

宮本常一 歳時習俗事典

手元にある宮本常一の 歳時習俗事典 をみながらおもった

この本には、日本各地の歳時が記録されていて とくに言葉
についても その地方の特色を表すものが紹介されている。

それらをみながら、これらの言葉は どのくらいの時間を経て
その地に根付いたのだろうかということを思った。

普通に会社にいって 例えばその会社や業界で通じる言葉が
あったとしても、そこには あまり地域性はないのでは
ないかと思う。

また、それほどそうした言葉は長寿ではないのだろう。

もちろん、宮本が収録したそれらの言葉もいまの時代には
消え去るものも多い。

けれども、人々の生活がその地域の自然とそれに派生する
産業に深く関わると 何かこうした言葉がうまれる素地と
なっている。

穏やかに 実際は穏やかともいえない暴風であったりするけど
静かにそのことを示す その言葉たちが生まれた瞬間に
立ち会ってみたいと思った。

2011年10月 2日 (日)

マキャベリかソロモン王か

マキャベリかソロモン王か
ビジネスに対する考え方の対比としてとても面白いのが

最強マフィアの仕事術
マイケル・フランゼーゼ著

日頃、仕事をしていると 小さな感情に囚われた暴君と
なってはいないかと感じるときがあります

改めて気を引き締めなければと思いますた。

誠実で勤勉、そして賢明にありたいです。

セイゴオ語録

ぼくは 松岡正剛の大ファンではない
あまりよく知らないし、誰かを熱烈的に追いかける
ということが おそらくないので そこは冷めているのだけど

もし実際にお目にかかれたら だいぶ違って
逆に大ファンになってしまうかもしれないとも一方で思う

結局、似たようなことに興味があって
優秀なのが あちら もちろん 年齢的にも上で
まったく別世界の人なのだけど 改めて
セイゴオ語録 を ぱらぱらと眺めてそう思った

ある部分から言葉を抜く作業は いいようで 悪い
言葉を生み出す人間にとっても 長い文章のある一文だけを
切り出してというのは 内心どうだろうと思った

言葉は多くを語って やっと その一行なりの決め台詞に
たどり着くとして、個人的には それ以前に語られていることに
愛着を感じる

その多弁のほうが よほどに その書き手を隠せないと思うから
いとしいのだ

重森三玲のこと

芸術学者 と 書かれたプロフィール
その後の経歴の最後の方に 東京藝術大学准教授とある。

布施英利さんの 「体の中の美術館」をうなりながら読んだ。

体の器官を起点に、様々な芸術家の作品や活動を通じて
素晴らしい芸術論が展開されている。

職業柄当然ではあるのだけど、その水準はとても高いと思う。

そんな本を読みながらこう言えるかと思った。

芸術とはもう一人の人間を生む出す活動ではないかと。

人間が生み出すのだから当然なのだけど、もっと深い言葉で
表現したいのに適当な言葉がみつからなくて、自分の
あさはかさを反省。

本書の中で、重森三玲のことが詳しく紹介されていて
やはり いいなあと思ったし、ちゃんと行ってみたいと
思った、まだまだ美術展や本からの摂取しかなくて
実体験がない。京都から岡山あたりを旅したい。

・重森三玲庭園美術館
 http://www.est.hi-ho.ne.jp/shigemori/association-jp.html
・天籟庵
 http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=166392
・名勝豪渓
 http://www.city.soja.okayama.jp/kanko/kankochi/gokei.jsp
・東福寺
・大徳寺瑞峯院など

般若心経について

この前、ヘルマン・ヘッセの シッダルダ を読んだ。
これは 仏陀周辺の求道者の話だったけど

http://hibiteki.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-c31e.html

それに近いかもしれないけど

苫米地 英人  の 超訳 般若心経 を読んだ。

ここれでは、日本での通説、般若心経がインドから中国を経由して
日本にもたらされたという説ではなくて

中国で作られインドにもたらされたという説が紹介されていました。
実際、Wikipediaにもそう書かれていて、特別な説ではないようです。

(参考)アメリカの仏教学者 ジャン・ナティエ の論文要旨
 ・元になる経典「二万五千頌般若経」(にまんごぜんじゅはんにゃきょう)
 ・これをもとに中国で「般若心経」が作られ、インドに伝えられる
 ・インドでサンスクリット語に翻訳されチベットに伝わる 

また、最後にある 「ぎゃてい ぎゃてい ~」の部分は
マントラとしていて、苫米地氏は、シュメール文明(メソポタミア文明)
にこのマントラがあってシルクロードを経由して、中国・インドに伝わった
のではないかとしています。

この本では、空 の解釈について苫米地氏の説が主に紹介されています。

端的にいえば、無 と 空 とは異なる概念であり
空 は 有 も 無 も包摂する大きな概念であるということで
しょうか。

経典そのもの起源や解釈の論争よりも、著者がしめしているのは
こうした経典やマントラをとなる主体の心の働きが真のときに力を発揮する。
幸せをもたらしてくれる、そして その幸せとはどのような状況かと
解き進めます。

おそらく、般若心経を繰り返し、また時々に唱える過程で自然と
気づくことが多くて、個人的にもその内容と食い違いは少ないのでは
ないかと思いました。

昭和のくらし博物館

大田区にある 私設の博物館

「昭和のくらし博物館」の本をみつけました。

■昭和のくらし博物館
http://www.showanokurashi.com/

昭和のくらし博物館には たまたまのご縁があって
何度か足を運んだことがあります。

その時の雰囲気は、ただ建物や展示品が昭和というだけではなくて、
たたずまいや学芸員さんとの語らいの中にも、昭和の良さのような
ものが残っていたように感じました。

今はどうかわかりませんが、(きっとそのままだと思いますが)
とても懐かしく本を手にとりました。

ある時代だけを美化する必要はないのだけど
それでも、近くの過去と今の自分や自分を取り巻く環境を
冷静に考えるとき、昭和を意識するのは当然で
また必要なこととも思います。

個人的には 自分の小さい頃とか 亡くなった祖母のこととか
そうしたことを思い出したり、考えてみたりとなります。

さて、本書の中で、昔の絵葉書ブームのことや
西洋便器の普及過程の記事など 面白かったです。

また、昭和のくらし博物館に行ってみたくなりました。

2011年10月 1日 (土)

小谷正一のこと

岩波の本を読んでいて、誤字と思えるページを
みつけました。

本好きにはちょっとした 興奮すらあるのですが

そもそも どうして 岩波からこの本が・・・と思えなくもなく
でも 昭和の新聞の世界に興味を持っているとするならば
とても 面白い1冊と感じました

私自身はそこまでではないのですが、ちょっと危なかしい半面
こんなふうに仕事ができたら いいだろうと
この本の主人公について思いました

無理難題「プロデュース」します
小谷正一伝説 早瀬圭一著

詳しくは岩波書店のページにて

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0022250/top.html

2011年9月27日 (火)

シュタイナー 死について

死について ルドルフ・シュタイナー

シュタイナーの話す 霊的なことがとても理解できるわけでは
ないのだけど でもこうした感覚はあるのだと思います

冒頭の一節にしるされたマントラがすごく印象深かったです。

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死者への祈り

私の愛は
今あなたを包んでいる思いと
ひとつに結ばれます。
そしてすべての暑さを涼しさに変え
すべての寒さをあたためます
愛に包まれ 光を受けて
上へ向かって生きてください
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2011年9月24日 (土)

民俗学の周辺から現代社会をみつめてみる 佐野賢治著「ヒトから人へ」

佐野賢治さんの

ヒトから人へ 一人前への民俗学 を読んだ

佐野賢治さんは、
神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科教授で
大学に附属する日本常民文化研究所所長もつとめられている。

■日本常民文化研究所
http://jominken.kanagawa-u.ac.jp/

佐野さんの本を読みながら、佐野さんが民俗学の生き字引かなと
思うような 経歴をお持ちなことと、

渋沢栄一の孫である渋沢敬三が実業の世界に身を置きながら、
民俗学に大きな足跡と貢献を果たしていらしたことを知りました。

またその研究資産が神奈川大学にあることも驚きました。

さて、本書、民俗学周辺と現代の社会を民俗学の知見から考察
するといったエッセイをまとめたものです。

それらから個人的に興味をもったテキスト

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『山芋』は戦中の、『山びこ学校』は戦後の生活綴方教育、働く
生活から学ぶことが勉強であもあった時代の代表的な作品。

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昭和初期に柳田國男によって体系づけられた民俗学は(中略)
当初は郷土研究と称したが、その目的は、地域社会が如何なる条件
のもとで今日に至ったのかを明らかにし、今後、地域社外が幸福な
進路を取れる判断材料を提供することにあるとされた。

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柳田の民俗学の著作の多くは学校教師を読者に想定して書かれた。

竹内利美 - 長野県の小学校教師
宮本常一 - 大阪府下取石村(現・高石市)の小学校教師

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人は歩きながら、自然、カミ、人にふれ、出会い、その意味を問う。
(中略)歩くということは人間の原点を確かめる営みといえる。
だからこそ、人の踏むべき生き方は“道”ということになる。

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若者たちは(中略)情報伝達のスピードと範囲はグローバル
であるのに、自分たちの話題や体験は個性的・仲間内的であると
思いこんでいる。他方、大人たちは次々に生み出される文化、
その情報の伝達の勢いに押され、自分たちが身につけた知識や
知恵を次世代に継承していく自信さえ失っている。
世代間で文化の伝承システム、講義の意味での教育が機能しないと、
伝えようとする側と伝えられる側の価値観の相違、世代間ギャップ
だけが表面化する。

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読んでみて 現代社会や現代にいきる自分自身やその身の回りを
見返す時に、民俗学やそこに蓄えられた知見は役立つのではないか
そのように思いました。

人々のやるせない何かしらの事情から発生したも過程やその帰着は
同じく生きる人間にはかけがえのないものでしょう。

2011年9月20日 (火)

枡野俊明著、禅シンプル発想術

庭園デザイナーで曹洞宗徳雄山建功寺住職である
枡野俊明さんの 禅シンプル発想術

■枡野俊明さんのサイト
http://www.kenkohji.jp/

読んだ感想は何気に普段考えていることかな・・・と思った一方
現代の社会はこうであると受け入れた上で、さあどうしようか
と考えるのが、仏教的な考え方かと思いました。

よく、社会はこうでなくてはいけないと議論はしても何もしない
よりは、こういう世の中だから自分はこうしていこうと思える
ことのほうが、はるかに豊かな生き方だと考えます。

普通のことを忘れてしまう。その時に、こうした禅の思想などを
心におくとよいのかもしれません。

個人的には本書の中で紹介されていた禅語の

「前後際断」これがいいなあ と思いました。

2011年9月18日 (日)

大前研一洞察力の原点 - プロフェッショナルに贈る言葉

大前研一洞察力の原点
プロフェッショナルに贈る言葉

大前研一さんが 様々な本や雑誌で述べた文章の
セッセンスをまとめた本

全体としてみると バランスがとれていて好感が持てた。

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プロフェッショナルは感情をコントロールし、理性で行動する人です。
専門性の高い知識とスキル、高い倫理観はもとより、例外なき顧客
第一主義、あくなき好奇心と向上心、そして厳格な規律。これらを
もれなく兼ね備えた人材を、私はプロフェショナルと呼びたい。
『ザ・プロフェッショナル』
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人間が変わる方法は3つしかない。一つは時間配分を変える、二番目は
住む場所を変える、三番目は付き合う人を変える。この3つの要素でしか
人間は変わらない。もっとも無意味なのは「決意を新たにする」ことだ。
『プレジデント』2005年1月17日号
-----
回り道が実は近道だということもあるのだ。わき道の楽しさだって、
悪くはない。わき道に入ることによってはじめて見えてくる景色だって
あるのだ。そういうことをすべてやっても、人生はじゅうぶん時間が
あり、最後は同じか、あるいはもっといいところまで行き着くことだって
あるのだ。
『やりたいことは全部やれ!』
-----
みな手探りなのだ。人生なんて、自分がわからないと思えば、他人だって
わからないのだ。だったら、早めにわからないと思ったほうが勝ちだ。
早めに考え始め、研究を開始したほうが勝ちなのだ。そうしていくうちに
人生、人にも語れることが次第に多くなる。
『やりたいことは全部やれ!』
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日本全体のこととか、世界経済だとか、東京全体の問題とかは、一生懸命
考えてきたけれど、下町の風景のなかでおじいちゃん、おばあちゃんと
世間話ができない。日本改造から自分はスタートしたが、まずは自分の
改造が先だということに気がついたのだった。
『大前研一敗戦気』
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自分の人生は今日スタートしたと思うことだ。今日の自分はすべて
明日への原点。今日の生き方しだいで、どんな明日も出てくる。
『親が反対しても、子供はやる』
-----

山中伸弥・iPS細胞革命

iPS細胞を開発した 山中伸弥氏を取材した

生命の未来を変えた男 NHKスペシャル取材班
山中伸弥・iPS細胞革命

を読んで 山中氏が 研修医から研究者を目指すきっかけの
顛末を読んで びっくりしました。

整形外科での研修医時代、不器用がたたり、臨床医を諦め研究の
道へと進むことになったとのことでした。

逆境をよくバネにしてこられたと思いました。

2011年9月13日 (火)

女ぎらい ニッポンのミソジニー 上野千鶴子著

紀伊国屋書店から出ている 上野千鶴子さんの

女ぎらい ニッポンのミソジニー を読む

くしくも あとがきに 著者が書いている

「もし本書の読書体験が不愉快だとしたら、それはあなたが
ミソジニーとは何か、を知っているからにちがいない」

とあって、前から読んでいった自分は確かにと思った。

冒頭にミソジニーを「女性嫌悪」「女ぎらい」「女性蔑視」
といったふうに訳すとあったけど

なかなか ことは容易ではないように思った

例えば、本の中にも登場する東電OLの話があるのだけど
彼女が渋谷の円山町のアパートで稼いだ以上に
そのことを書いて稼いだ多くの人間がいるということで
彼女は多くの人間に恩恵を与えたかもしれないし

そうした出来事を後になってから評論するよりも
その時にできたことが 各人にはあるように思う
それを後出しじゃんけんをしていたら
それは ずるい わけで

どんな立派なことを言っても書いても
どこかさびしい

ワイドショーのコメンテーターと同じになってしまう
わけで そうではない何かを期待してしまう

今回、これを読んでみて この1冊が誰でもいい
どこでもいい 一人の女性を幸せにしてくれたらと
思った

もちろん、記録や社会学としての役割と
印税が著者の老後の蓄え・・・にはなるかもしれないが
それ以上の幸福をもたらしてくれることを願った

人間の始末が悪いことは、一度死なないとその生の価値が
わからないことだ
死んでしまうと 次に語ることができない

まさしく、言ったもん勝ちのような時代風潮は
ある意味 女子校的ではないか そんなふうにも
感じなくはない

でも件のOLもそうかもしれないが
口を閉ざしてしまった人間のほうが、実は人に恵みを
与えたり、強い影響力を持ち続けるのもまた事実の
ようにおもう

蔑視ではなくて つとめて対等にみる
そのうえで曇りのない判断や対応ができればと思う

2011年9月12日 (月)

クレジットカードのことが良くわかる本

仕事でカードのことを少しかじるのですが
わからないことが多く、よい指南書をみつけました

ちなみに、本田さんの経歴を拝見すると流通の現場から決済の世界と
そのキャリア広げていかれたこと すごいと思います

決済の世界はこう動く!図解カードビジネスの戦略
本田 元 著

図解 カードビジネスのしくみ―改正法でこう変わる!
本田 元 著

2011年9月11日 (日)

ヘッセ作 シッダルダ

ヘルマン・ヘッセというと「車輪の下」
というイメージがある。

そう思って手にしたことはあったけど、あまり読み進められずに
どこかに文庫本はいってしまった。

そんなヘッセのシッダルタを読んだ。
岩波文庫に収められていて、ブッタとその弟子のような雰囲気かと思って
手にしたのだけど、

内容は、婆羅門の息子が行者となり、その修行の過程で悟りを開いたあとの
仏陀に感化を受けながらも、己の道を進む。
その道程を詳しくは書かないが、あまりにも人間的で、一方そこから得たものは、
教義を学び得る悟りではなく、自ら手にする悟りなのかもしれないが、とにも
かくにもこれは翻訳のおかげかもしれないが、引き込まれて読みました。

ヘッセがこうした東洋的な作品を書いたことを知った驚きもあれば
この主人公のシッダルタと 読み手である自分に似ているものを感じて
みたりして、こうした作品を構想できる作家の頭脳ってどんなだろうとか
色々なことを考えました。

大人になると、こうした作品を手にすることに躊躇をするかもしれません。
学問が職業であったり、作家であればいざ知らず、普通の勤め人には
あまりきっかけもないのだと

けれど、小さな一冊の文庫の中に、すさまじい世界が広がっていて
誰もが手にすることができる

その世界を味わったところで明日が変わるわけでもないのですが、
でも知らないよりは知っていたほうがいいと思うし、幾重にも描かれた人物たちの
一瞬、一瞬にふと我を感じるような場面や情景が描かれていると
それは、自分だったらと思うと 足がすくむようなこともあったりします。

こうしたことを起こしてくれるのが、文学の力なのかもしれません。

しつこい怒りを消すために -自分中心心理学-

しつこい怒りが消えてなくなる本
石原加受子著

この本、とてもわかりやすくて、人間関係なのでストレスを抱えて
悩んでいる方には、おすすめです。

著者は「自分中心心理学」という考えをお持ちなのですが、
「感情=エネルギー」ととらえて、

なやみ、怒りも 感情の生産と考えて、その主体は自分であり、
自らがそのエネルギーの生産や蓄積、解消ができる主体として
取り組んでいく方法を本書にてアドバイスしています。

■怒りへの考え方
 苦しい気持ちを抱いてしまうのは、自分の意識が、常に他人に注がれていたから。
 自分に注ぐと自分の中にある悪質な感情を霧散させる唯一の方法。

■しつこい感情を溶解させる方法
・どんな自分であっても、認める。理想は 私を好きになる。
・自分のどんな感情、どんな気持ちも受け入れて味わい、実感する。
・誰よりも自分の意志を尊重し、それを実感する。
・自分のために、自分を表現して生きる。

■自分中心の会話のレッスン
・自分の気持ち、感情に気づく。
・自分の「~したい。したくない」といった欲求に気づく。
・自分の「好き嫌い。快不快」といった感情を基本とする。
・相手より自分の意志を優先する。
・自分の気持ちを基準にして、「断る。引き受ける」を心から認める。

■メモ
 自分の目的達成や願望達成のほうに焦点を当てる

それほど、嘘がないかと思いますので ご参考まで

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読後の感想として、職場で良く見かける女性の仕事の仕方って
案外、この本にてアドバイスされているようなスタイルが多いかと
思いました。

女性の方が、自然とこうしたストレスをため込まない働き方を
身につけられているのかもしれませんね。

セゾン文化のこと 

仕事でプランニングをしているとき
やはり自分はせセゾン文化への憧れがあるのではないかと
想うことがよくある。

セゾン文化とか セゾンといって ある程度のにおいが
伝えられるのは ある一定の世代だなあと・・・若い人と
話していると思うので、そんだけ昔のことになったとも
思うのだけど いろいろなところでDNAは残っている
ものとおもう・・・。

年代的には、バブルを謳歌したわけではなく、
そのツケを払わされてきた方の世代で、ちょっと上の人たちが
うらやましいくらいだけど

憧れてみていた世界の上の方に、セゾン文化が君臨していたのでは
ないかとは思うし

渋谷にはついていけなかったけど 池袋の美術館やそこにあった
本屋さんや 無印とか そうしたものに通っていたことが

結局 あとから考えると 永江朗著「セゾン文化は何を夢みた」にて
記されているようなことが そこにはって いまだにいいなあ~
面白そうとおもっている自分がいる

思えば、あれ以降、企業が文化を先導したことがあるのだろうか
けして何もしていないわけではないのだけど
意外と生活者への浸透があるものって少ないのではないか
そんなことも思う

一方で生活者は、あんまりお金をかけずとも面白くアートを
楽しんだり、表現したり できるようになってきた

社会の概念だって だいぶ変わってきたとおもうし、
セゾン文化というと、これは古き良き時代とも言えるかもしれない。
前衛が何かしらの可能性を感じさせた頃とも感じるし

いろんな人に勇気も与えてるんじゃないかなと思ったりしている

さて、じゃあ自分なら ああした雰囲気を少しだけ垣間見て
その結果何を作れるのだろう 無謀だけど そうした夢想も
悪くはないのではないだろうか

2011年9月 4日 (日)

ダライ・ラマ ここのろ自伝

ダライ・ラマに直接会ったことはないのだけど
インタビューの映像をみるだけで、どこかで会ったことが
あるのではないか?と思わせるくらいの親近感を感じる。

これは個人的な印象だから、みんながそうではないだろうけど
でもどこか共通のダライ・ラマの人間的な魅力ではないか
と思うのですが、いかがでしょうか?

ダライ・ラマ こころの自伝
ダライ・ラマ14世テンジン・ギッツォ
ソフィア・ストリル=ルヴェ編
ルトランジェ治美訳

この自伝をよむと、その人間的なボリューム、
厳密にいえば、僧侶、人間、指導者といったそれぞれを
あわせて人間的なスケールの大きさの姿がよくわかるように
思います

また、仏教とは何かをこれほど身をもって示してくれている
例もないかもしれないと思います

2011年9月 1日 (木)

アーユルヴェーダハウス 大平悦子著

話には聞く アーユルヴェーダの入門書

アーユルヴェーダハウス
大平悦子著

これで アーユルヴェーダができるようになる
とは思わないけど、こんな感じだよ・・・と理解
するには 役立つと思いました

また、施術よりも そもそもの心の在り方とかは
置き方は なるほどと思わせるアドバイスが
掲載されています

2011年8月25日 (木)

東京下町の今と昔

この前、写真美術館で 鬼海さんの 東京ポートレートを
観た余韻で

東京都の下町の昔と今が 同じ場所を撮影して対比している
写真集をみつけました。

下町や東京昭和遠ざかる 村岡秀男・撮影

この写真集では、お近所が写されている・・・という
発見からはじまり、こんな風に路地があった下町が
今では・・・といったことがわかったり

あの細い道が こんなに 今は立派になっているんだ
という感想だったり

いろいろと発見があると同時に

ずいぶんと人は、短い時間の間に
町の姿を変えてしまったんだと その事実に驚きました

街は呼吸しています。
その呼吸の早さ以上に、人間のほうが町を作ってしまった
ように感じます

2011年8月24日 (水)

理想の金曜日

松島弘典さんの

「理想の金曜日」を過ごしなさい!

これまでのビジネスを積み重ねる上での
自己研鑽の様子を飾ることなく書かれていて
すごいなあと思いました。

ページをめくるたびに、まだまだ自分は
ここまで努力していないと恥ずかしく感じました。

自分でも いろいろしてきたつもりなのに
社会人になってみると どこか選択や方向性を
間違えると

または自分の特性にあった努力をしないと
無駄ではないにせよ 遠回りになってしまう
ことがあるように感じます

それが、あらたな迷いにもなるのですが・・・

2011年8月21日 (日)

東京都写真美術館、江成常夫写真展、鬼海弘雄写真展

東京都写真美術館で開かれている2つの展示をみてきました。

江成常夫写真展~昭和史のかたち~
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1382.html

鬼海弘雄写真展「東京ポートレイト」
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1384.html

この2つの展示、対比してみると面白いと思います。

二人の写真家ともに、時代を切り取るような視点から作品に取り組まれている
ように思います。今回のテーマとしては、一方は戦争であり、一方は東京。

二つの展示場に それぞれ 人物の写真がありました。
江波氏の展示場には、ヒロシマやナガサキの被爆経験者の顔が大きく
撮影されたもの

鬼海氏の中では、今回の展示では、場外馬券売り場にいそうな男性や女性の
立像が多かったですが、同じ人物を撮影したものでも 印象がだいぶことなり
ました。

共通して感じだことは、人物写真の中で、意外とその人を感じさせるのは
髪かもしれないと思いました。しっかりとされているか、ヘアースタイルなんて
構わずに何かを訴えようとしているのかとか、どんなに服装が高いもので
つつまれていても実情はそうではなさそうとか、質素でもどこか気にしている
ふうがあるなどなど・・・レンズがとらえた髪の毛一本一本のあり様のような
ところから、ずいぶんと感じることができるのではないかと思いました。

一方、その人物写真が語るものなのですが、
鬼海氏の作品からは、人間の行きつく先 のようなイメージを持ちました。
どんなに今が華々しくても最後はこうだとか、結局人間は・・・といった
たまたまそうした作品が今回多いからで、また、馬券売り場や競艇場に
いることが悪いことでも、なんでもないし、そこに尊厳がない訳でも
なんでもないのだけど まとまった量のそうした写真からはついそのような
ことを感じました。

さて、その行きつく先の次が我々にあるのかについて、その写真はあまり
語ってくれてはいないように思いました。

逆に、江波氏の写真ですが、
行きつく先という意味では、子供のころに被爆して、将来どのような
病気が発症するか恐怖の中で生き抜いてきた方々のほうが、よほどにその
未来は暗く感じるしかなかった、そうしたなか、語り部などの活動を続けて
こられた方の人物写真をみると、すでに高齢であるにも関わらず、
行きつく先どころか、もっともっと未来を見据えるような瞳が写されていて
問いかけのようなものを与えられている気分にもなりました。

それぞれの写真家の主題が異なっているのですから、感じることの対比は
あまり意味がないし、それによって優劣が決まるものでもありません。

たまたま見比べられたことによって、これまで写真が過去や事実を切り取る、
またはそれを伝え残すためのツールのように考えていたのですが、
その余白あるいはその何分の1かに、写真を観る者に未来を託すメッセージを
表現できることを感じ、そうした気づきを得られたことが面白いと思った
理由です。

2011年8月14日 (日)

ポストモダン建築

ポストモダンの建築とはどんなだろう
日経アーキテクチャーの連載をもとにした

ポストモダン建築巡礼 磯達雄著

をよんで、全国各地のポストモンダ建築と呼ばれる
建築物の紹介なのだけど

それらを読んで思ったのは、ポストモダンと言われる時代には
建築に形があって、それ以降、日本の建築から形が消えたのでは
ないかと感じました。

オフィスビルも、効率優先でカーテンウォールの長方形が
うまれいていく。機能的だったり、資本回収の意味からも優秀なんだけど
建物としては面白みがなくなっていく

それは、上等な思想的背景よりも、景気の影響が大きくて
そうした冒険的な建築が生まれにくくなっているだけとも
言いきれないように感じました。

2011年8月11日 (木)

逆境と順境

逆境と思われる状況に身をおくと、右往左往するし、
もぎもして、さんざんといろいろなことをする。
このブログも長いこと続けていて その痕跡が随所に
あるのではないかと思う

一方で 落ち着いたらどうするか

逆境の反対語を順境というらしい。
あまりにも逆境ばかりで、そんなことを考える余裕が
なかったのだけど

新渡戸稲造の著作から編まれた

「逆境を超えていく者へ」 新渡戸稲造

を読んで、逆境とあわせて 順境のときにどう
身をおくか、丁寧に書かれていて 学びになりました。

わかっていること、普段気にしていることであったと
しても、激動の世界を大きな展望と共に歩まれた
先人の声には耳を傾けるべきと思いました。

古典の素晴らしさもここにあると思います。

2011年8月 9日 (火)

現在窮乏、将来有望  美土路昌一のこと

現在窮乏、将来有望 ―評伝 全日空を創った男美土路昌一
早房長治著

どなたかが テレビで紹介されていて いいな~と思い
読みました

美土路昌一さんという 全日空を創業された方の評伝。

いまでは想像できないことですが、戦前、新聞社の航空部
というのは、数少ない民間の航空部門でそこに属されていた
ことがきっかけで、終戦後の航空産業に携わった方々の雇用確保に
奔走、その後、民間からの航空会社として
全日空の前進企業を創業されます。

この方の評伝をみると、当初から航空にというわけでは
ないのですが、天命に従って、その人との出会いの中から
使命を果たされていったのではないかと感じました。

案の定、自ら発心された私塾については、途中で終わって
しまったものをあり、定めもある、そのように思いました。

多くのサラリーマンだって、何を与えられるかによって
その仕事が決まっていくことが多いと思いますが、
美土路のように、教養や正義観、道徳観といった高い精神性が
そなわると、それを支えに事業を推進していくことができる
のではないかと思いました。

似たタイプとして、白洲次郎がいるのではとも思いました。
生い立ちはぜんぜん違い、美土路は貧しい宮司の息子という
ところから早稲田を中退後、朝日新聞に入社するのですが
その才覚はすごいものであったようです。

日本の経営者として、あまりその名前は知られていないと
思いますが、そのスケールの大きさに驚きました。

自分のこんな経営者になりたい、そう思わずにはいられず
何度も何度も読み返ししてしまいました。

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